幕間

文字数 4,709文字

 身の危険を感じたのは、視覚より聴覚だった。突然、大きな揺れと共に大きな雷が落ちたかのような轟音にぼくは慌てて飛び起きた。自室の窓からではよく見えないため、ぼくは急いで身支度を済ませてからギルド受付へと走った。途中、何人かの冒険者とすれ違ったけど、どの顔もみんな焦っているような顔だった。ぼくが見てそう見えるのならきっと、ぼくの顔もそんな風に見えているのかもしれない。
 ギルド受付はもう既にたくさんの冒険者でごった返していた。口々に発している言葉はどれも不安や恐怖、焦りの色を含んでいた。受付の人も同じで、「現在、調査しておりますのでお待ちください」という言葉にも段々と不安の色が混じってきていた。
「おう! やっぱり来てたか」
「あなたもあの音で?」
 ナギールとティミルとギルド受付で合流し、ぼくはわかっている範囲で二人に情報を共有した。だけど、今はあまりに情報が少なすぎてどうしたらいいかわからず、ぼくたちは何もできなくて悔しい気持ちを押し殺し、ギルド内に留まることにした。その間も、冒険者たちの訴えは止まることを知らなかった。

 待つこと数時間。ギルド出入口から現れたのは、ギルド長のアメリアさんだった。その顔はいつになく険しく、なにかよくないことがあったというのはすぐにわかった。強く唇を噛み、額には大粒の汗が流れていた。そして、アメリアさんが体全体に響くほどの大きな声で静まるよう訴えるとすぐに冒険者たちは口を閉じ、気を付けの姿勢をとった。一瞬にしてギルド内に緊張感が漂い、物々しい雰囲気の中アメリアさんが口を開いた。
「皆の者。不安になる気持ちは痛いほどわかる。だが、ここはもう少しだけ待ってはくれないだろうか。現在、我々がその原因を探っている最中だ。幸いなことに、もう少しで原因が判明できるところまで調査は進んでいる。だから、もう少しだけこの場に留まってくれるだろうか」
 もう少しでわかる……その言葉に安心したのか、さっきまで声を荒げていた冒険者は大人しくなり、静かに頷いていた。それに続いてみんな落ち着きを取り戻し、空いている椅子に腰を下ろして調査の結果が出るのを待ち始めた。受付の女の子にアメリアさんが何かを言うと、その子は受付裏に移動しなにか作業を始めていた。
「待つしかできないなんて……なんかな」
「そうね……でも、今はそれしかできないの。我慢しましょ」
 ナギールは拳をぐっと握りながら、ティミルは俯きながら呟いていた。ぼくは……いったいぼくには何ができるのかな。安心のすぐ隣にいる不安を抱きながら、ぼくは窓から見える眩しいくらいに晴れている空を見ていた。


 いつの間にか意識は飛んでいたみたいで、ぼくは扉の開く音にはっとした。意識をはっきりさせると、ギルド受付にはアメリアさんが立っていて「説明を始める」と大きな声を発し、冒険者を集めた。ぼくは急いで近くに行き結果報告に耳を傾けた。
「まず、あの音の原因だが……巨大な建造物が出現した。それもかなりの高さだ。わたしも現地で確認をしたのだが、その異常な高さに頂上が見えなかったほどだ。入口はひとつあったのだが、そこには何かを埋め込む穴があってな。この穴がきっと建造物を開ける鍵の役割をしているのではないかと思った。しかしその穴は少し妙でな、普通の鍵穴ではなく属性を模した形をしていたのだ。神属性、魔族性、そして竜属性の……な。それを持っている者しかその建造物に入る資格がないようだ。そして、我々調査隊の中にそれと思われるものを持つ者と向かい、その穴に当てはめてみるとぴったりと合ったのだ。やがて扉が開き、中へ入ることができたのだが……そこは外の世界と建造物の時間を分断されたような静けさがあった。そして、見たことのない幾何学模様の石が浮いている部屋に入ると、機械人形のような奴らが現れた。その機械人形は何か音を発すると、さっきまでなにもなかった空間に

人物が現れたんだ。我々はとっさに退却をしたが……あれは一体……」
 実際に見ていた本人ですら、どういう状況だったのかが掴めていない様子だった。そして、アメリアさんの話は、建造物を出てここに戻ってきたところに繋がった。
「ここで、冒険者諸君にお願いだ。あの建造物の調査のため、協力してくれないか」
 今まで見たことのないくらい、切羽詰まったアメリアさんは机を叩きわなわなと震え始めた。
「悔しいかな。あの建造物に入った瞬間、わたしはわかってしまった『きっとわたしでは乗り越えることができない』と……。なので、無理を承知でわたしから

を出す。あの建造物を調査してくれ。報酬はもちろん用意する。だが、その建造物の調査にはあるものが必要になってくる。それが……これだ」
 アメリアさんがポケットから取り出したのは、さっき話していた神属性を象った紋章だった。
「これは、持ち主以外使用することができないようでな。試しにわたしが代わりに触ろうとすると、あるはずなのに掴めないという現象が起こってしまう。そのため、あの建造物の調査にはこの紋章が必要不可欠となる。そこで、調査に参加してくれる冒険者はまずはこの紋章を得ることから取り掛かってもらいたい。そして、その紋章を得るためには試練に打ち勝たねばならん」
 試練と聞いた瞬間、ぼくの背中はぞわりと震えた。そして、この依頼は単純なものではないというのも察した。きっと今まで受けていた依頼よりも遥かに難易度の高いものだろうと感じたぼくは、歯を強く食いしばった。
「この依頼を受けてくれる冒険者には、それなりの準備も必要だ。なので、この石を役立ててほしい」
 机の上に置かれたのは、初日にもらったあの青い色をした石だった。それもたくさんの。それを使って戦力強化をしてほしいというアメリアさんからの無言の願いだった。
「各自、準備が整い次第ギルド受付まで来てくれ。この紋章の試練会場へと案内する」
 そう言い残し、アメリアさんは初日に入った大広間へと入っていった。さっきまでたくさんの声で溢れていたギルド内に沈黙が広がると、しばらくは誰も口を開かなかった。お話好きのナギールやティミルさえも口を噤んで、どうしたらいいかと悩んでいるのが見てわかった。実際、ぼくもどうしたらいいのか考えていたのだから、きっとここにいる冒険者全員そう思っているのかもしれない。
 どのくらい時間が流れただろうか。長い長い沈黙を破ったのはとっても意外な人物だった。
「おやおや。どうしたんだい。みんな辛気臭い顔しちゃって」
 なんと食堂のおばちゃんだった。賑やかだったのに急に静かになったものだからと言い、様子を見に来たそうだ。すると、みんなが下を向いて口を閉じているのだから、何事かと思うのも無理はなかった。ぼくはおばちゃんに事情をかいつまんで話すと、おばちゃんはすぐに察してくれてそうかいそうかいと大きく頷いてみせた。
「そっか。そういうことがあったんだね。確かに大きな音がしたなとは思っていたけど、まさかそんな大事になっていたなんてね」
 おばちゃんは腕を組みなおし、がははと大きな声で笑うと一同はおばちゃんを凝視した。今までの話を聞いていたのかよと言う冒険者もいるなか、おばちゃんは構わず笑い続けた。ひとしきり笑ったあと、おばちゃんはエプロンの紐をしっかりと結びなおし手を大きく叩いた。
「いつまでそんな暗い顔してんだい! そんなんじゃみぃんな暗い顔になっちまうよ。表情も気持ちも伝わるもんでね、誰かが暗い顔なら暗い顔になるもんさ。だからこそ、ここは辛いかもしれないけど、笑うのさ。笑えばそれを見て他の誰かが笑い、また笑ってが連なるのさ。大丈夫。あんたたちならきっとできるって信じてるから。あんたたちがお腹を空かせて帰ってきたら、あたしがとびっきり美味しいご飯を用意して待ってるから。帰る場所があるということ、忘れんじゃないよ!」
 おばちゃんは最初は厳しめの口調だったけど、段々と穏やかになり最後はぼくたちを励ますように言うと、ゆっくりとした足取りで食堂へと戻っていった。扉が閉まり、しばらくして「さぁて、忙しくなりそうだねぇ」と元気な声が聞こえると、ぼくたちは顔を見合わせ大きく頷いた。
「やってやろうじゃん!」
「ええ! やりましょう!」
 全員同じ答えに至ると、冒険者の一人が手を挙げてアイデアを出してくれた。そのアイデアは、全員が試練に挑みに行くのではなく、半数が挑んでいる間はこちらの警備や依頼をこなし全員取得ができたら残りの半数が試練に挑むというものだった。いわれてみれば、全員で試練に挑んでしまうとここに残る冒険者が誰もいなくなってしまう。となれば、その間に何かあってはそれに対応する人がいないとなると思うと、その意見にぼくは大賛成。ほかのみんなもその意見に賛成し、最初に試練を受ける人と残る人に別れた。ぼくとナギール、ティミルは最初に試練を受ける側に移動し、アイデアをくれた冒険者は後に行く側になった。
「そんじゃ、ちょっくら試練を攻略してくるわ」
「ちょっと、そんな軽い気持ちでいくなんて危険よ。準備はしっかりしていかないと」
「……そんじゃ、先にあの機械を回してからいくか」
 ナギールは初日に回したあの不思議な機械を思い出し、試練を受ける正式な手続きを済ませると抱えきれないくらいの青色に光る石を受け取り、不思議な機械の上部へと全部流し入れた。結果を確認するよりも早く、次はティミルが手続きを済ませ青色に光る石を受け取り、さっきと同じように石を上部に流し入れた。それにぼくも手続きを済ませてから青色に光る石を受け取り、よろめきながらも上部に全て流し入れると、いつもとはちょっと違う音が聞こえた……気がした。排出口から出た駒を確認しないまま、ぼくは先に試練の間に向かっていった二人を追いかけた。その入り口は、初日に入ったあの大広間の裏側にあった。普段はカーテンで隠されててわからなかったけど、今はそれを取っ払いアメリアさんからの依頼を受けた冒険者を受け入れる体制に代わっていた。扉を開き、道なりに進んでいくと頼りない蝋燭の明りと階段があり着実に地下へと誘われていった。
 こつん、こつんと音と共に地下へと進んでいくとぼわりとした明りに目を眩ませる。目が慣れるとそこには先に到着していたナギールトティミルが手を振ってくれた。そして、その少し先にきりりと表情のアメリアさんが立っていた。続々と冒険者でいっぱいになっていき、人の流れが止まったことを確認したアメリアさんは、軽く咳払いをしたあとにカーテンをばっと開いた。現れたのは三つの扉で、扉の上部にはそれぞれの属性が刻まれたプレートがあった。
「ここに来たということは、あの建造物の調査に協力してくれると解釈する。そして、これよりここにいる冒険者諸君には試練を受けてもらう。説明は……不要か」
 冒険者の顔を見たアメリアさんは、改めて説明は不要だと感じた。理由はここにいる冒険者全員の顔が決意に満ちていたから……なのかもしれない。ぼくはもちろん、ナギールもティミルも不安の中にある新しい冒険にわくわくしているそんな顔をしていた。
「ではこれより、試練を開始する。みんな……無理はするな」
 アメリアさんが立ち去ったあと、ぼくとナギール、ティミルはそれぞれ手を重ねて試練の成功を祈りあった。
「んじゃ、行きますか」
「きっと……またここで会おうね」
 こうしてぼくたちはそれぞれ属性の扉を開いた。光に包まれたぼくは一瞬、意識を持っていかれそうな感覚に襲われ、目を閉じた。
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