文字数 2,805文字

 あっつい!!

 おれが目を覚ましたときの率直な感想だった。それもそのはずだった。さっきまでひんやりしたところにいたのに、光に包まれた先がこんな灼熱の大地だなんて誰が思うか。おれは額からだらだと流れる汗を拭いながら辺りを見回した。ごつごつとした岩山、そして時折地底からの鼓動とばかりに赤黒い液体がごぽごぽと吹き上がる小さな山。その液体は岩肌を伝いゆっくりとだけど確実に流れ出し、既に冷え固まった大地に重なっていく。それらが幾年も幾万年にも重ねられているところにおれは立っていた。今、地に足をつけている部分も元は赤黒い液体からなっているのものなのかと思うと、感心する気持ち反面もしもこの大地が何かの拍子にぱっくりと割れてしまったら……想像するだけで十分だと思い、そこから先は考えないようにした。
 さてっと、試練にきたは良いものの……。果たしてどこを目指せばいいのかがわからない。とりあえず、開けた道を進めばなんとかなるかという考えのもと、行動を開始した。まだこの足元があの赤黒いものでできているということが俄かには信じられないけど……とりあえず、崩れないように祈りながら進んでいった。やがて岩山と岩山に挟まれた道しか進むことができなくなり、仕方なくその道を進んでいくとどこか遠くから音が聞こえた。そしてその音は段々とこっちに近づいてきていて、おれはまさかなと思いながらも近付いてくる音の大きさに震えていた。
「ううぉおおおおお! 誰かぁああ!!!」
 最初は小さな点だったものが段々とくっきりしてきた。黒髪の少年……に見えたけどすぐに違うということに気が付いた。その少年の頭には二本の角があった。鋭く尖った角が天高く生え、少年が走っている背後では太くしっかりとした尾のようなものが揺れていた。そしてその少年を追いかけている巨大な存在におれは思わず声が出た。
「そこのお兄さん! たぁすぅけぇてぇ~!!!」
 少年はおれの顔を見るや否や、嬉しそうに悲嘆の色を混ぜながら叫んだ。おれはどうしようかと迷っているよりも早く、その少年はおれの背後に隠れて救援を欲していた。
「お兄さん! 頼む! 助けてくれ!!」
 状況が呑み込めないおれに、巨大な竜はおれの前にでんと立ち口を開いた。
「ソコヲドケ」
 鼓膜が破けてしまうのではないかと思うくらいの大きな音で、確かにそう発した竜。おれはじんじんと痛む耳をおさえながらどういった状況か説明をしてくれと頼んだ。すると、背後に隠れていた少年は巨大な竜を指さして叫んだ。
「こいつを倒せば、オレは英雄になれるんだ!」
 本人はかっこよく決めたつもりなんだろうが、聞いてるおれからすれば「そんな理由で」というのが真っ先に浮かんだが、口にはしなかった。それに対して竜はただ一言。
「スイミンヲジャマサレタ」
 うん。わかった。悪いのは少年お前だ……って、どこ行った?! おれは少年を探していると、たった数秒の間にどこか遠くへ走り去っているのが見えた。そして状況は一気に悪くなり、おれは

なのだが、竜はそんなことをお構いなしに口を開いた。
「ジャマシタツミヲツグナエ」
 試練を受けにきてすぐにやられるなんて御免だ。おれは仕方なく鞄からデッキを取り出し、無作為に駒を一枚を選び投げた。駒は回転をしながら光ると、中から血の気盛んだということが表情で分かる青年─レグスが現れ身の丈以上ある大きな剣を振りかざす代わりに右足で竜の腹を思い切り蹴飛ばした。
「わりぃな。加減は苦手なんだよっ!!」
 ずどんという大きな音が響き、それから時間差でやってくるレグスの強烈な蹴りの衝撃が強靭な鱗を貫き、竜の腹を上下に激しく揺さぶった。その凄まじい衝撃に目を白黒させながら竜は声を漏らすことなく気絶した。
気絶した竜の体は、大きな音と地響きを立てながら大地に横たわった。巨体が揺らした大地の音を聞きつけたのか、さっき物凄い勢いで逃げていった少年が戻ってくるとまるで自分が退治したかのように胸を張って喜んでいた。
「オレにかかればこんな竜……いてっ!」
 あまりに調子のいいことを言っていたから、おれは少年の頭に拳骨を叩き込んだ。元はこの少年が自分勝手な理由で竜を叩き起こしおれを巻き込んだのだから、これくらいで済んだのなら安いものだと思ってほしい。危うくここに来て早々きめの細かい灰になるところだったんだから。
「……なにも殴らなくてもいいじゃないか」
 涙を浮かべながら文句を言う少年に、再度拳骨を見せるとすぐに慌てふためきながら謝った。
「……ご、ごめんなさい」
 最後は素直に謝り、おれもそれに対しては素直に受け止め今後は気を付けるように注意をしてから歩き出そうとしたとき、少年はおれの鞄をがしっと掴んだ。もう少しで後ろに倒れそうにあってしまいそうな力の入りように、おれは少年を睨んだ。
「あ……さ、さっきはありがとうございました。その……助かりました。助けてもらっておいて我儘なのは承知だけど……オレを英雄にしてくれ!」
 真剣な表情、眼差しに嘘偽りは感じられなかった。だけど、ここしばらく聞いたことのないワードに、おれの頭はこんがらがっていた。おれはどうしたものかと考えていると、少年は鞄から手を放し俯きながら話し始めた。
「オレ、ずっと英雄になりたくって。毎日毎日特訓もしていたんだけど、どうしたら英雄になれるかわからなくて。そしたら、ふと思いついたんだ。『強い相手をやっつければ英雄になれるんじゃないか』って」
 少年は少年なりに考えて行動をしたのだろうが、それでも英雄とは呼ばれないことに段々と不安を感じていたという。そこで、あの巨大な竜をやっつけたおれについていけばきっと英雄になれるのではないかという結論を出した少年に、おれはやれやれと首を振り英雄とはそういうものじゃないことを説明してみせた。それでも、少年の思いは揺らぐことはなく頑なに英雄になりたいとおれにお願いをした。ここで論議したところで進展するものではないと判断したおれは、条件付きで少年との同行を許可した。条件って言ってもそんなに難しいものではなく、無闇やたらと首を突っ込むなということ。少年が英雄になりたいということだけで、あちこちに首を突っ込み周辺に被害が出たら英雄どころではないし、おれも毎回助けられるかもわからない。それにより、絶体絶命の危機に陥ることも十分に考えられるからときつく言い聞かせると、少年はしばらく考え込みうんと首を縦に動かした。決心した少年の表情は、さっきまでのやんちゃな表情ではなく何かを背負い込んだようなしっかりとした顔つきになっていた。おれは少年の名前を尋ねると、少年は胸を張り名乗った。
「オレはエルケス! よろしくな! 兄ちゃん!」
 かくして、おれはエルケスと名乗った少年とともに巨大な竜が巣食う世界の試練を受けるため、情報収集を始めた。
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