踊り場

文字数 2,943文字

 第五階層を抜け、次の第六階層へと行く間─踊り場でぼくは頭が痛んだ。その痛みは収まるどころか段々痛みを増していき、立てなくなってしまった。あまりの痛みにぼくは意識が遠のいていくのを感じた。まさか……頭が痛くて動けなくなるなんて……。そんなことを思いながら、ぼくは痛みの先にある真っ暗闇へと吸い込まれていった。


 気が付くと、そこはさっきまでぼくがいたところとは全く違う場所だった。見たことのない白い世界にぽつんと立っている頭に角が生えた少女がいた。その少女はただ一点を見つめて微動だにしなかった。ぼくはその少女の真正面にいるんだけど、その少女はぼくに気が付いているのかいないのかがわからないくらいにただじっとその場に立ち尽くしていた。
 やがて少女に電撃が走ったかのように体を震わせると、その少女は小さく伸びをしてから小さく息を吐いた。小走りでどこかを見てはしゃいで、また別のどこかを見ては嬉しそうに手をぱちぱちと叩いていた。ぼくにはただ白くて何もないようにも見える世界だけど、少女の目にはきっと何か違う世界が広がっているのだろうと思った。
 嬉しそうにはしゃいでいる少女は、次第に悲しい表情を浮かべ始め自分の指で遊び始めた。そしてその悲しみはすぐに少女の限界を突破し、今度は大きな声で泣き始めた。

 あぁあん!! あぁああん!!! とってもたのしそうなのに!! とってもきれいなのに!

 あぁあん!! あぁあん!! ××もあそびたい!! ××もあそびたいよー!!!

 少女はわんわんと泣き、その声はぼくの耳にもしっかり届いていた。出来るならいますぐ少女の悲しみの訳を詳しく聞いたり、手を差し伸べてあげたいのだけどぼくはそこにある存在というだけで少女に何かできるわけもなく、ただその声を聞くことしかできなかった。
 少女の悲しみは増す一方で、その声は大きくなり流す涙の粒も大きくなっていた。そしてその悲しみが増している中、少女の背中にある異変が起きていた。いや、背中だけではなく体全体が……だろうか。最初の異変は少女の背中から大きな羽が生えた。その羽の色は新緑を思わせるような美しい緑色。次は少女の足だった。丸みを帯びていた足先は竜のように鋭い爪がにょきにょきと生えていた。最後は少女の顔だった。顔はさっきまでの少女とは別に、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

 あれ? なんだろう。××のからだのなかに ちからがあふれてくる

 むねのなかにあるこのどきどきはいったいなぁに? わからないけど、とってもわくわくする!!

 少女はそう言い、えいっとその場で跳ねた。すると少女とは思えない跳躍力で白い世界の天井部分を破壊した。破壊された箇所からは見慣れた青い空が広がっており、ここが閉ざされた空間だということがわかった。
 少女はさっきまで白い世界から見ていた景色を間近で見れたことが嬉しいのか、青空の下で両手を広げてはしゃいでいた。

 やったー! おそとにでられたー! やったー!!

 とぉってもきれいなみずたまりがいーーっぱい!

 おっきなでこぼこもいっぱいあるよー!

 少女は目の前に広がっている空間にあるものを抽象的な表現で口にしていると、少女の手には何かが握られていた。それもさっきまでは何も持っていなかったのに、突然現れた。それは大きな剣のようにみえた。少女は剣のようなものをまるで使ったことがあるかのように自然に握ると、おもむろに振った。すると、ぼくの目の前にあった少女のいうでこぼこ─山は音もなく真っ二つに切れた。遅れて辺り一帯に轟音が響き、山は崩れていった。

 すごいすごぉい! きれいにはんぶんこになっちゃったぁ!!

 あっちのでこぼこもはんぶんこになっちゃうのかな? えいっ!!

 少女は再び何かを振るうと、さっきの山同様に真っ二つになった。それを見てはしゃいでいるぼくは言葉が出てこなかった。なんで……あんな少女にこんな凄まじい力があるのだろう。ぼくは真っ二つになった山を見ていると、雲の隙間から小さな点がこっちに向かってくるのが見えた。その点は段々と大きくなり、近くで見るとそれは背中に翼を生やした天使軍だった。槍や弓、剣を構え天使軍たちは少女に向かって突進していった。

 ××とあそんでくれるの? うれしい! いっしょにあそぼ!!

 少女は心から楽しそうに笑うと、また剣のようなものを振るった。するとさっきまで空を埋め尽くしていた天使軍はあっという間に消え失せ、代わりに真っ二つになった雲だけが残っていた。

 えぇ もうおしまいなの?? やだやだぁ まだあそびたい もっとあそぶのー

 少女のいう遊びが何を指すのかはわからないけど、ぼくが見た限り少女のいう遊びというのは破壊を指すのではないか。なんらかの理由でこの白い世界に閉じ込められていたとすると、それは少女の破壊という遊びを封じるためなのではないか……と考えればただ頭に角が生えた少女がぽつんと立っていたというのにも合点は行く気がする。となると、白い世界が破壊されてしまった今はまた少女をこの白い世界に閉じ込めなくてはいけない。きっと少女が遊び足りないと言うのなら……ここだけでなく、ほかの場所を破壊しかねない。誰かこの状況を阻止できないのか……と思っていると、今度はさっきの倍以上の点が空を覆った。点はやがて姿となり少女へと突っ込み消えてまた現れてを繰り返していた。
 少女は嬉しくなったのか、嬉々とした声を上げながら剣のようなものをただ振っていた。振れば消えまた現れてまた振るを繰り返していくうち、少女は振る間隔を狭めていった。狭めても新しい天使軍が現れることが嬉しいのか、空中で小躍りをしながら声を発した。

 あははっ!! たのしい! たのしい! もっともっとあそぼうよ!!

 少女の声に応えるように続々と天使軍が現れ、少女を食い止めようと突撃をするもそれはものの数秒で消え失せてしまい、少女を食い止めていることになっているのかはわからない。だけど、ただ闇雲に天使軍を出しているわけでないとしたら……?
 もう何度目かわからない天使軍の増援の後、雲の隙間からひと際眩しい光の柱が現れた。その柱から現れたのは、たっぷりとした顎鬚に白い軽装に身を包んだ雷神ゼウス。ぼくが神の試練を受けていたときと全く同じ装いだった。
「お主。これ以上の破壊行動はいくら少女とはいえ許さんぞ。覚悟はできていような」
 ゼウスの問いかけに少女は首を傾げた。言っていることが理解できていないのだろうか。少女は首を横に振っていやいやと表現した。

 やだやだぁ。もっともっと、もぉっとあそぶのぉ!

 駄々をこねる少女を見たゼウスは深く溜息を吐くと、仕方ないといい雷霆ケラウノスを構えた。既にケラウノスからはばちばちと火花が出ていて、ゼウスとケラウノス共に「お仕置きの時間だ」と言わんばかりだった。対して少女はというと、また嬉しそうにはしゃぎ両手をあげていた。

 おじちゃん、あそぼあそぼ! いーーっぱいあそぼ!!

「さぁ、唸れケラウノス!!!」
 ゼウスがケラウノスを天高く掲げると、激しい稲光が現れ少女、ぼくを白い光で包み込んだ。そのあまりの稲光、閃光音が凄まじくてぼくの意識は一瞬で飛んで行った。
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