文字数 4,357文字

 翌朝。自然と目が覚め、ゆっくり体を起こし伸びをした。もう少し寝ることもできるけど……外の様子を窺うと寝るには勿体ない気がしたぼくは、そのまま体を起こし手早く着替えを済ませた。窓を開けると心地の良い風が部屋の中に入り込み、なんとも清々しかった。それに気分を良くしたぼくは最低限の荷物を持って、このギルド周辺を散策することにした。今日は特別これといった用事もないし、出かける前にギルド内に掲示物を確認してなにもなければそのまま散策に行けばいい。そうと決めたら、さっそく準備を済ませ忘れ物がないか確認をしてから自室を出て、最初に向かうのはギルド内にある冒険者への通達が掲示してある交流会場へと足を運んだ。
 ギルドへの扉を開けると、そこには朝早いというのにも関わらずたくさんの冒険者で賑わっていた。情報を交換している人や、掲示物を確認している人、天井を眺めている人と様々だった。ぼくはたくさんの人をかき分け、掲示物の確認をした。特にこれといったものはないことを確認し、ギルドと直結してある食堂へと向かい朝食を摂ることに。
「おはようさん。今日もいい天気だね。これからおでかけかい?」
 調理班のおばちゃんが嬉しそうに声をかけてくれた。ぼくは頷くと、そうかいと言いながら小さな包みをくれた。
「よかったらお昼に食べな。たまには外での食事もいいもんだよ!」
 包みから伝わる熱で、できたてだとわかったぼくは形が崩れないよう慎重に鞄の中へとしまいお礼を言った。そして、朝食を注文するとおばちゃんは元気な声で「あいよ」と言いながら調理を始めた。熱したフライパンの上に既に解きほぐした卵を入れると、じゅわっといい音が聞こえた。それを素早い手つきでかき混ぜていくとあっという間に一品目が完成。軽くフライパンを洗って今度は肉のうま味が詰まったソーセージを転がしながら焼いていた。その間にぶ厚く切ったパンを別のフライパンの上でこんがりきつね色になるまでじっくりと焼き始めた。小麦のいい香りがしてきたのを見計らって、おばちゃんは大きめのお皿の上にそれらを盛り付けて完成。
「熱いから気を付けて食べるんだよ。朝食は一日の活力だよ!」
 ふんわりとろとろの卵に焼き目がしっかりついたソーセージにはトマトソースとマスタードも別皿で添えられていた。かりかりとした音が聞こえそうなパンにはおばちゃん手作りのジャムやバターが添えられ、とっても豪華だった。食堂の裏で育てられている元気な牛から絞った新鮮な牛乳も加えて、席についた。色々な恵みに感謝をし、火傷をしないよう気を付けながら一品一品味わって食事をした。

 残った牛乳を飲み干し、きれいになった皿に一礼をしたぼくはおばちゃんにご馳走様と伝えると、きれいになった皿を見たおばちゃんはまた嬉しそうに笑いながら受け取った。
「うん。きれいに食べたね。作った甲斐があったってもんだ。後片付けは任せて、おでかけを楽しんできな! 気を付けてね」
 おばちゃんに見送られながら食堂を後にして、ぼくはギルドの外へと出た。暑くないし風は爽やかだし、おでかけには絶好の日和だった。あのまま二度寝をしなくてよかったと思いながら、ぼくは辺りを見渡した。どこも土色一色の大地にぽつんと見える、周りとは異なった色の建物が見えた。白くて大きくて……まるで美術館のような建物がぼくの足を動かした。きっと何か面白いことがありそうだと感じたぼくは、その建物を目指して出発した。心地よい風がぼくの髪の間を通り抜ると、ぼくの心は規則正しい音を奏でるように跳ねた。

 ギルドから美術館のような建物まで、だいたい歩いて三十分くらいと遠くも近くもない程よい距離だった。入り口付近に立って見ると、それはあまりにも大きく荘厳な佇まいだった。建物の最上階の四隅には大きな天使の彫像、窓にいたっては装飾が細かく施され、まるでこの建物自体が美術品のようにも感じた。入り口はどこかと探していると、それらしき扉を見つけ取っ手を握った。ここにも小さい天使の装飾があり、この建物を建てた人物はとても遊び心のある人なんだなと思った。扉を押して中へと入ると、すぐに受付があり、そこには眼鏡をかけた女性が事務作業をしていた。やがてぼくの存在に気が付くと、薄く笑いながらお辞儀をした。
「いらっしゃいませ。図書博物館へ」
 最初、美術館だと思っていたけど実際は違っていて、そこは図書博物館というものだった。聞きなれない建物名に首を傾げると、受付の女性は失礼しましたと言い、すっくと立ちあがった。
「図書博物館といいましても、一般的な図書館となんら変わりがありません。ご安心ください」
 それを聞いたぼくは安心し、緊張を解いた。それにしても……図書館にしてはあちこち装飾が豪華だったり美術品のようなものがあちこちに点在していることが気になったぼくは、受付の人に聞いてみた。
「私もここへ赴任してきたときは、お客様と同じことを思いました。装飾や額縁に飾られた絵画、ドアノブや窓など至る所にそうした施しがあることに驚いていたのを覚えています。それ故にここは図書館と芸術的な作品が多い博物館の中間……図書博物館と命名されたと聞いております。定期的に絵画などの交換なども行っておりますので、図書館のみの利用はもちろん、博物館のみの利用や両方のご利用は大歓迎でございますので、どうぞごゆっくりとお過ごしください」
 一通り説明を終えた女性は、続いて館内の案内をしてくれた。受付を正面に見て右側が図書館、左側が博物館となっているとのことで、ぼくはまず図書館が気になったので右側へと進み扉をゆっくりと開いた。
 まず驚いたのは圧倒的な本の量だった。それもきれいに整えられ、きちんと種類毎に分けられていた。歴史物や考古学、伝記などのエリアや子供向けの絵本や読み聞かせるための本のエリア、創作物や推理ものなどのエリアとそれぞれが少しずつ離れているせいか更にわかりやすく見えた。それに、図書館内はとても清潔で本を読むためのデスクや本棚はもちろん、細部まで塵一つ残っていない位に掃除が行き届いていた。図書館の内装や本の多さにも驚いたけど、こういう細かいところまでもが清潔とは……正直開いた口が塞がらなかった。
「あら。お客様かしら」
 不意にぼくの背後で声がし、振り返ると深い緑色の髪に紫色のヘッドドレス、ワイヤーとドレス部分が反対になったような少し変わった衣装を身に着けた女性が立っていた。その女性は深々とお辞儀をし、一歩前ぼくに歩み寄った。
「初めまして。わたしはここで司書を勤めてるロレーラと申します。以後、お見知りおきを」
 うふふと小さく笑ったロレーラは、ぼくについてこいとばかりにゆっくりとした足取りでどこかへ向かって歩き出した。ついていくとちょうど図書館の真ん中あたりに小さなデスクがあり、そこでロレーラが席に着き、改めて頭を下げた。
「ここでお困りの際は、遠慮なくわたしに言ってくださいね。本の場所から争いの仲裁までなんでも……ね」
 本の場所を教えてくれるのはとても有難いけど……争いの仲裁をお願いすることがないようにしたいなぁ……。ぼくが困った顔をしていると、ロレーラは冗談ですよと笑い小さな手帳に手を伸ばした。濃厚な赤色の表紙に金色の装飾がされたその手帳からは、なんだか不思議な力を感じたぼくは聞こうか聞くまいか迷ったけど……結局、聞かなかった。初対面で聞くのもなんだか失礼かと思ったし、もし聞くのであればもう少しここを利用してからでも遅くはない。
「せっかくここにきたのであれば、何か一つ読んでいっては如何かしら。本は心を豊かにしてくれますよ」
 何もせずに帰るのもなんだし、ぼくはロレーラの言葉通り何かを読んでみようと思ったのだけど……さすがにこんなにたくさん本があると何を読むかを探すだけで時間がかかってしまいそうだったので、ロレーラにおすすめの本を選んでもらうことにした。
「そうですね。入荷したばかりのこの本はどうでしょう。短編なのでさくさく読めておすすめですよ」
 手のひらサイズの本を紹介してくれたロレーラにお礼をし、その本を読むことにした。天気もいいし、窓際で読むことにしたぼくは早速ページをめくり本の世界へと旅立った。

 本の世界を旅してしばらく。あっという間に一つの旅を終えてしまった。ロレーラのいう通り一つ一つのお話自体はとても短くて、すぐに読み終わるものばかりで次へと読み進めているうちにまた読みたいと思ってしまう筆者の技にどっぷりとはまり、静かに本を閉じた。もう少し読んでいたいが、それが丁度いい具合で終わってしまうというのもまた計算されていてこの作者のファンになってしまいそうだった。
「うふふ。気に入ってみたいでよかったです」
 本を返しにロレーラのいるデスクに向かった時、ロレーラも紹介して良かったといわんばかりに薄く笑った。本を受け取ったロレーラは返却ボックスに置き、軽く伸びをしたあとにぼくを見て口を開いた。
「あなた。きっとこれから想像もつかないような冒険をすることになるかもね」
 その言葉にどきりとしたぼくは、理由を尋ねるとロレーラは単なる勘よとだけ言い深く話してくれなかった。ちょっとだけもやもやとしたけど、今はそれよりもこんな楽しい本を紹介してくれたロレーラにお礼をしたかった。
「あら。お礼なんていいのに。困ってる人がいたら助ける。そんなの当たり前よ。気持ちだけ受け取っておくわ」
 こう言われては何度もお願いをするのは失礼と思い、ぼくは鞄から食堂のおばちゃんがくれたお弁当箱を取り出し、蓋を開けた。中には大き目のパンにはみ出したお肉が美味しそうに挟まった料理が入っていた。それも食べやすいようにきれいに半分に切られているものだったから好都合。ぼくは半分を自分で持ち、残った半分をお弁当箱のままロレーラに手渡した。
「え……これは君のお昼ご飯でしょ? そんな……悪いわよ」
 ぼくは小さく首を横に振り、ぼくの気持ちですと伝えるとロレーラはお弁当箱を受け取った。中身を見たロレーラは少し驚いた様子だったけど、すぐに笑みを浮かべて喜んでくれた。
「ありがとう。今度会ったとき、わたしからも何かお礼をさせてね」
 こうして、ぼくは素敵な司書─ロレーラに感謝の意を伝えてから図書館を後にした。扉を静かに閉めて、受付担当の方にもお礼を言って図書博物館を出た。今度は図書館だけでなく、博物館側も見てみたいと思ったぼくは、お弁当にかぶりつきながら新しい発見ができたことが嬉しくなり、ギルドまでの帰り道は心がウキウキしていた。そして、またロレーラにおすすめの本を紹介してもらうため、ギルドのことも頑張れると思えた。
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