四六
文字数 700文字
「ただいま!」と、俺は自分でも驚くような弾んだ声で言った。
「おかえり」と、お袋だけが、その声に答えた。
そんな中、俺の視線は無意識に親父の方に向いていた。リビングでテーブルを前にして座ったままの親父はその視線に気付くことはなかった。ただぼんやりと窓越しに明るい空を見ているように見えた。それとも…。
(親父、どうしちまったんだよ)
いくら鈍感な俺でも、いつの間にかそう呟いている自分を意識した。
そして自分のいう親父がおかしいのも感づいている自分を意識した。
もしかしたら自分に原因があったのでは…。そう思った時、横からお袋が声を掛けてきた。
「未来、こっちに来なさい」
手を引っ張られて連れられた所は、自分が寝床にしている部屋だった。
「どうせ眠れなかったのでしょ。ゆっくり休んどきなさい」
「ああ…じゃあ、お休み」
俺の洗濯物を両手で抱え込んだお袋はニッコリと微笑みながら部屋を出て行った。
…確かに昨日は、海里が大胆に迫ってくるから、興奮してあまり眠れなかったな。
閉ざされた薄暗い部屋、眠りにつく前に俺はふと思った。
(お袋って、あんなに優しかったっけ。…だとしたらお袋は変だし、親父はもっとおかしい)
以前は人一倍厳しくて有名なお袋だったけど、何故か、この頃のお袋は優しい。それに対して、俺が素直になれることも不思議なくらいだ。だとすれば、俺もおかしいのかもしれない。
(もういいや、何も考えられない…)
閉ざされた薄暗い部屋、布団に埋もれながら瞳を閉じて、そのまま眠りについた。
目が覚めたら、海里の所に行かなくちゃな…。
かすかに聞こえてくる洗濯機の音が、徐々に遠く聞こえて、やがては音が失われた。