文字数 2,515文字

 アズリエルを探してどのくらいの時間が経ったのかな。額から流れる汗も、疲労もすべてがどうでもいいと思えるくらい必死だった。なぜかと言われると返答に困るけど、ただ一つ言えるのは「いないと困る」かな。今はこういう言葉しか見当たらなかった。
 扉という扉を開けては探し、大きな声でアズリエルや骨三郎を呼び、またあるときは廊下を掃除している物静かなメイドさんに見かけなかったと尋ねたりと無我夢中だった。通りかかった人たち全員の答えはすべて「見ていない」というもので、ぼくが何人目かわらかないその答えを聞いて膝を落とした。遅れてさっきまで走っていたときの疲労がやってきて、ぼくは額から大量の汗と全身を包むかのような疲労感に耐えることができず柱にもたれながら天井を仰いだ。心臓は今までに動いたことがないくらいに跳ね、呼吸は大きく乱れて指一本動かすのも億劫に感じた。

 アズリエル……骨三郎……

 ぼくは辛うじて二人の名前を口にすると、どこからともなくあの双子が現れた。その双子の顔はいつもの笑顔一色でぼくの目の前を楽しそうに旋回した。
「大人しい子が見つかったよ」
「あなたの探している子を見つけたよ」
 ぼくは呼吸が乱れてうまく返事ができないでいると、双子は顔を見合わせてにこりと笑い、目の前にいるパートナーと両手を重ねた。そして足元から緑色の光と柔らかな風を呼びよせると声を合わせた。
「「いたいのいたいの とんでけーっ!!」」
 双子の足元に纏わりついていた緑の光はぼくの方へと伸びていき、やがて全身をふんわりと覆いまるで雲一つない澄み切った青空の下で日向ぼっこをしている感覚だった。足元から元気が駆け上がってくるような、お日様がポジティブという名前のクレヨンで雑に塗りつぶしていくようなむず痒くも活気が漲っていく感覚にぼくはしばらく身を委ねていた。頭のてっぺんにまで活気が行きわたると、まるで蝋燭の火を吹き消すような吐息にも似た音を立てて緑色の光は消えた。ぼくは自分の手を開いたり閉じたりして感覚を確かめてからゆっくりと立ってみた。さっきまでの疲労感は嘘のように消え、ここに来るよりもいや朝起きた時と同等の清々しさに驚いていた。
「元気になれたかな?」
「いたいのはとんでいったかな?」
 ぼくは頷くと、双子は「「こっちこっち」」と言いながら飛んで行った。見失わないようにぼくもそれを追いかけていった。

「ここで目撃情報があったんだよ」
 そう言われてぼくが扉に手をかけると、中には立ったまま悲しんでいる女性がいた。咲いたばかり真っ赤なバラのような髪色にゆったりした服の上には自分で作ったのか可愛いアップリケがついていた。どうやらここはキッチンのようで、棚にはたくさんの調味料が入った瓶、調理台には切りかけの野菜と作りかけの料理があった。女性は料理に背を向けながら肩を震わせて泣き出した。ぼくはその女性にゆっくり近づき何かあったのですかと声をかけると、女性は涙で腫らした目でぼくを見てさらに大きな声で鳴き始めた。ぼくは女性の背中をさすりながら気持ちが落ち着くのを待った。
 しばらくして、女性は落ち着きぼくをテーブルに案内しお茶を淹れてくれた。女性も時々鼻をすすりながら自分のお茶を淹れて席に着いた。
「ごめんなさいね。いきなり……あんな大泣きしてしまって」
 ぼくが首を横に振り、気にしないでくださいと付け加えた。女性はお茶を口にしてから「ヘスティアー」と名乗った。なんでもこの世界の料理担当をしているんだとか。温かいお茶を口にして落ち着いたヘスティアーさんは、マグカップを包むように持ちながらここであった出来事を少しずつ話してくれた。
「あれは、わたしがここで夕ご飯を作っているときだったわ。たっぷりのお野菜を炒めているときに話し声が聞こえて振り返ったら、銀色の髪をした可愛らしい女の子とふわふわ浮いている骨の子がいたの。その子たちにご飯をご馳走して……それから、あの子はどこかに行くみたいで席を立って……それから……あ……あ……あぁぁ……まさか……ゼウス様が……」
 ゼウス。初めて聞く名前にぼくは眉をひそめた。双子の情報によれば、ゼウスはオリンポス神話に登場する天を司る最高神とのこと。ちなみに双子は北欧神話だよと付け加えてまた楽しそうに空を舞った。そのゼウスという神がアズリエルと骨三郎をどこかに連れて行ってしまったと、話すことさえ辛そうなヘスティアーさんが教えてくれた。
「わたし……ゼウス様にやめてって何度も言ったわ。でも、ゼウス様は聞いてくれなかった。あそこでもっと粘っていればあなたと再会できたかもしれないのに……ごめんなさい……ごめんなさい……」
 経緯を聞いたぼくは、話が聞けて良かったという安堵感よりもアズリエルと骨三郎を連れ去ったゼウスに対して激しい怒りを感じていた。なぜ連れていかれなければいけないのか……今までに感じたことのない負の感情に支配されそうなとき、双子がぼくの頭をぺしぺしと叩いた。
「そんな顔しちゃだめだよー」
「怒った顔は辛くなるだけだよー」
 無邪気な笑顔で迫ってくる双子の顔を見ていると、さっきまで感じていた怒りがすーっと引いていき、冷静さを取り戻すことができた。それに、一番責任を感じているヘスティアーさんの前でそんな顔はしてはいけない……よね。ごめん。ぼくは自分の頬をべちんと叩いて、気を入れ直しヘスティアーさんにここにアズリエルと骨三郎を連れて帰ってくると約束をした。ヘスティアーさんは弱々しくだがそれに頷き、涙を拭いながら「待ってるわ」と言ってくれた。
「罪滅ぼし……というつもりはないけど、ここでご飯を用意させてくれないかしら? 料理は得意分野なの」
 泣いていた顔からぱっと明るい笑顔に変わり、エプロンの紐をきゅっと締めなおした。ぼくはその笑顔を見て力強く頷くと、ヘスティアーさんは更にもう一段階明るい笑顔で頷いてくれた。
「とびっきり美味しい料理を作っているからね。でも、無茶はしちゃだめよ」
 そう言い、ぼくの背中をぽんと叩いた。すっかり勇気付けられたぼくが双子に案内されながら、ゼウスがいるであろう場所まで猛ダッシュした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み