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 その後も、ぼくとナギールはギルドからの依頼を次々にこなしていった。簡単なおつかいから暴れている魔物の退治したりと幅は広かったけど、ぼくたちの行動で誰かが笑顔になっているのがなんだか嬉しかった。何度かアズリエルの力を借りようとしたとき、一緒に出てきた骨三郎に依頼人はびっくりしていたけど、骨三郎は持ち前の明るさで害がないことを伝えてから活躍してくれた。依頼をこなした後は、依頼人やその子供までもが骨三郎をすっかり気に入り、また困ったことがあったら来てほしいとお願いまでされた。まんざらでもない様子の骨三郎は、照れ隠しなのか顔が火照ってしかたねーやと言いながら空を見上げていた。骨三郎に代わってぼくたちが挨拶をして、ギルドに戻ろうとしたとき、アズリエルがぼくの服の袖をくいくいと引っ張った。
「あの人たち、うれしそうだったね。あたしもなんだかうれしい」
 アズリエルも嬉しかったのか、ぼくを見る表情がいつもより明るかった。それにぼくもうんと頷き、また頑張ろうねと言うとアズリエルは笑いながらうんと頷いた。

 ギルドに到着し、今回の依頼が無事に終えたことを報告書にまとめ受付に提出し、不備がないことを認められると、報酬であるゴールドと青色の石をもらった。ナギールと一緒にそれらを受け取り自室へ戻ろうとしたとき、受付の人に呼び止められて振り返った。
「あの……お二人にご提案があるのですが……いかがでしょう」
 提案とは……? とナギールが首を傾げると、受付の人はくすくすと笑いながらそんなに難しいことではありませんと言いながら一枚の書面を出した。
「お二方はだいぶ戦い方に慣れてきている様子なので、腕試しということでこちらをご用意させていただきました」
 その書面には修練場についてという掲題で、きれいな文字でこう書かれていた。日替わりの腕試しに挑戦すると、戦力にきっと役立つ駒を差し上げますと。確かに、ぼくたちは最初にもらった駒からあまり増えていなくて、今後のことについて話し合っていたところだった。そんなタイミングで新しい戦力になる駒が手に入ると聞いて、ぼくとナギールは思わず声を漏らした。
「駒……貰えるんですか?」
「はい。ただし、その腕試しに成功すれば……のお話ですけど、お二人であれば難なくこなせるかもしれません。挑戦してみますか?」
 その言葉になんの迷いもなく返事をしたのはナギールだった。それも話の途中ですでに何度も頷いているのをぼくは見ていた。よほど新しい戦力が貰えるということが嬉しいのかが伝わってきた。
「かしこまりました。では、ご案内しますので少々お待ちください」
 と言い、受付の人が席を立ち代わりに別の人が受付席に腰を下ろすと、裏口からさっきの受付の人が現れこちらですと声をかけてくれた。受付の人の後をついて歩くこと数分、大きな取っ手のついた扉の前に到着。受付の人がそれをぐいと引っ張ると、重々しい音とともに開いた。声が反響するくらいの高い天井、視線の先にはコロシアムにあった鉄柵、壁は重量感漂う石壁に等間隔でろうそくが並び修練場の中を揺らめきながら照らしていた。
「では、こちらでお待ちください」
 ナギールに立ち位置を指定し終えると、受付の人は準備のために通用口へと入っていった。ナギールは板を取り出し、修練で使う駒を編成していた。納得のいく編成ができたのか、ナギールは大きく頷くと、板を抱えいつでも戦える体制に入った。その傍ら、ぼくはどんな対戦相手がくるのかとどきどきしていた。

 受付の人が準備をいなくなって数分後。突然、がたんという大きな音と共に目の前の鉄柵がゆっくりと上がる音に驚いていると、薄闇の中から一人の女性が現れた。あの人は確か……ぼくの板の中にいたような……。
「おっしゃ。修練はじめっぞ」
 身軽な装備、手には鋭利な刃物のついた輪っか、目つきはその刃物と同じように鋭くどこか野性味を感じる風貌だった。
「あんたが挑戦者か。あたいを楽しませてみな!」
 その女性はやる気を出すと刃物のついた輪っかに炎を纏わせながら投げつけてきた。その輪っかはナギールを目掛けて飛んでいったあと、女性の手元にきちんと戻ってきた。そして、また輪っかを投げる素振りを見せた女性と同時にナギールは駒を一枚展開した。
「ボクの氷の壁はそう簡単に壊れないぞ!」
 シルクハットを被ったペンギンが現れ、ナギールの前に氷の壁を作り出した。その氷はとても分厚く、ペンギンのいう通りそう簡単に壊れそうに見えなかった。
「ふふん。中々やるじゃん。でも、いつまで持ち耐えられるかな?」
 女性は俄然やる気になり、輪っかを延々と投げ続けていた。輪っかと氷の壁がぶつかる度にしゃりしゃりという音と共に氷の壁が削れられていき、あんなに分厚かった壁もどんどん薄くなっていった。
「ありゃ……これはもう守れないです……!!」
 ペンギンは氷の壁と共に霧散し、そこには削れた氷が解けた水だけが残っていた。ナギールは小さく舌打ち音を出しながら、次の駒を展開した。現れたのは深紅の鱗を持つ竜だった。あれ、あの竜はパートナーを選ぶときにいた……ような。ぼくは拳をぎゅっと握りながら天井近くまで飛翔した竜をじっと見つめた。
「おぉ……抑えきれんぞ!!」
 ぶるぶると体を震わせながら口を大きく開き、中から真っ赤に燃え盛る炎を修練場に叩きつけた。逃げ場のない女性は構えを解き、その炎を受け入れるような体制のまま直撃し、その後光の粒となった。一定量の炎を吐き終えた竜は口を閉ざし、炎を止めると修練場には持ち主しかいないことを確認すると、小さな駒へと変化し持ち主であるナギールの板へと戻っていった。
「ふぅ……危なかったぁ……こいつがいなかったら負けてたぜ……」
 間一髪危機を脱したナギールの額には、大量の汗が流れていた。それを拭っても拭っても次々と溢れてくる汗は、あの竜から発せられた熱だけではないというのがなんとなくわかった。たぶん、ぼくも今のナギールの立場だったらそうなっているかもしれない。
「お見事です。これにて修練は終了です。では、出口でお待ちしております」
 ぱちぱちと拍手をしながら戻ってきた受付の人は、ナギールの無事を見るや否や、すぐに修練場の出入り口まですたすたと歩いて行ってしまった。
「はぁ……いくら修練とはいえ、緊張感ってのが半端なかったたぜ」
 板をしまいながら、ぼくと出入口に向かう途中にナギールがぼやいた。あの女性、確かにやる気があって隙あらば死角から攻めてきそうな雰囲気もあったし……なんとも油断のできない感じがした。
「……初めておれと戦ったときにあいつを出したお前が言うか?」
 言われて初めて気が付いたぼくは、自分の板にあの女性と同じ目つきをした駒を手に取った。図鑑と照合すると名前は「祝融」とあり、通常の物理に加えあの炎による追加攻撃ありと書いてあった。比較的どんなデッキタイプにも編成しやすいとの追記もあって、これは今のぼくたちにはとてもありがたかった。特にナギールは嬉しかったのか、肩を震わせながら喜んでいた。そういえば、ぼくと戦ったときもああいう追加で攻撃を行う駒はあまりなかったことを思い出すと、その喜びはひとしおということなのかもしれない。
「ナギール様。今回の修練結果の報酬でございます。どうぞお受け取りください」
 受付の人が、さっき修練場で戦った駒─祝融とゴールドをナギールに手渡した。こうしてぼくとナギールの修練場のデビューを果たした。今後はいつでも開放しているので利用してくださいと一言添えると、小さく頭を下げて自分の持ち場へと戻っていった。受け取ったナギールはさっそく自分の板にそれを組み込もうとすると、編成数オーバーのため組み込むことができなかった。散々悩んだ挙句、さっき祝融に一撃を与えたあの真っ赤な竜を外す代わりに祝融を組み込むと、ナギールは嬉しそうに笑った。そこでぼくがなんであの強力な竜を外すのかを尋ねると、ナギールは低く唸りながら答えた。
「確かにあいつは強い。けどな……あいつを出すときの条件っていうのがあるんだ」
 条件……その言葉にぼくはちょっとだけ緊張が走った。いつでも出せる訳でないとわかると、その緊張はいつもに増してぼくの背中を駆け巡った。
「あいつを出すときは、ある程度の距離がないと出せないみたいなんだ。普通なら地上での距離だとは思うけど、今回の場合は地上じゃなくて……上だ」
 ああ……修練場の天井を利用して距離を稼いで発動させたってことなのかな? ぼくがそう指摘をすると、ナギールはうんと頷いた。そうか……いつも広い場所ばかりでの戦闘ではないからそういったことも加味して、この板に組み込まないといけないのか……そう思うとなんでも気軽に駒を詰め込めばいいというわけにはいかなくなってくる。ぼくは手当たり次第にこの板に詰め込んでいる状態に近いのに対し……ナギールは逆でその駒の持つ特性も把握していて機転も利いてた。まだそんなに日が経っていないというのに、ぼくはちょっとした劣等感を感じてしまった。もっと……もっとうまく板の編成をしないと……そう思うとぼくは自分の唇を強く噛み締めた。
「なぁんて顔してんだよ。そんな怖い顔しなくたっていいじゃねぇか。これとおれで一緒に考えようぜ」
 ナギールはぼくの頭にぽんと手をのせながら笑った。これと指したもの─図鑑を片手にナギールはぼくの手を引っ張りながら走り出した。急に引っ張られ思わず足元がよろけて転んでしまいそうだったけど、なんとか踏みとどまりナギールと同じ速度で走った。やがてギルドの外に出て、夕日がぼくとナギールを優しく包み込む時間に二人で板と図鑑を取り出しあれやこれやと話し始めた。
「まだ夜になってないし、気分転換にここで少し考えるのも悪くねぇだろ」
 ナギールは自分の持っている駒を柔らかい草の上に広げ、一枚一枚図鑑と照らし合わせながら一人で頷いていた。ぼくもそれに倣って持っている駒を広げて図鑑とにらめっこを始めた。きっとこんなことは一人では考えられなかったかも。たぶん、ナギールがいなかったらぼくは部屋の中でずっと悩んでいたのかもしれない。悩んで板に駒をはめこんで、うまくいかなくて……原因がわからないままそんなことが続くのかと思うと……ぼくは嫌だった。ぼくは一人じゃない。ナギールという戦友がいる。困ったときやうまくいかないとき、ぼくは真っ先にナギールに相談しようと決めた。
 やがて風が冷たくなるころには、手持ちの駒のことを把握し終えていた。それまでにお互いが思うこの駒の特徴を言い合ったり、お互いの編成を見比べてみたりと思い思いの時間を過ごすことができた。充実感に包まれながらぼくとナギールはギルドに戻り、それぞれの部屋へと戻っていった。明日はどんなことをしようかな……そんなことを思いながら、ぼくは床に就いた。
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