文字数 4,784文字

 ぼくがギルドに戻ってきたのは、太陽がオレンジ色に染まる少し前のことだった。その頃、ギルドの中はちょっとした騒動が起こっていた。どうやらギルドより北に位置する森でゴブリンたちが悪さをしているとの情報があったらしい。詳細についてはまだはっきりとしたことがわかっていないらしく、その情報が更新されないことに苛立ちを隠せない冒険者たちが受付に悪態をついていた。
「もっとはっきりしてから情報を公開しないと、みんなどうなってるのか気になってしょうがないじゃんか」
「中途半端に出されるのが一番困るのよ」
「じゃあ、おれたちはその依頼を受けたいのに手続きもできないんじゃ……どうしようもないじゃないか」
 みんな口々に言い、受付の人はすっかり怯えてしまい口をぱくぱくとさせていた。本当は受付の人を助けたいという気持ちはあるのだけど……どうしていいかわからなかった。文句を言う冒険者たちを横目で見ながら、ぼくはすぐに自室へ戻りあの板を持ってギルドへと戻っていった。ギルドの中心で何か情報の更新がないか探していると、ぽんと肩を叩かれて振り向いた。そこには歯を見せて笑うナギールがいた。どうやらナギールもこの騒動を聞きつけて見に来ていたらしい。ナギールの手にもあの板があり、ぼくたちは無言で頷きギルドの外へと出た。
「しっかし……あいつら怒りすぎだろ……あんなんじゃ誰だって萎縮しちまうってのに」
 ナギールは走りながら呟いた。きっとあの冒険者たちのことを言っているのだろう。確かにあんなに強い口調で言われたら、きっとぼくも口を閉ざしてしまう。そこまで怒気を含んでしまうほどなのかなとぼくが口にすると、ナギールは頭を掻きながら答えた。
「あー、もしかしたらギルドのやり方がまずかったんじゃねぇかな。ほら、誰かが言ってたろ。『もっとはっきりしてから情報を出して』って。聞いた話だけど、今のギルドはあそこに就任してまだ経験が浅い人たちなんだとか。ベテラン組さんたちは本当に困ったときにしか出てこないみたいで、それまでは経験の浅い人たちで解決してくれーっていう体制なんだって。経験になるかもしれないけどなぁ……あの騒ぎで出てこないというのもちょっと考え物だぜ」
 そう言われると、あの冒険者たちが怒る理由も少し理解ができる気がした。中途半端に出された情報だけでは時に、生命に関わる場合だって十分に考えられるのだから。賞金を稼ごうとして失敗……だけで済めばいいけど、それが取返しのつかないことになってしまったら、ギルドの責任は重い。そうなってしまってからでは遅いのに……。ぼくは拳をぐっと握り、様々な怒りをそこに集中させた。今回の原因はギルド側の情報が少なすぎる状態で公表をしてしまったことだなと結論付けたナギールは、鬱蒼と生い茂る森の中へと飛び込んでいった。ぼくもそれに続くように森の中へと入っていった。

 ギルドの情報では、この辺りだと……あれ、なんかおかしいな。ぼくが難しい顔をしていると隣にいるナギールがにたりと笑った。あぁ……わかってしまった。これはきっと飛び出してはいけないやつだった……ぼくはさっき、あんなことを言ったばかりなのにそれに気が付かないでここにいるということは……。
「まぁまぁ。そんな顔しなさんなって。おれたちならいけるっしょ」
 一人よりはいいかもしれないけど……さっきも言ったけど情報が少なすぎるから、もしかしたら森の中を彷徨うことだってありえるんだし……でも、ここまで来ているのに今更引き返すのも危険が迫っているというのに時間を無駄にしていることになるのかもと思い、ぼくは気持ちを切り替えて暴れていると思われるゴブリンの群れを探すことにした。
「まぁ、まずは偵察から始めようかね。あいつらは音に敏感だから足音を立てないようにな……」
 ナギールは低く屈みながらゆっくりと前進した。ぼくもそれに倣って進んでいくと、どこかで見覚えのある仕掛けがあった。これは……確かナギールが使っていたゴブリンと同じものだ。もしかしたら、この近くにゴブリンたちがいるかもしれないと思うと、ぼくの背中に冷たい何かが走った。仕掛けを発動させないよう気を付けて更に進むと、茂みの中からぼくたちが話している言語とは違った話し声が聞こえた。ゆっくり茂みをかき分けると、そこには無数のゴブリンたちが焚火を囲んで談笑している姿が見えた。音をたてないように茂みから手を放し、ナギールにこの先にゴブリンがいることを伝えると、ナギールもその姿を確認したようで大きく首を縦に動かした。さて、これからどう仕掛けようかな……。ぼくは板からどれが相応しいかを選んでいると、黄色に縁どられた駒がかたかたと動いた。
「あたち! あたちを出して欲しいのです!!」
 そう言ったのは細剣を持った妖精の剣士─フェアリーフェンサーだった。そうか、素早い動きで相手を惑わすことができれば……僕は小さく頷きフェアリーフェンサーの駒をゴブリンたちが談笑している少し手前目掛けて投げた。
「うふふふ。さぁ、あたちを捕まえてごらんなさい!」
 まるで追いかけっこを心から楽しんでいるかのような、そんな様子で縦横無尽に飛び回るフェアリーフェンサー。きらきらと光りながら動くその物体に警戒心を働かせたゴブリンたちは、なにやらぎゃあぎゃあ言いながら必死に追いかけていた。フェアリーフェンサーも捕まってなるものかと思いながらもこっちこっちと上手く誘導させながら飛んでいた。その間にぼくはアズリエルを手に取り、投げた。それと同時にフェアリーフェンサーは速度を上げてぼくのところに戻り、交代するようにアズリエルが現れるとすぐに大きな鎌を振り回し、毒を放った。
「よっしゃー、アズ! 暴れっぞ!」
「おー」
 今度はアズリエルがゴブリンたちを追いかける番となり、毒から鎌から逃げようとゴブリンたちは慌てふためきながら逃げ惑った。それを楽しそうに追いかけるアズリエルと、補佐する骨三郎の連携は完璧でうまくひとまとめにしてくれた。
「よし! あとはおれに任せろ! いけぇ!」
 ひとまとめになったのと同時にナギールは、確実に仕留めようと金髪の貴族騎士─ブレストソーディアンを放ちゴブリンたちの士気を低下させた後、竜族の少女─アルンを出現させその凄まじい剣気で全てのゴブリンたちを吹き飛ばし、気絶させた。
「おっしゃ!! ナイス連携!!」
 無事にゴブリンたちを無力化させることに成功したぼくたちは、夜が訪れようとしている空に向かってハイタッチをした。やがてゴブリンたちが起き上がり、ぼくたちを見ると物凄く焦った様子で何度も頭を下げて走り去っていった。これは、もう悪さをしませんという意味で捉えていいのかな?
「よっし。夜になる前にとっととギルドに報告しようぜ」
 すっかり静けさを取り戻した森は、風が吹くたびに何かを囁いている。噂話なのかただの談笑なのか……それはわからないけど、なんだか嬉しそうに聞こえたのはぼくだけかな。

 ギルドに到着すると、中ではまだ怒声が響いていた。さすがに新人では手に負えなくなったのかベテラン職員が現れ冒険者を説得をしているが、それがまた火に油を注いでいるようでさらに怒声に勢いがついてしまっていた。この中をどうやって行こうかと迷っていると、ナギールはお構いなしに進んでいき、受付にいる職員に一言だけ伝えるとすたすたと戻ってきた。何を言われたのかと別の職員が尋ねると、ナギールが言った言葉をそのまま伝えた。すると、聞いた職員は血相を変えてギルドを飛び出していった。
 しばらくして職員が帰って来るや否や、速足でぼくたちのところへ来て耳打ちをした。
「話がある。ついてこい」
 元々こういう口調なのか、怒っているのかは分からないけどなんとなく怒っているようにも聞こえたぼくは、ほんの少しだけ身構えた。それに対しナギールは大丈夫大丈夫だと言いながら職員の後に続いた。
 ついていった先には、初日で挨拶をしていたアメリアさんが難しい顔をしながらこちらを見た。嬉しいようなそうではないような……そんな顔だった。
「ご苦労。下がってくれ」
 アメリアさんが一言。職員は小さく頭を下げて部屋を出ていくのを確認したアメリアさんは、小さく溜息を吐きながら話し始めた。
「君たちか……北の森のゴブリンを追い払ってくれたのは」
 ぼくとナギールは小さく頷くと、アメリアさんは席を立ちぼくたちに歩み寄ってきた。そのときのアメリアさんの顔は……怒っていた。
「まずは追い払ってくれたことは感謝をする。これで悪戯をする者がいなくなったことは非常に喜ばしいこと……だが」
 一呼吸置いてから、アメリアさんは怒気を含めながら続けた。
「君たちが行ったことは規律に大きく違反するものだ。これは君たちだけではなく、このギルドに所属しているみんなが危険に晒されることだって考えられる。これについては……どう思う」
 するとナギールは一歩前に出て、口を開いた。ぼくは怖くて……足の震えが止まらなかった。
「その点については十分理解をした上で、今回勝手な行動をしました。しかし、その前に考慮する点はあったのではないかと思います」
「ほう……それはなんだ」
「情報が小出しにされていたことに、ここの所属している冒険者が腹を立てていたのをご存じでしょうか。そして、その情報が更新されずにいたというのもまた事実です。中途半端に情報を出してしまったが故になってしまった事だと思います」
「……」
 ナギールの話を聞いているときのアメリアさんの顔は、依然怒ったままだった。いつ怒声が飛んできてもおかしくない状況なのにも関わらず、ナギールは冷静に起こってしまったことを説明していた。
「もし、情報開示についてもう少しはっきりとしていれば、ああはならなかったと思いますし……特に受付を担当していた方は……怯え切っていました……。怖くて怖くてたまらなかったと思います。そうしたことを起こさないためにも……今後の情報開示についてはしっかりしたものをお願いします。今回、勝手にこいつと調査に行きましたことを罰せられるなら、おれだけを罰してください。こいつはおれについてきただけです」
 最後までアメリアさんに怯むことなく、まっすぐな言葉で伝えたナギールは一歩下がり休めの体制をとった。すると、さっきまで怒っていたアメリアさんの顔が急に緩み、やれやれといった様子で肩をすくめた。
「……そうか。そんな思いをさせてしまっていたのだな……。それは完全にこちら側に不手際だ。あとでその職員には私から謝罪しておこう。それと、処罰の件だが……」
 ぼくとナギールの喉がごくりとなる中、アメリアさんは首を横に振り、今度は柔らかい笑みを浮かべながら話した。
「処罰なんてしようものか。自ら考え行動した君たちを罰せられるはずがない。しかし、今回だけにしてくれ。勇気と無謀は違うということをわかってくれれば、今回はこれで終わろう。それと……これを受け取ってくれ。今回の依頼で渡すつもりだった報酬と、少しばかり私からのお礼も含まれている」
 アメリアさんがぼくたちに手渡したのは、革袋の中に入った通貨─ゴールドと、あの機械を動かすことができる青色の石だった。確かに受け取り、依頼書にサインをして最後に深く頭を下げてアメリアさんの部屋を出たぼくらに、アメリアさんは小さく「本当に申し訳なかった」と言いながら頭を下げていた。扉が閉まり、ぼくとナギールだけになった廊下に不思議な気持ちに包まれながらそれぞれの個室へと戻っていった。
 その通り道、ギルド内はすっかり静かになっておりあの騒動がまるで嘘のようだった。これでみんながもっと活躍ができたらいいなという思いを抱きながら、ぼくは板をぎゅっと抱きしめた。
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