文字数 3,258文字

 ぼくが目を覚ましてまず目に入ったのは、アズリエルがぼくの顔を覗き込んでいる姿だった。目が合うなり、アズリエルはうっすらと笑いながら「せんせー」と言い、室内を駆けた。
 ああ……そうか。ぼくはナギールと模擬戦闘をして……それから……。曖昧な記憶を引っ張り出していると、白衣を着た人がぼくの様子を診に来た。
「あら。もう目を覚ましたの。どこか痛いところとか違和感があったりするかしら?」
 黒髪眼鏡に白衣……見ただけで女医さんだということがわかった。その女医さんに特に違和感がないことを伝えると女医さんはうんと小さく頷き「よかった」と付け加えた。
「もしかしたらまた痛むかもしれないから、薬を処方しておくわね。とりあえず……三日分で足りるかしら……??」
 女医さんは薬の入った袋をぼくに手渡し、にこりと笑った。ちょっとだけ目つきが尖って見えるけど笑うととっても綺麗な人だった。ぼくはお礼を言うと女医さんはいいのよと言い、カルテになにやら書き加え戸棚にしまった。
「私はサルースよ。私の前では種族が違っていても、みんな平等に患者よ。また何かあったらいらっしゃい。看てあげる」
 ぼくは医務室を出る時も小さく頭を下げて、静かに扉を閉めた。本当にどこにも違和感はなく、模擬戦闘をする前と同じくらいに元気だった。ぼくはいいけど……もしかしたらナギールはどうだろうと思い、ぼくはギルド受付で事情を聞くことにした。アズリエルはとてとてとぼくの後をついて歩いてきた。

「あら、あなたはさっきの模擬戦闘をしていた方ですね。もうお怪我の具合はいいのですか?」
 さっき、ぼくが模擬戦闘をする前にアドバイスをくれた女性の係員の人が、ギルド受付担当者だったなんて……いや、今はいいんだ。ぼくはおかげさまでと答え、すぐにぼくの対戦相手だったナギールについて何かありませんかと尋ねると、その女性は引き出しから書類を取り出しぱらぱらとめくった。
「えっと……ナギールさんは……あ、特に大きな怪我もないとの報告が入っています。よかったら彼の部屋に行ってみますか?」
 ナギールも無事とわかり、ぼくは胸を撫で下ろした。ナギールが迷惑でなければお見舞いもかねて伺いたいというと、受付担当者は「彼なら大丈夫ですよ」と即答。彼の部屋までの地図を受け取ると、受付担当者はまたにこりと笑った。
「大切なお友達なんだから……ね? いってらっしゃい」
 受付担当者に見送られ、ぼくは地図を頼りにナギールの部屋へと向かった。

 地図が正しければ……ここかな。特に目立つものもなかったので、ぼくは軽く扉をノックした。すると中から声がしてぼくだということを伝えると、物凄い勢いでナギールが現れた。
「おー! お前か!! ま、中入れよ!!」
 と、すごく嬉しそうにぼくの腕を掴み強引の部屋の中へ引きずり込まれた。アズリエルもしばらくしてナギールの部屋に入ると頭を下げて挨拶をした。
「へぇ、お前ってばアズリエル当たったんだ! いいなぁ……」
 どうやらナギールは別の駒が当たったみたいだけど……その駒の名前を教えてはくれなかった。アズリエルはナギールに近付いて今度は深く頭を下げて謝った。
「さっきはごめんね」
 どうやらさっき、アルンとアズリエルのコンボ攻撃を放ったときのことを謝っているようだった。それが決定打となりナギールは再起不能になってしまったのだから……アズリエルなりの気遣いだった。
「ん? いいってことよ。それはおれも同じことだ。さっきはごめんな」
「ううん。またあそぼ」
「おう!」
 ナギールとアズリエルはハイタッチをすると、今度はぼくに向き直りハイタッチの構えをした。ぼくは少し遅れてハイタッチをすると、ナギールはうんと頷き、さっきの模擬戦闘のことを口にした。
「ありゃあ、おれの完全敗北だわ。一応、おれだって駒の事を調べてから組んでみたいけどよ……お前の方が一枚上手だったってことだな」
 ナギールは竪琴を持った少女と竜の少女のあのコンボ攻撃を仕掛ける前、ぼくはただあの竪琴を持った少女が出てきたことに何の違和感も抱かなかった。それどころか竪琴を持った少女にあんな強力な魔法攻撃があったなんて知らなかった。ぼくはアズリエルに教えてもらったからできたものの……これだと、しっかり調べて編成を考えたナギールが勝った方が良かったのではないかなと思ってしまった。
 そんなことを考えていると、ナギールはぼくの背中をどんと叩きがははと笑った。びりびりとした痛みがぼくの背中で暴れる中、ナギールはぼくの頭をくしゃくしゃとした。
「確かに、あの時ハーピストエンジェルを出したときのお前の顔は何の警戒もなかったな。お前を先に危険な状態まで追い込むことはできたんだ。だけど、それは成功であり失敗でもあったんだ。このまま押し切れれば勝てると思った矢先、お前もアルンを場に出してアズリエルとのコンボ攻撃をしたときは……おれは負けを確信したよ。あのときのお前のピンチはチャンスへと変わったんだからな。お前ももっと駒の特性を調べてきちんと編成すれば……もっと強くなるかもしれねぇな」
 ぼくはあの板をと図鑑を手渡され、(一応)駒の特性も調べて入れたつもりだったけど……それがどうだろうか。実際には駒の特性はおろか駒に描かれている名前すらも出てこなかった。その点、ナギールは名前や特性をきちんと把握した上であの板に組み込んでいた。
「なぁんて顔してんだよ。いいじゃねぇか。これで何が得意で何が苦手かがわかったんだし」
 最初、ナギールの言っている意味がわからなくて首を傾げるとナギールは自分の板を持ち出し、持っている駒をテーブルの上に並べた。
「おれは特性や名前をだいたいは把握してる。だけど、お前には信じる力を持っている。これが組み合わさると……どうなると思う?」
 聞いたことのない組み合わせだな……それがうまく合わさると……?? ぼくは答えが浮かばずに首を横に振った。すると、ナギールはこうだと言い、板に駒を組み込んでいった。
「勝てるデッキができるってことだ……お前は一人じゃない。お前が苦手なことをおれと一緒に考えればいい。おれができないことは……お前と一緒に行動すればいい。こうすればきっとうまくいくって。な?」
 歯を見せて笑うナギールを見たぼくは、なんだかほっとした。なんでこんなに難しく考えていたのだろうと思うと、さっきまで考えていたことがちっぽけに感じてしまう。それがなんだか嬉しくて、ぼくはナギールにデッキの組み方を教わることにした。一人よりも二人で考えた方が戦略の幅は増えるし、なにより会話を通じて相手のことがわかるというのが一番楽しかった。
「おっと。それよりかは、こっちを入れた方が安定すると思うぜ」
「ああ。その駒持ってんのかよ~。お前、おれの持ってない駒多すぎだって……羨ましいぜ」
 ナギールはぼくの持っている駒を見て喜んだり羨ましがったりと、色々な表情をして楽しませてくれた。ぼくは……ナギールに会えてよかった。あの模擬試合も対戦相手がナギールじゃなかったらここまで色々お話なんてできなかっただろうし……。

「よし。デッキはこんな感じでいいだろう。よかったら明日、試しに行こうぜ」
 明日、ぼくとナギールで考えたデッキの試運転の約束をし、ぼくとアズリエルは部屋をあとにした。アズリエルはぼくの後ろについてきているんだけど……なんか物足りないような……。
「……どうしたの?」
 アズリエルが不思議そうな顔でぼくに尋ねてきた。言うかどうか迷ったけど、ぼくは思い切ってアズリエルに何か物足りないことを伝えると、アズリエルはこくんと頷いた。
「……骨三郎。うるさいからおいてきた」
 ……あぁ、そうだ。なんか物足りないなぁと思っていたのは……骨三郎だったか。やけに静かにしていたなぁとは思っていたけど……。一人で納得したぼくはアズリエルの手を取って、自室に戻った。
 ぼくの指先にぴりりとした痛みが走ったことなど気が付かないまま……。
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