第十九階層

文字数 2,394文字

 何度も危機的な状況に陥りそうになるも、危機的な状況になればなるほど本領を発揮するのがぼくの持っている神属性の特徴だった。ほかにも守りに特化したデッキや、高い生命力を犠牲にして高威力の魔法を駆使して戦うデッキもあるのだけど、ぼくは通常攻撃や魔法攻撃をメインにして戦う俗にいう「神殴り」と呼ばれる比較的扱いやすいものを好んで使っている。デッキ編成の難易度もそんなに難しくもないことから、神デッキは入門者から上級者まで幅広く愛用されているとギルドの人が教えてくれた。
 そんな神デッキにももちろん弱点はある。高い攻撃力と魔法攻撃のバランスも優れている反面、それを利用して戦う妨害のエキスパートである魔デッキとは相性が悪い。こちらが仕掛けた攻撃を罠やカウンターといったもので相手にはもちろんだが、与えたいくらかのダメージがこちらにも返ってきてしまう。ほかにも毒や呪いといった攻撃手段でじわじわと攻めるのが得意なデッキだと聞いたことがある。そんな魔デッキにも神デッキと同じように通常攻撃や魔法攻撃で戦う「魔殴り」もある。魔殴りは神殴りよりも体力は劣るものの、数々の罠や手駒操作をして相手を翻弄して戦うことで不足部分を補っている。そして今、ぼくが入った第十九階層はそんな魔殴りを主体とした相手との戦いだった。

「あらぁ。こんなところに人間なんて……なんとも哀れねぇ」
 くすくすとぼくを笑うのは夜そのものを纏ったかのような漆黒のドレスに身を包んだお姫様だった。純度の高い金をさらさらにしたかのような髪、ドレスとは対照的な煌々とした月を思わせる銀色のミニクラウン。そして、背中には蝶を思わせる羽が生えていた。
「一応名乗っておきましょうか。わたくしはアズマリア。ここまで頑張ったあなたに悪夢というご褒美をあげましょう」
 うふふふと笑いながらふわりと羽をはためかせ、宙に舞った。大きく動かされた羽から七色に輝く鱗粉のようなものが舞いその中から

が形成されていく。最初に形成されたのは麗らかな春色の髪色をした女性だった。しかし、その女性が手にしているものにぼくはぎょっとした。右手には熱されているであろう鉄球、左手には巨大なのこぎりを持っていた。最低限の衣服に包まれた女性はぼくを見て恍惚の表情を浮かべた。
「あらあら。今日もお客さんがいるじゃない。怖がらなくていいわ。さ、こっちへいらっしゃい」
 女性は右手に持った鉄球を床に置き、ぼくを手招きする。じゅうという床を焦がす音と鼻を突く悪臭にぼくは思わず顔を背けた。しかし女性はそんな臭いに表情を変えることなく、ぼくにゆっくりと近付きながら手を差し出していた。鼻を摘まみながらぼくはその手を振り払い、一枚展開した。元気な双子のワタリガラス─フギンとムニンを呼び出し、ぼくたちの士気の底上げをしてもらった。
「さぁ、ぼくたちと呼吸を合わせて」
「一緒にどーん!」
 双子の応援のおかげで少し士気が高まったのを見た女性は、さっきまでの恍惚な表情から一変し、冷めたような目でぼくを見ると床に置いた鉄球を拾い上げ振り回し始めた。
「……生意気ね。お仕置きが必要のようね」
「ここでヤホちゃんの登場やでー!」
「ちょっ! ウィズ! うるさいから!!」
 おしゃべりな帽子と見習い魔法使いの少女─イーグヤーホが恥ずかしいとばかりに叫びながら、何やら魔術を展開した。魔法円が完成すると途端、ぼくの足元ががくんと落ちた。イーグヤーホはぼくの生命力を吸い取る魔術をしようしたのだとそのときわかり、落ちた足元をすぐに立て直し次の駒を展開した。
「ここにも悪が蔓延っているのか。野放しにはできないな」
 きりりとした表情をした天使─エルティナが手にした砲台を構え、イーグヤーホと女性に対して白い光線を浴びせた。二人は悲鳴を上げ、からんと音を立てて機械人形へと戻った。
「中々やりますわねぇ。でも、これはどうかしら?」
 次に形成されたのは四本腕にそれぞれ武器を持った女神─カーリーだった。現れたカーリーはぼくを見ると嬉しそうに跳ね、武器を構え突進してきた。
「アマルヴィナーシュに勝てるものはないぞ! 覚悟!」
 鋭い刃がすごい勢いで迫ってくる。咄嗟のことで判断ができていない無意識と意識の間。このままではカーリーの刃を正面に受けてしまうとき、デッキからひと際眩しい光が目の前に現れた。
(そうはさせん!!)
ぼくの目の前に現れた一瞬の光。そして、見たことのある羽と聞いたことのある低い声……まさか。ぼくの頭にふわりと舞った羽を確認し、しばらくその羽をじっと見つめていた。駒を持ってすらいなかったのに……ザフキエルはそんなぼくの危険に身を挺して守ってくれた。おかげで被害は最小限にと抑えることができた……できたのだけど……ごめん。ごめん……。
「ほほー。お主、中々楽しめそうではないか。さぁさぁ、もっと我と踊ろうぞ」
 本気になったカーリーは自らを鼓舞し、次の攻撃の準備をしていた。ぼくは涙で滲む視線の先を睨みつけながら次の駒を手にしてカーリーに向かって投げつけた。
「これでとどめだ。竜闘気、全開放だ!」
「なんと……!!」
「くっ……なんで、わたくしがこのようなものに……きゃあああああっ!!!」
 剣士ジークフリートの放った剣気はカーリーとその背後にいたアズマリアに直撃し、二人は機械人形へと姿を変え、最後の言葉の代わりにからんと無機質な音を立てて転がった。危険を感じなくなった部屋から聞こえたのは、次の階層へと向かう扉が開放された音だった。今回、改めて魔属性と対峙して一筋縄ではいかないということを思い知った。相手の体力を奪って自身を回復させる吸収というものを体験して、今後は失った体力を戻す回復を得意とする駒も編成しておかないといけないということを胸にしまい、ぼくは次の階層へと続く階段を上った。
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