第二十階層

文字数 2,035文字

 エントマリーからの魔殴りという舞踏会が終わり、次の階層への扉へ手を伸ばすとそこは異様な空間だった。まず、部屋全体が暗いというのもあってか、なんとも不安を覚える印象だった。次にそこに佇んでいる人物と……生き物だった。人物は幼い顔つきの少女で褐色の肌、頭に何かの動物の骨を被っているという思わず小さな悲鳴が出てしまいそうだった。次に生き物は、真っ黒い鱗がびっしりとついた巨大な蛇が幼い顔つきの少女を守るように周囲をぐるりと巻き、赤い瞳でぼくを威嚇していた。
「サルパ。だめ」
 サルパと呼ばれた黒い蛇は少女の一声で大人しくなり、首を低くした。とてとてとたどたどしい足取りでぼくに近付き、くんくんと匂いを嗅ぎ始めた。
「……ふんふん。……ふんふん」
 身動ぎするのもはばかられ、ぼくはただじっとしていると少女はゆっくりと顔を上に上げながらこう言った。
「おまえ、よそもののにおいがする」
 確かにそう聞こえ、ぼくがどういう意味かを尋ねる前に少女はサルパという蛇が作る輪っかの中にすっぽりと埋まりながら杖を振りかざした。
「トゥナのじゅじゅつ、おもいしるがいい」
 自身をトゥナと呼ぶ少女の振りかざした杖から、紫色をした波動が表れぼく目掛け飛んできた。ぼくは咄嗟に両手で防いだけど、物理的被害よりも肉体的被害としてそれは表れた。足元からすっと元気を吸い取られたような感覚を覚え、一瞬ぼくの足元が揺らいだ。体に何かが乗っかているのではないかと思うくらいに体が重く、腕を動かすのもすごく億劫になるほどだった。
「どうだ。トゥナのじゅじゅつにひれふすがいい」
 舌足らずな言葉を発し、ぼくを見下している。だけど、まだここで倒れるわけにはいかない。その気持ちを腕に込め、デッキからようやく一枚を取り出して床に落とした。現れたのは砂漠の語り部シーラザードだった。煌びやかな装飾を纏い、舞う姿は女神と見間違えるほどに美しかった。シーラザードがぼくを見つけ、目が合うと柔らかい笑みを浮かべて「もう……大丈夫ですよ」と言いながらそっと手を重ねた。シーラザードの手の温もりがぼくの体に伝と足元にも力が入り、しゃんと立つことができた。
「さぁ、物語のような旅へ。共に参りましょう」
 シーラザードのお陰で立て直すことができ、ぼくはトゥナを睨み戦闘態勢に入った。そんなぼくを平然と見ているトゥナは指をくるくると回し、複数の影のようなものを作り出した。小さなものから大きいものまで様々だったけど、最初にもごもごと動き始めたのは小さな影だった。影はやがて異形の怪物の姿へと変わり、まるで拳で殴りつけてくるような体勢でぼくへと襲い掛かった。避けることができず、正面から拳を受けぼくは大きく後ろに仰け反った。直後、トゥナから受けたあの感覚が足元に表れた。また何かに吸われた感覚に襲われ、今度は膝をついてしまった。さっきよりも体に重くのしかかる圧力が、ぼくの行動を制限していく。
 さっきよりも動かない腕をなんとか動かし、次の駒を落とした。今度は大量のカルテを抱えた女医─サルースが現れた。サルースはあたりを見渡し小さく嘆いた。
「皮肉ね……医者が闘うなんて……」
 少し高めのヒールをこつこつと鳴らしながらぼくに近付き、様子を見ているとカルテにさらさらと書き足した。書き足したカルテが光り、そこから小さな小瓶に入った薬が現れサルースはそれをぼくに手渡した。
「はい。あなた専用に処方した薬よ。必ず飲むこと。いいわね」
 少しきつめの物言いだけど、患者であるぼくを思ってくれているのはすぐにわかった。ぼくはゆっくりとした動きだけど小瓶を開けて中の液体を一気に飲み干すと、急に目が覚めたような感覚になった。それに加えてシーラザードの踊りがまたぼくを元気付けてくれて、さっきよりも心なしか体調は優れているようにも思えた。倒れては起き上がる様子に驚いたトゥナは唇をぎゅっと噛みしめながらサルパと言葉を交わした。
「サルパ。あいつ、つよい」
 それでもトゥナも負けないといいながら、今度は大きな影がゆっくりと動きまたもごもごと動き出した。時折、影の中から小虫が出てきていてそれに続くように次々と虫が現れしまいには大量の虫が集まり一つの形を成した。その姿にぼくは驚愕し言葉が出なかった。七罪の暴食を司る悪魔─ベルゼブブ。鋭い爪をぎらつかせながら獲物であるぼくを見ると不敵に笑い、虫たちに命令をした。
「苦しみに悶えるがいい」
 大量の虫がぼくに向かって飛んできて、それは黒い霧のようにも見えた。びっしりとぼくを囲うように飛んでる虫を払っても払ってもきりがなく、代わりに段々と酸素も薄くなっていった。さらにベルゼブブの攻撃は止むことなくトゥナと同じように紫色の影を作り出しぼくへと投げつけてきた。それも二つも。呼吸が満足にできない苦しみと、体にのしかかる圧力に耐えられなくなったぼくの視界は虫たちが作った黒い霧のようになり、意識はそこでぷつんと途絶えてしまった。
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