第二階層 第三階層

文字数 2,511文字

 階段で第二階層までたどり着いたのはいいけど……それでもさっきのことは一体なんだったのか。ぼくはまだ理解が追い付いていなかった。なんで機械人形がメーティスそっくりに成り替わったんだろう……いや、そもそもこの白い塔はどういう原理で動いているのか……ぼくの頭の中は色々な問題ごとが大きな声を上げて暴れていた。それでも、早くなんとかしてこの塔を上って騒ぎを収めないと……ぼくは頭を振り、第二階層の扉に手を当てた。

 向かい合ったのはこれまたパートナーを選ぶときにいた、魔属性のパートナーだった。艶のある黒髪から生える小さな角、相手を惑わしたくて仕方のない蠱惑的な瞳、手の代わりにこちらに誘ってくる細い尾……確か、サキュバスって言ってたっけ。その蠱惑的な瞳に魅入られたら最後、いつもの実力が発揮できないくらいの脱力感を受けてしまう。仲間として相手の力を削いでくれるのはとても頼もしいが、敵としてこちらの戦力を削いでくるとなると中々に手強い相手になりそうだ……。ぼくはデッキをぎゅっと抱きしめながら、サキュバスを睨みつけた。
「うふふっ。そんな怖い顔しないでもいいのよ。さ、こっちへいらっしゃい。夢の続き、見せてあげる」
 甘い香りが辺りに漂い始めた。ぼくはそんな甘ったるい夢を望んでなんかいない。ぼくは……苦しくてもみんなと歩む現実がいいんだ! ぼくは一枚、サキュバスに向けた。これがぼくの答えだ!
「礫(つぶて)よ……甘い幻想よ……弾けなさい!!」
 岩石の女神─ペトラが巨大な礫を召喚し、手を叩くと巨大な礫はまるで意思があるかのように眼前のサキュバスに向かって勢いよく弾け飛んだ。目の前で地震が起きたのかと思うくらいの揺れが収まると、さっきまでこっちを誘っていた蠱惑的な瞳からは余裕は消え失せ、今は満足そうに微笑みながら気絶していた。しばらくしてサキュバスの姿から無機質な機械人形の姿に変わると、機械人形の背後にあった壁から音もなく扉が現れた。ぼくは床に転がって動かなくなっている機械人形を避け、扉をくぐった。

 次の階層で待っていたのも、パートナーを選ぶときにいたナギールのパートナー─ファイアドレイクだった。吹き荒れる炎のように荒々しい竜の姿でぼくの前に現れると、ファイアドレイクはいきなり口から大きな火球を放ってきた。とっさのことに反応が遅れ、ぼくは手で防御態勢をとると、氷と氷がぶつかるような音が聞こえた。恐る恐る目を開けると、火球はぼくに届くことなく、消えていた。代わりに純白の羽がふわりと舞い、冷たい視線を送りながらモノクルを磨いている天使─ガブリエルがいた。
「ちょっと。気が緩んでいませんか? 私が出ていなかったら、あなたはきっと黒焦げになっていたのですよ? もう少ししっかりしてください」
 ガブリエルに叱られ、ぼくは謝るのと同時に助けてくれたことにお礼を言うとガブリエルの顔は一気に赤く染まり、ぷいと顔を反らした。
「ま……まぁいいでしょう。あなたのその気持ちに免じて? ここは私が出ましょう」
 そう言うとガブリエルは指をパチンと鳴らした。するとガブリエルの周りを守るかのように氷塊が現れた。それは二つだったものが四つ、六つと段々と増えていった。ガブリエルは氷でできた槍を構えファイアドレイクに突撃した。
「甘い!」
 ファイアドレイクは一歩下がり、またあの火球を放とうとしていた。ガブリエルはそれを想定していたのか、ファイアドレイクの前に氷塊を当てそれを防いだ。
「この氷塊が簡単に破れると思っているのですか?」
 氷塊が一つ砕けでも、そこからさらに増える氷塊を操りガブリエルは氷塊よりも冷たい視線をファイアドレイクに注いだ。
「悔い改める最後の機会を与えましょう」
 氷でできた槍をファイアドレイクの目の前に突き出し、弁明の機会を与えたガブリエル。しかし、ファイアドレイクはそれに屈することなく、また火球を作り出そうと口を開けた。
「……これ以上は時間の無駄のようですわね」
 ガブリエルは諦めたように溜息を吐くと、ぼくの方をちらりと見た。きっとそれはガブリエルからの合図だと思ったぼくは、それに見合う駒を一枚選んだ。部屋中に溢れんばかりの氷塊、ガブリエルからの合図となれば……きっとこの子が適任だろう。現れたのは薄紫色の髪をなびかせながら楽しそうに歌う少女─ファナリア。ファナリアはファイアドレイクに深く頭を下げると、小さく咳払いをした後、歌いだした。その歌は心が弾むような軽快なメロディで、ぼくもなんだか楽しくなってきた。ファナリアの表情もぴかぴかに輝いていて、心から歌を楽しんでいるということが見てわかった。そしてその軽快なメロディは可視化し、七色に輝く五線譜はフロアを埋め尽くしていった。それでも書き足りない五線譜は次々と上書きされていき、新しいメロディを書き連ねていった。
「……頃合いでしょう」
 ファナリアの紡いだ七色の五線譜が宙を漂う氷塊と共鳴し、ガブリエルの力を増幅させていた。やがてファナリアの歌の力が馴染んだのか、ガブリエルは氷の槍を構え、ファイアドレイクに突っ込んでいった。氷の槍が深々とファイアドレイクに突き刺さると、そこから氷が侵食し文字通り氷漬けとなり動かなくなった。ファイアドレイクは氷漬けになる前に何か言葉を発していたのだけど、それはもう淀みのない恐ろしいほどに澄んだ氷の中へと吸い込まれていった。
「ふぅ……終わりましたね。戻ったらウリエルが勧めてくれた本でも読みましょうか」
 モノクルを位置を調整しながらガブリエルはふうと一息吐いた。そして例によって扉が開くと、ガブリエルは満足そうに頷きながらぼくを見た。
「さ、これで安全に次の階層へと進めますわ。足元に気を付けてお行きなさい」
 そう言い、ガブリエルは光を纏いながら駒の姿へと戻りデッキの中へと戻っていった。静まり返ったフロアには氷像になったファイアドレイクだけが残り、不気味な静けさを感じていた。少しやりすぎなのかなと思ったけど、それはぼくの不注意で彼女を怒らせてしまったからだと反省し、次の階層からはしっかり確認をしてから入るよう気持ちを切り替えた。
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