エピローグ

文字数 2,732文字

「もう行くのかい?」
 ギルド内で荷物の確認をしていると、不意に後ろから声をかけられた。振り向くと食堂のおばちゃんが立っていた。右手には愛用のおたまを持ったままぼくたちの返事を待っていた。
「うん。忘れ物もないことを確認したから、そろそろ出発しようかと」
「ま、すぐ戻ってくると思うけどな」
 ティミルとナギールの返事に満足そうに微笑むと、食堂のおばちゃんが「ちょっと待ってな」と言い、食堂に入っていった。その間、いよいよ出発できることが嬉しいのか、フェリヤはアズリエルと一緒に喜んでいた。
「どんなところなんだろう。わくわくするー」
「するー」
「おいアズ。お前、そんなキャラだったカ?」
「……骨三郎。うるさいとたたくよ」
「だめぇえ! 暴力はダメェ!」
 そんなやりとりを見ていると、食堂のおばちゃんは大きな包みを持って戻ってきた。どんと置かれたそれは、人数分よりも少し多めのお弁当だった。
「連続で各属性の世界に行くって聞いたからさ。ちゃんと日持ちするもので作ったから安心しな」
 お弁当を広げたい気持ちをぐっと堪え、ぼくはおばちゃんにお礼を言った。それに続いてナギールとティミルもお礼を言った。ぼくたちが頭を下げているのを見たフェリヤとアズリエルもとりあえず頭を下げているのを、横目で見ていてなんだかとても微笑ましかった。
「いいって。それよりも気を付けていくんだよ。無理だと思ったらいつでも戻っておいでね」
「「はい!」」
「それじゃあ、しゅっぱーっつ!」
 先陣を切ったのはアズリエルで、それに続いてフェリヤとぼくたち。最後の最後まで見送ってくれたおばちゃんが見えなくなると、ほんの少しだけ寂しさを覚えた。でも、これが今生の別れじゃないから、また会えるよね。暗い中階段を下りていき、各属性の試練の扉が見えるとそこには先客がいた。先客というよりは、お見送りをするためなのかな。教官のアメリアさんが背筋を伸ばして立っていた。
「あれ。アメリアさん。どうしたのですか?」
 ティミルが不思議そうに尋ねると、アメリアさんは少し恥ずかしそうに「お前たちの見送りだ」と言ってくれた。やっぱり、見送りに来てくれたんだ。
「へへ。おれたちなら大丈夫っすよ」
「別に心配はしていないのだが……まぁ、ちょっとした親心みたいなものだと思ってくれ」
 ふっと笑みを零し、視線は遠足気分のフェリヤに注がれていた。アメリアさんは低く屈んでフェリヤの視線に合わせながら頭を撫でた。
「たっくさん色んな世界を見てくるんだぞ」
「……うんっ!!! フェリヤ、すっごく楽しみ!!!」
 百点満点の笑顔で答えるフェリヤの顔を見て安心したアメリアさんは、最後に教官の顔に戻りながら口を開いた。
「……行ってこい。気をつけてな」
 ぼくたちは頷き、扉の一つに手を伸ばすとあっという間に体は光に包まれた。そして光が収束するのと同時にぼくたちの意識は扉の中へと吸い込まれていった。

「ふぅ。着いたな」
「着地成功っと」
 新しい世界に到着し、ぼくたちはまず周囲を確認。安全であることがわかると、フェリヤに言わなくてはいけないことを思い出した。この世界のほかにもフェリヤにも会ってほしい人たちがいることを話すと、フェリヤは顔を輝かせて頷いた。
「お兄さんのお知り合いなの?? 会ってみたい!!!」
「きっときにいるとおもうよ」
「うん!」
 すっかりお姉さんなアズリエルはフェリヤにそう言うと、すっと手を差し伸べた。フェリヤは差し出された手をきゅっと握りにこっと笑った。
「お! アズリエルはお姉さんだな!」
「そうなると、さしずめフェリヤは妹ってところかしら?」
「おねえさん?」
 お姉さんという言葉に首を傾げるアズリエルに、フェリヤをお願いできる人のことを言うんだよと伝えると、アズリエルは少し照れた。
「お姉ちゃん? アズリエルお姉ちゃん!」
「……うん」
 その後も何度かお姉ちゃんと言われ、ちょっとくすぐったいと感じながらもしっかり先導しているアズリエルはお姉さんと言っても変わりはなかった。成長したアズリエルを見てぼくはちょっとだけ目頭が熱くなった。
「おんやぁ? お兄さんは何で泣いてるんでしょうねぇ?」
 冷やかすナギールにぼくは肘で小突く。「照れるなよ~」とさらに冷やかしてくるも、ぼくは平然を装った。だけど、それを無視して今度はティミルも一緒になって冷やかしてきた。段々と顔が熱くなり恥ずかしい気持ちも交じりながら否定をしていると、先に歩いているフェリヤに声をかけられた。
「おにーちゃーん! おねーちゃーん! 早く早くー!!」
 こっちに向かって大きく手を振る姿にぼくだけでなく、ナギールとティミルの心にも何か訴えるものがあったのか、小さな声が漏れていたのをぼくが確かに聞いた。今度はぼくが冷やかそうとしたけど、それよりも先にアズリエルがぼくの袖をくいくいと引っ張った。
「フェリヤがよんでる。はやくいこ」
 ぼくの返事を聞かないまま、アズリエルはぼくをフェリヤが待つ場所へとぐいぐいと引っ張った。そこでフェリヤが見ている世界と共有したぼくは思わず声を漏らした。後に続き、ナギールとティミルも追いつくと二人も小さな声を漏らした。
「もっと近くで見たい! ねぇね、早く行こ」
 今度はフェリヤがぼくの袖を掴み、ぐいぐいと引っ張った。フェリヤの好奇心は留まることなく、次から次へと溢れ出る泉のようだった。質問攻めにあうときもあるけど、それはそれで嬉しかったし楽しかった。ぼくが答えられないときはナギールかティミルが教えてくれたりとみんなで支えながらフェリヤと一緒に冒険を楽しんだ。ここで得た経験もそうだけど、ほかにも図書博物館で出会ったロレーラさんのおすすめの本を読んであげたいし、マルバスさんイチオシの美術品や珍しいものも見せてあげたい。それに、お世話になった村のみんなにまた挨拶だってしたいし……とやりたいことだらけだった。
「あ、そうそう。そういえばお前、あの塔を攻略したんだよな。今度おれも連れてってくれよ」
「あたしも! いいでしょ??」
 忘れてた。白の塔もそうだった。ぼくは頷き、三属性の冒険が終わったあとにでも行こうと提案をすると、今度は二人が子供のようにはしゃいでいた。あの塔も最初はぼくだけで挑んだけど、今度はナギールもティミルもいる。二人が得意な属性を使い分けて攻略することだってできると思うと、ぼくもなんだかわくわくしてきた。
 たとえ困難な状況でも、みんなとならきっと乗り越えることができる。そうとわかった今ならどんなことだってできそうな気がする。


          ぼくたちの冒険は始まったばかりなのかもしれない。


                   完
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