文字数 5,263文字

 瞼に刺さる鋭い刺激に、ぼくは何事かと思いゆっくりと目を開いた。どうやら窓から差し込む朝日がぼくの瞼をつついていたらしい。いたずらをする朝日もいるもんだと思い、ぼくはベッドから体を起こし大きく伸びをした。手早くベッドを整え、支給された衣服に袖を通してから身支度を済ませた。寝ぐせなどがないことを鏡で確認し、ぼくは部屋を出てある場所へと向かった。
 ここはオセロニアという世界にある冒険者ギルドの中。ぼくはそのギルドの新米隊員として、昨日ここへやってきた。ギルドへの入隊面接のとき、真ん中にいた面接官はぼくにこんな質問をしてきた。
「君が力を手に入れたとしたら、その力をどう使うか」
 シンプルでありながら、中々に奥が深い質問だったのを覚えている。ぼくは少し考えながら確かこう答えたと思う。

─自分が正しいと思ったことに対して使っていきたい

 と。何が正しくて何が正しくないかなんてまだわからない。けど、その選択を迫られたときは自分を信じてその力を使いたいと付け加えて話すと、面接官は小さく頷き、まっすぐにぼくを見つめて小さく「合格だ」と呟いた。すると、その両脇にいた面接官がすっくと立ちギルド内にある個室の鍵と衣服の入った袋を手渡してくれた。
「今日はゆっくり休んでくれ。明日は朝から集会があるから、遅刻せずに参加して欲しい。合格、おめでとう」
 真ん中にいた面接官はぼくに薄く笑いかけ、そのまま会場をあとにした。ぼくはまだ自分が合格したことを実感していなくて、初めて実感が湧いたのはギルド内にある個室に入ったときだった。念願のオセロニアギルドに入ることができたという思いが急に沸き上がり、ぼくは個室の中で大きくガッツポーズをした。どのくらいはしゃいだかはわからないけど、ぼくは睡魔に襲われてそのまま寝てしまったんだっけ。
 胸のどきどきが鳴り止まぬ中、ぼくは袋の中に入っていたメモを頼りに集会が行われる場所を探していた。部屋を出てこっちに出たからこっちかな……ぼくがくるりと方向転換をすると、ぼくのすぐ背後にいたであろう人とぶつかってしまった。
「きゃ! あ、ご、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてまして……」
 ぼくも急に振り返ったりしてすみませんと謝ると、その人は小さく頭を下げてギルド内に消えていった。周りをもっとみないと……ぼくは自分に言い聞かせながら、会場探しを再開した。

 メモに書かれている場所と今いる場所を何度も見比べ、ここで間違いがないことを確認したぼくは目の前にある木製の大きな扉を開いた。ぎぃという音と共に開いた扉の先には、ぼく以外のオセロニアギルド隊員がいた。時間には間に合っているのだけど、すでに集まっていることに驚いたぼくは急いで中に入り、中にいる教官に指定された場所で待つように言われた。立っていると、ぼくの隣にいるギルド隊員がぼくに話かけてきた。
「お、君も試験に合格したんだ。おめでと。おれも今日からここでお世話になるからよろしく」
 突然のことに驚いたけど、その人はぼくの緊張感を解くのがうまいのかあれやこれやと話しかけてぼくを笑わせてくる。ぼくの笑っている顔を見たその人は嬉しそうに頬を緩ませると、簡単な自己紹介をしてくれた。
「あ、おれはナギール。まぁ、ちょっとお調子者だけどよろしくな」
 差し出された手をぼくはそっと握ると、ナギールは力強く握り返してきた。ちょっとだけ痛かったけど……なんだかとっても嬉しかった。ぼくとナギールはすっかり仲良くなり、これから過ごす生活がとても充実したものになりそうだと感じることができた。
 そこへ、昨日の面接官を務めていた人物が壇上に上がり気を付けの姿勢のまま声を出した。
「諸君。よくぞこのオセロニアギルドの門を叩いてくれた。わたしはこのオセロニアギルドの長を務めているアメリアだ。よろしく頼む」
 アメリアと名乗った人物は、見た目は一般女性なのだが目を凝らしてみると、少し違う部分があった。まるで羊のような緩やかな丸みの角を頭から生やし、腰辺りから伸びる尾はまさにそれだった。昨日は面接に集中していたから気にしていなかったけど……ぼくはごくりと喉を鳴らし、ギルド長からの言葉に耳を傾けた。
「これから長く険しい道が続くことが予想されるが、それでも我々は皆が力を合わせ困難を打ち砕くことを信じている。では、皆の検討を祈る! 以上だ」
 ギルド長の挨拶が終わると、会場からは大きな拍手と歓声が鳴り響いた。それに応えるようにギルド長は軽く手を挙げながら壇上を下りるのと同時に別の人物が壇上に上がり声をあげた。
「さて、これからあなたたちにはこの世界で生き抜いていくために必要な”力”を授けます。名前を呼ばれたものから出口で物資を受け取り、指示に従ってください。では、呼びます」
 ギルド長に代わった人物が名前を呼んでいき、その呼ばれた人が出口で何かを受け取ると次の人が受け取りを繰り返していくのを見ていると、ぼくの名前が呼ばれすぐに出口へと向かった。
「お、お前が先か。んじゃ、またな」
 ナギールがちょっと寂しそうな顔になりながらぼくに手を振った。ぼくも小さく手を振りながら出口で大きな板のような物と籠に積まれた青く光る大きな石ころを受け取った。
「受け取ったら、このまままっすぐ進んでください。その先に担当がいますのでお尋ねください」
 受け取ったぼくは頷き、指示された通りに進んでいくとやや小柄な女性がこっちこっちとばかりに手を振り案内をしてくれた。
「ようこそいらっしゃいましたぁ! ここでは、あなたが希望する力を授けます! まずはあなたのパートナーを選んでください」
 小柄な女性は机の上にじゃらりと駒を並べた。縁が黄色いものや紫色のもの、赤いものと全部で三種類あって、黄色いものは攻撃を防いだり回復することが得意な神属性と呼ばれるもの、紫色のものは相手を邪魔したり攻撃を跳ね返したりすることが得意な魔属性というもの、赤いものは攻撃が得意な竜属性だと教えてくれた。その中から一つを選んでほしいという。ぼくは一つ一つ駒をめくって確認をしてもいいかと尋ねると、その女性は大きく頷いてくれた。では、さっそく……左から順番に見ていこうかな。
「私はザフキエル。あなたの盾となりましょう」
 最初にめくったのは、攻撃を防ぐことが得意な背中に大きな羽を生やした天使─ザフキエルだった。攻撃の完全無力化まではいかないがある程度は防いでくれると教えてくれた。その隣は元気いっぱいな女の子と豚の妖精が一緒に出てきた。
「博学多才! メーティスに知らないことはないのです! ね? とん助」
「ぶひっ!」
 えっへんとばかりに胸を張って自己紹介する少女─メーティスと豚の妖精─とん助はピンチになればなるほど強力な攻撃─ライフバーストが得意という。少女は物理攻撃があまり得意ではないが所謂魔法攻撃の類は得意なので、戦況によっては物理よりも魔法攻撃が必要な場合は大きな手助けになりそうだ。次の駒をめくると大樹に身を寄せた美しい女性が現れた。
「わたしはドライアド。わたしの喜びはあなたを支えること。よろしくね」
 ドライアドと名乗った女性は、真っ赤に熟れたリンゴを片手に挨拶をしてくれた。ドライアドは主に回復を得意とし、窮地に陥ったときには彼女の手助けで形成が逆転するかもしれない。そのときは彼女の力を貸してもらおう。ここで黄色い縁の駒が終わり、次からは紫色の縁をした駒が並んでいた。まず最初の駒をめくると少し甘い香りを漂わせながら現れた女性だった。
「ワタシはサキュバス。あなたも夢の世界へ連れて行ってあげる」
 サキュバスはどんな相手でも相手の力を削ぐことができる力を持っているとのこと。持続時間は短いにしても一時的に相手の力を落とすことができれば助かる見込みはある……そういう使い方もできるかなと考え、次の駒をめくった。すると右手に鎌を持った骸骨が現れカタカタと笑った。
「ひっひっひ。おぬしもこの呪われた力を欲しているのか……いいだろう。さぁ、受け取るがいい。わしはリッチ。わしに会ったら楽に死ねると思わぬことだ」
 リッチが得意としているものは、毒による攻撃だ。じわじわと相手の体力を削っていくという戦法が有効だそう。ぼくが悩んでいるいる間も、リッチはぼくをじっと見つめながらひっひっひと笑っていた。自分の勝利のためならこういったじわじわと攻めることも大事なのかもと思いつつ、最後の駒をめくった。すると、そこからは銀髪が美しい青年が現れた。
「俺を楽しませてみろ。できなれけば……」
 肌は透き通るように白く、瞳は真っ赤に燃えており口元からはぎらりと光る尖った歯が覗いていた。青年は小さくアルカードと名乗り、すぐ駒に戻っていってしまった。担当者に話を聞くと、彼は吸血鬼で昼間の活動時間が短いとのことだった。しかし、呼び出しにはきちんと応じるまじめな性格だと教えてくれた。アルカードの得意としているのは、瞬間的な火力を出すこと。それも、バトルが始まってすぐだと力を存分に発揮できるとのことなので、彼を仲間に加えることになる場合はぜひとも一番最初に入れてほしいと付け加えられた。
 最後に縁が赤色のものを。一番最初は子供のような竜が元気いっぱいに挨拶をした。
「オイラはランドタイラント! いつか、父ちゃんみたいな立派な竜になるのが夢なのだ!」
 ランドタイラントの特徴は、戦うではなく、味方を支援することだと教えてくれた。確かに、この竜の子供からは不思議な力を感じ、じわじわと力が漲ってくるようなそんな感覚だった。それに伴い、ピンチの時は火力で攻め切ることも可能になりそうな気がした。次にめくったのは刀を持った二足歩行の竜─牙刀だった。非常にシンプルな攻撃特化の駒なので、どの組み合わせにもぴったりとアドバイスをもらった。とても忠義心を感じる牙刀……彼がいればとても心強いかもしれない。
「我が剣、伊達ではないぞ。よく覚えておくことだ」
 消える間際にそう言い残した牙刀。よほど剣の腕に自信があるのかもしれない。最後の一枚をめくると真っ赤に燃える荒々しい竜が現れた。
「オレはファイヤドレイク。全てを燃やし尽くしてやる」
 口からごうと炎を吐きながらぼくを睨みつけている……。少し怖い気もしたけど、彼がいるのなら攻撃は任せてもいいのかもしれない。

「これでパートナーの説明は以上です。もし、ここで仲間にならなくても、後で仲間になる可能性はありますので、あまり悩まないでもいいですよ」
 説明を終えた担当者からこの中から一つと言われ、ぼくは悩みに悩んである駒へと手を伸ばした。それは……。

 「では、続いて先ほど受け取った青色の石をこの機械の中に入れてください」
 パートナーの駒を握りしめながら案内されたのは、レバーで動くタイプの巨大な機械だった。この機械の上部にさっきもらった青い石ころを入れてレバーを引くことで新たな仲間が手に入るとか。どういう原理かは全くわからないけど、とにかくぼくはもらった石を投入口へと入れてレバーを勢いよく引いた。
 がちゃんという音と共に機械が動き出し、歯車が高速で回転し排出口のコンベアを動かしていく。コンベアから金色や銀色の駒が流れてきて最後の一枚がひときわ眩しく輝いて出てきた。その一枚に目を奪われたぼくは、真っ先に手を伸ばし確認をした。
「はっはー! お前ら元気にしてたかぁ? こいつぁ、アズリエルってんだ。無口なやつだが仲良くしてやってくれ。そんで、俺様の名前は……」
「骨三郎……うるさい」
 まず飛び出してきたのはよく喋る頭蓋骨だった。それもかなり楽しそうに……。そして、その喋りを制したのは体格に不釣り合いなほどの大きな鎌を持った少女だった。黒いローブを着たその少女はてこてことぼくの前まで歩き上目遣いで見てきた。しばらくして小さく頭を下げて「……よろしくね」と言うと機械から出てきたあの眩い駒へと変化していった。
「おお! アズリエルを引き当てましたか! いやぁ、中々の強運者ですね。この子、結構人気なんですけど、中々出ないんですよー。今後ともその子を大事にしてあげてくださいね! あ、ほかの駒についてはこの図鑑に記載されていますので、よかったら参考にしてみてください」
 そう言って手渡されたのは、なめし革の表紙の図鑑だった。見た目に反し、ずっしりとした重さの図鑑にはさっき紹介された駒のほかにも、機械から出てきた駒の詳細も載っていた。手に入れた駒のほかにも担当者から即戦力になる駒をいくつか受け取り、さらにぼくが持っている板に駒を編成したもの─デッキを作ってみてくださいと言われた。作り終えたらまたここに戻ってくるように付け加えられると、ぼくは支給された一枚の板を見てどう使うのだろうと考えた。
 デッキ……聞きなれない言葉に戸惑いながらも、ぼくは担当者にお礼を言い自分の部屋でそのデッキというものを組んでみることにした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み