図書博物館

文字数 3,008文字

 白の塔と呼ばれる建物からどんどん溢れてくる機械人形が、つい先日きたばかりの土地へと襲い掛かっている。ティミルは元々位高い王家の出身なのだが、礼儀だのしきたりだので小うるさい王である父親が嫌になり城を飛び出した。必要最低限の荷物だけを持ち、ただひたすら父親から遠い場所へ遠い場所へと進んでいるうちに辿り着いたのは、ここオセロニアの世界だった。そこで王家にいるときよりも自然な交流ができている自分に驚きながらも嬉しく思っていた。
 困っている人を見過ごすことのできない性分のティミルには、このギルドでの生活は飽きることがなかった。何かしら依頼があったり、はたまた自分から散歩にでかけてみては新しい発見があったりと充実した毎日を過ごしていた。
 そんな素敵な思いが詰まったオセロニアの世界が今、あの機械人形の手によって壊されようとしている。そんなことは絶対にさせないと唇を強く噛みしめ、数々の経験で手に入れたデッキを片手にギルドから見える本と美術品の宝庫─図書博物館へと向かった。

「すみませーん。どなたかいらっしゃいますかー」
 ティミルが図書博物館の中へと入ると、昼間なのにも関わらず中は薄暗かった。それになんとなくではあるが、気持ち息苦しさも感じていた。体調が優れないのかなと思い、左程気にしないでいると受付から見て向かって右側─図書室の方から大きな音が聞こえた。まるで本棚が倒れたような音だった。きっと何かあったんだと思い、ティミルは音のする方へと走った。
「大丈夫ですかー?」
 思い切り扉を開け中を確認すると、さっきの音はどこで発生したのやら。本棚ひとつ倒れておらず図書館は静かそのものだった。
「あれ? おかしいな……確かに音が聞こえたのに……」
 首を傾げていると、背後から女性の声が聞こえた。それも幼い少女の声が。今度こそはと思い、音のした方へと走ると大きなネコ型のフードを被った女の子がいた。それも楽しそうに本を読みながら時々小さく笑っていた。
「君、どうしたの? 迷子??」
 ティミルが声をかけと、その少女はくるりと振り返り小さく笑った。なんともあどけない笑みにティミルはつられて小さく笑った。
「あらごきげんよう。あたしはメイ。人間が書いた本を読んでいるの」
「め……メイちゃん。ここは危ないわ。早くどこかに隠れないと」
「? 隠れる? なんで?」
 無垢な質問に一瞬、ティミルは言葉に詰まった。どう説明したらわかってくれるかなと必死に考えていると、メイは本を開いたままとてとてと歩き窓の外を見た。窓の外の様子に「おー」と無表情な声を漏らすとまたとてとてとティミルの傍まで歩いた。
「なんかすごいことになってるわねー。不謹慎だけど、ちょっとどきどきしてきちゃった」
 メイの口から発せられた言葉にどきりとしたティミルは、しばらく何もできないでいた。こんな少女からそんな言葉が出るなんてというのが一番大きかった。そんなティミルを知ってか知らずか、メイは読みかけの本のところへと戻り読書を楽しんでいた。
「あ、一つ言っておくわ。ここね、ロレーラが張った結界の中だから

。まぁ、もう少ししたらわかると思うわ」
 メイの言っている意味が理解できないティミルは、とりあえずメイに無理はしないでとだけ言い、図書館を後にした。

「あの人間の子、気が付いているのかしら……うふふ」
 くすくすと笑いながら本をめくるメイの背後に忍び寄る黒い影。やがて黒い影は機械人形へと実体化すると、メイに向かって甲高い音を発した。その音に気が付いていないのか、メイは本を読むのに夢中だった。鼻歌を歌いながら次のページをめくるのと同時に、その機械人形は何か巨大な生物に殴られたかのように思い切り吹っ飛んでいた。本棚を何個も貫通し、何個目かの本棚でようやく止まった機械人形はきしきしと駆動音を発しながら辺りを見回していた。
 そこへ、さっきまで本を読んでいたメイが現れた。さっきまでは幼い少女の笑顔で溢れていたものが一変、冷めきった視線へとなって機械人形へと注がれていた。
「もう……読書の邪魔しないでよね」
 冷徹な視線を注ぐメイの背後には、赤紫色をした巨大な竜がいた。ぐるると低く唸り機械人形を威嚇している。時折口から洩れる赤よりも紅い炎がちろちろと顔を出し、今にも機械人形を焼き尽くそうしてやろうという意思を感じる。
「今までは力を加減しなきゃいけなかったんだけど、ロレーラのおかげで思いっきり暴れることができるって、この子喜んでるわ」
 そういってメイは赤紫色の竜の頭を優しく撫でた。赤紫色の竜はもっと撫でて欲しそうに頭をメイに近づけるも、メイはそこまでとばかりに撫でる手を離した。
「さぁ、人間が作る物語っていうのをもっともっと読みたいし、体験したいから……暴れるわよ!!」
 メイは両手に意識を集中させ、力を蓄え始めた。渦巻きながら集まる力の塊を形成しながらメイはさっき話したあの女の子の顔を思い出した。
「あの子ともお話してみたいしね……そのためにはこうするしかないってこと。万物に宿りしマナよ……世界に仇なすモノを穿て」
 マナと呼ばれるエネルギーを凝縮し、拳大の球を機械兵士に投げつけると一瞬にして白い世界を作り出しながら破裂した。その白い世界の中では対象者は等しく無の粛清を受ける。無とはその言葉通り無であり、それ以上でもそれ以下でもない。ただ一言で表すのならば、

といえばわかりやすいだろうか。
 無の粛清を受けた機械人形は跡形もなく消え去り、代わりに粛清を受けたというのがわかる大穴がぽっかりと開いていた。そしてそこから侵入してくる機械人形に、メイと赤紫色の竜は口の端を持ち上げて笑った。
「普段、こんな力を発揮する機会なんて滅多にないんだから。今日は気にしないで暴れちゃいなさい!」
 こうして図書室は無が支配する戦場と化した。さきほどメイが言ったようにこの図書博物館は(自称)本のソムリエことロレーラが張った不思議な結界で守られている。さらには細部にまで張られているおかげで一つの境界線(扉などその部屋をつなぐもの)を超えない限りは全くもって影響がない。ただ、音だけが漏れてしまうのは仕方がなかった。それだけの魔力を有しているロレーラもこの図書博物館を、いやまだまだ自分の知りえない本と巡り合える可能性のある世界を守るために別の場所で戦っていた。右手に持った手帳から現状に相応しい魂の名を正確に呼ぶことでその魂を使役し戦う。
「わたしだって、こんなに本に溢れた世界を守るために戦うわ。ジャンル問わずわくわくする本に会える可能性があるこの世界を壊されてたまるもんですかっ!!」
 ペンを踊るように走らせながら追加効果のある魔法を発動させ、魂たちに付加させながらロレーラは吼えた。付加を受けた魂たちは巨大化しさらに機械人形たちを壊していく。
「楽しい本を紹介してくれてありがとうって言葉が、どんなに嬉しいか。読む機会をくれてありがとうって一言がどれだけ心にしみるか……だから、本のソムリエはやめられないのよっ!」
 まだ未知の本に出会うためでもあり、本を読んで笑顔になってくれる人のためロレーラは自分の中にある眠っている魔力を呼び起こしさらに魂を呼び出し機械人形と対峙していく。その姿はソムリエの姿からはかけ離れた戦場の指揮者(コンダクター)だった。
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