四二

文字数 2,114文字


 玄関の方を向いて、リンダは茫然と立ち尽くしていた。
「どうしたんだい?」と、貢はそんな彼女に声を掛けた。
「海里、出て行っちゃった…。ママのことなんて大嫌いだ。と言って…」
「心配すんな」と、貢はポンッとリンダの肩に手を置いた。
「海里は、あたしが太陽の伝説の著者だということを、あたしが黙っていたことに怒ったみたいなの。わたしは海里に隠すつもりはなかったのに…。あの子が劇でこの物語を使うというものだから、あたしは言い出せなかったのよ。あたしは、あの子はあの子の手で、この物語の脚本を作り上げてほしかっただけなのに…」
「あの子なら大丈夫さ。きっとお前の思いをわかってくれるよ。俺はそう信じている」
 すると、そこに海斗が来た。どうやら海里を探しているようだ。
「ママ、お姉ちゃん何処に行ったか知らない?」
「海斗…」と、リンダが困っているところに、貢が口を挟んだ。
「お姉ちゃんは、お友達のところに行ったんだ」と、貢はリンダに目で合図をした。
「台風が来ているのに…?」
「そ、そうなんだ。とっても大事な用事があるからって。それに今日はそのお友達の家に泊まるかもしれないって」
「そうなんだ」と、海斗は自分の部屋へ戻って行った。
(良かった。海斗が納得してくれて…)と、貢とリンダは二人して思った。そして、もう一つやることが残っていた。
 その頃、清川屋台荘に未来はいた。今日は台風九号が上陸するので、テレビを見ながら自由な時間を満喫していた。
 何を思ったか、彼は窓から外を見た。窓の外は雨が降り注いでいた。それとは別に…。
(…何やってんだ?あいつ)
 彼が見たものは、清川屋台荘の出入り口で、雨に濡れながら茫然と立っている海里の姿だった。
 それから、それから…お話は続いています。
 わたしはやっぱりここに来た。でも、未来君いるかな…。
 すると未来君は傘を持ってこちらに向かって走って来た。
「お前、何やってんだよ?このままだと風引くだけじゃ済まないぞ」
「うん…」
「ほら、傘の中に入って。俺の部屋まで行くぞ」と、未来君はわたしの手を握って連れて行った。
 思えば、未来君の部屋に入ったのは初めてだった。いや、それ以前に弟の海斗の部屋以外に男の子の部屋に入ったのは初めてである。男の子の部屋って散らかっているとばかり思っていたけど、わたしの部屋より綺麗だった。
「ほら、バスタオル」と、未来君はわたしに手渡した。
 そのバスタオルを一先ずベッドの上に置いてから、わたしは濡れた服を脱ごうとした。すると…。
「おい、まだ脱ぐなよ。い、今、着替え渡すから…風呂場に行って着替えてくれ」と、未来君は赤い顔をしていた。
「ねえ…未来君、風呂場は何処?」
「やっと、話しかけてくれたね。じゃあ、案内するよ」と、未来君は言って、わたしを風呂場に連れて行った。
 未来君は着替えを貸してくれたけど、わたしの体にはサイズが大きかった。それもそうだけど…。Tシャツを着るとミニスカートくらいの丈くらいになった。ズボンはブカブカすぎて合わなかった。下着は論外(笑)。つまり着れそうなのはTシャツだけだった。…まあ、いいか。あと未来君に言われた通りに濡れた服は洗濯機の中に入れた。
「未来君、ありがとう…」
「…って、お前、なんちゅう格好してるの」と、未来君は顔を赤くして驚いていた。確かに今のわたしの格好は、バスタオルを頭から被って、Tシャツとスリッパ以外、何も身に着けていない状態だった。
「だって、Tシャツしか着られるものがなかったのだもん」
 わたしはそう言ってスリッパを脱いでベッドの上で膝を抱えた。すると、未来君は慌ててわたしから目を反らした。
「…まあ、それもそうか。ところでお前…何かあったのか?」
「うん…。わたし、家を飛び出してきたの。ママにひどいこと言っちゃった…」
「そうだったのか。じゃあ、落ち着くまで俺の部屋にいなよ」
「未来君、ありがとう。…でも、その前に服が乾かないと、この部屋から出られないよ」
「あっ、それもそうか…」
 わたしたちは、そのことがとても可笑しくて笑い出した。その時だった。未来君の携帯電話が鳴った。
「はい、川合です。…あっ、早坂先生」
(パパからだ…)
「はい、海里さんはこちらに来ています。…代わりましょうか?」
(わ、わ…どうしよう)
「いいのですか…はい、わかりました」
(どうしたのかな…?)
「では、明日、海里さんと一緒に行きます」
 そこで、電話は終わった。
「未来君、今の電話…パパからなの?」
「ああ、今日は台風だし、お前はここに泊まっていけってさ。明日は俺も実家に帰るから、その時、一緒に帰ろう」
「じゃあ、今日は未来君と一緒だね」
「ああ、そういうことだ」
「あの…ところで、未来君…」
「何だい?」
「パパ、わたしのこと、怒っていなかった?」
「ああ、怒ってたよ、もの凄く。この不良娘ってね」と言った未来君の顔は少しにやけていた。
「もう、未来君たら。冗談はもっとうまくやってね」
「なんてね。バレてしまったか…」
「それに、それはわたしの決め台詞だから、真似しないでよ…」
 わたしは自分の言っていることが可笑しくて笑いが止まらなくなった。それに釣られて未来君も笑い出した。



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