第四階層 第五階層

文字数 3,128文字

 四階層の扉を潜ると、槍の型を練習している少女がいた。燃えるような赤い髪、その間から生える黒い角、軽くてしなやかな鎧を身に着けていた。その少女はぼくに気が付いていないのか、ただひたすらに槍を操っていた。しばらく何の反応もなく、ぼくが声をかけようと思い一歩前に出たときの音に気が付いたその少女は、瞬間的に殺気を膨れ上げぼくを睨んだ。
「あんたは何者だい? あたいはヤンドーラってんだ。ここはそう簡単には通さないよ」
 これもきっとあの機械人形が見せている

のだろう。なぜこうまでしないといけないのかわからないけど、ぼくは静かにデッキを取り出し一枚選んだ。現れたのは季節外れの着物姿に、墨汁をたっぷり染み込ませた筆を持った少女─ファウルーナ。ファウルーナがヤンドーラと同じように筆を槍のように操ると、筆から墨汁が飛び散り辺りを黒く染めていく。ヤンドーラはそれを踊るように避けながらにやりと笑った。
「へぇ。面白いものもってるじゃん。でもね、あたいだってやるんだからね」
 そう言ったヤンドーラは懐から何やら取り出すと、それをぽーいと適当に放り投げた。割れずに置かれたのは無色透明の液体が入った瓶だった。なんでも彼女が独自で配合した滋養強壮のドリンクだとか……。飲んでみるかいと勧められたが、ぼくは丁重にお断りをした。
 続いてデッキから一枚選んだのは、手には溢れんばかりのお菓子が詰まった籠を持ち、魔女に仮装した物知り少女のメーティスととんすけだった。
「お菓子はもらっていくのです♪」
「ぶっひ♪」
 かぼちゃおばけのついた魔法の杖をくるくると回し、七色に輝く光線をヤンドーラ目掛け発射。被弾した瞬間、可愛らしい星やハートを模した花火が浮かび如何にも魔女っ子のような魔法だなと思った。
「っかーー!! 負けちまったかぁ……仕方ないねぇ。通りなぁ。あたいはひと眠りすっから」
 清々しい顔のまま目を閉じたヤンドーラは、その姿から何度も見てきたあの機械人形の姿へと変わっていった。何とも言えない気持ちが胸を支配するなか、ぼくは先に進むことしかできなかった。


 ここまではなんだか順調だな……。特に苦戦を強いることがないことに、ぼくは少し不安を感じていた。この先、もしかしたらもっと強力な仕掛けが出てくるのかなと思うと……。ぼくは頭を振り、ネガティブなイメージをどこかに吹き飛ばした。今は目の前にある困難に一つ一つ向き合うことが大事だと自分に言い聞かせ、ぼくは次の扉を潜った。
「ちょっとぉソエル!! あたしのお洋服引っ張らないでぇ!!」
「わう???」
 蜂蜜色の髪にエプロンドレスを身に着けた少女が、宝石でできた鱗の竜に袖をぐいぐいと引っ張られていた。その竜は遊んでくれているものだと思い、引っ張る力を段々と強くしてまるで「こっちで遊ぼうよ」と言っているようだった。それに対し、少女は目に涙を浮かべながら必死に訴えていた。
「ソエルぅ。やめてってばぁ。お洋服がちぎれちゃうぅ」
 その訴えはソエルと呼ばれた竜には届かず、お構いなしにぐいぐいと引っ張り続けていた。呆気に取られているぼくに少女が気が付き、助けを求めた。
「ちょっとそこのお兄さん。この子を離すの手伝ってぇ」
 ぼくは頷き、竜の口をこじ開けようと力を込めた。だけど、さすがは竜だけあってかびくともしなかった。さらにぼくは力を込めてみたけど、それでもやっぱり口は開かなかった。その間にも少女の洋服の耐久力は失われていく。ぼくは少女に一言謝ってから一旦、竜から離れてデッキを構えた。あまり強いものだと少女にも被害が出てしまうことも考えられるため、ぼくは最小限の力で攻撃ができそうな駒を選び展開した。
「一緒に踊りませんか」
 月桂樹のニンフ─ダフネを呼び出した。ダフネは横笛を即興で奏でると、竜はみるみる大人しくなり洋服から口を離した。そこへ少女が洋服を引っ張りようやく解放され安堵の息を漏らした。それから竜はダフネの心地よい音色が気に入ったのか、うとうととしそのまま目を閉じて眠ってしまった。
「はぁ……なんとか落ち着いてくれたわ。ありがとう」
 少女にお礼を言われ、ぼくは首を横に振り力になれてよかったと添えた。少女はあっと大きな声を出してぼくをじっと見て「自己紹介がまだだったわね」といい、一礼した。
「あたしはハピア。星宝竜の一族なの。それで、そこで寝ているのがソエル」
 ハピアと名乗った少女は気持ちよく寝息を立てて眠っているソエルの頭をそっと撫でた。星宝竜とは、ソエルを見ればわかる通り鱗の一部が宝石でできた竜の一族のことらしい。そのソエルを使役しているのがハピアという訳なのだが……最初に見たとき、逆に見えたのは気のせいだと思っておこうかな。
「この子、たまにあたしの言うことを聞いてくれないときがあって困ってるの。さっきみたいにお洋服を噛んできたりするし、この間なんかあたしの大事な髪飾りをかじっちゃったのよ」
 ハピアはソエルにされて困ったことをぼくに打ち明けてくれた。ぼくはどうしたらいいか考えていると、ソエルが目を覚ましぼくの頬をぺろぺろと舐めた。その顔はさっきと同じで遊んでほしそうな顔をしていた。
「あぁ! だめ! 放しなさいよ!」
「わう??」
 そういって無理やり引き離そうとするハピアに、またもや洋服の袖を噛もうとするソエル。ぼくはそれをすぐに阻止し、まずはソエルを宥めた。するとソエルは意外にもすぐ大人しくなり、ぼくの言うことをすぐに聞いてくれた。なんとなく理由がわかったところで、ぼくは簡単にソエルの扱い方をハピアに説明した。
「え? いつも否定をしていないかって? ……そうね。確かにだめって言ってるかも……」
 それに無理に引っ張ったり叩いたりはしていないかと尋ねると、ハピアの顔は段々と曇っていきながら小さくこくんと頷いた。
「……すごいのね。まるで見ていたかのように言うのね」
 ぼくはソエルの頭を撫でながら、ハピアに同じようにしてごらんと言うとハピアは恐る恐るソエルの頭に手を伸ばした。いつもならここでいつも噛みついてくるというが、今回は違った。ハピアが撫でようとすると、ソエルは頭を低くして大人しく待った。ゆっくりと手を左右に動かして頭を撫でるとソエルはハピアの手の温もりを感じながらじっとしていた。
「……うそ。こんな風に撫でたの……あまりなかったのに」
 それはきっと、ハピアがソエルに対して恐怖心があったからなのではないかと言った。いつも噛みついてくる、いつも言うことを聞いてくれないというのはソエルもきっとどこかで恐怖心を抱いていたからなのかもしれない。それに無理に引きはがそうとするのも、かえって逆効果となり更に言うことを聞かなくなる可能性が大きくなっているとも付け加えた。まずは、ハピアがソエルを信じることが大事じゃないかなと締めると、いつの間にかハピアの目には大粒の涙が溢れていた。そのことに気が付いたのか、ハピアはソエルに何度も「ごめんね……ごめんね……ソエル。あたしが……あたしが……」と謝っていた。ソエルもそえに応えるように大粒の涙が流れる頬を優しく舐めた。
 目を赤く腫らしたままぼくを見るハピアの表情は、さっきよりもすっきりしたように見えた。これできっとソエルと仲良くなれるんじゃないかな。ぼくは笑ってハピアの頭を撫でると嬉しそうに笑って手を振りながら光をまとった。そして、またあの機械人形へと変わった。
 

ということに釈然としないまま、ぼくは次の階層へと続く扉を潜った。あのときに見たハピアの笑顔は、きっと本人そのものに違いないとぼくは思っている。
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