第三十階層

文字数 3,687文字

 だいぶ登ってきたとは思うのだけど、まだてっぺんがどこだかがわからない。登っては扉を開けての繰り返しだけど、きっとてっぺんに到着できると信じて次の扉を開けた。そこには金色の玉座に深々と腰を掛けた女王様(?)のような女性がいた。イチゴ色の髪、いじわるに吊り上がった目は、どこか自信に満ちているようにも見えた。右手にはこれまた金色の大きな杖を持ち、独時の威厳を放っていた。
「ふふん。来たのね。罪人が」
 罪人という言葉に、ぼくはぴくりと眉を動かした。ぼくにそんな覚えはないと睨むと、女性は急に立ち上がり杖で床を突いた。
「誰が口を開いていいって言ったかしら? いいご身分ね。それならば……」
 今度は素早く杖で床を突くと、女性の周りには薄い桃色の膜が現れた。その膜に包まれながら女性は高笑いをしながらぼくを見た。それはまるで「やれるものならやってみろ」とばかりに。
「……せめて、わたしの名前だけでも教えておこうかしら。わたしはカルディア。わたしが言うことは絶対よ。それと、退屈させたら許さないから」
 絶対的な自身を誇示したカルディアは、また玉座に腰を下ろしぼくの様子を伺っていた。なにかを企んでいるようにも見える態度も気になるけど、一番はカルディアの周りにある桃色の膜……どこかで見たような気がするけど……どこだろう。必死に記憶を手繰っていると、カルディアは杖を振りかざし叫んだ。
「行け! 衛兵!!」
 その声に応じて現れた無数の機械人形。そして、その機械人形は例外なく、順番に人型を形成してぼくを

してくれた。最初に現れたのは竜に乗った少女─レクシア。その勇ましさはまるで戦乙女であり、聖女でもあった。そのレクシアが小さな光をぼくに向けて放ってきた。
「わたしなりの全力で!」
 一つの被害は大きくないものの、それが数を増してくると話は別だった。次々と襲い来る光を凌ぎ、ぼくは駒を選び投げた。
「聖なる裁きを与えましょう」
 清楚な雰囲気とは裏腹に、鋭い剣を振りかざし切りかかった天使イオフィエル。魔力を帯びた彼女の剣はレクシアに迷いのない一撃を与えた……はずだった。

 キィン

 イオフィエルの一撃は、何か壁のようなものに遮断されてしまった。それも大幅に。まさかの事態に焦るイオフィエルは何度も切りかかるが、結果は同じだった。最終的にはイオフィエルの魔力が底をつき、立つこともままならなくなってしまった。
「む……無念です」
 そこへイクシラの竜が一撃を放つと、イオフィエルは白い光に包まれながら駒へ戻っていった。まさか……あの桃色の膜は魔力遮断の効果があるのだと判断した。ぼくの今のデッキは魔法をメインで戦う駒ばかりだからこれは不利かもしれないと顔に出ると、カルディアはまた高々と笑い始めた。
「おーっほっほっほ。わたしに屈しなさい。そうすれば……さっきの非礼は許してあげてもいいわよ」
 カルディアの言葉を顔で否定し、ぼくは次の駒を選んだ。現れてすぐ、ぼくの前に薄い光の盾を張り守ってくれた。彼女の名前はマーテル。持続効果は短いけど、ある程度の攻撃を防いでくれる頼もしい存在だった。
「わたしが守ってみせます!」
 そんなマーテルを鼻で笑うカルディアは、また新たに衛兵をこちらに寄越した。今度は森の守護樹─フィーニアが現れ、慈しみの気持ちを蓄え始めた。攻撃をしてこないことに疑問を抱きつつ、今度はぼくが一枚選び展開した。効きにくいかもしれないとわかっていても、ここは攻撃をしなければ先に進めない。そう思って展開させたのは巨大な鉄球を持った天使のような笑み浮かべた少女─クラフィール。にたりと笑いながらぶんぶんと振り回しカルディアにまっすぐ鉄球を振り下ろすと、魔力を遮断する音が辺りに響いた。
「ちっくしょう。あんた……やるじゃねぇか」
「あんたのような小娘にこの壁を破れるわけないでしょ? 恥を知りなさい!」
 カルディアが杖を振るうと、さっきまで勝気だったクラフィールを一瞬で吹き飛ばしてしまった。クラフィールは短い悲鳴とともに壁にぶつかり肩を震わせながら泣いていた。
「もう……いやだよぉ……」
 表情が少女のそれに変わったとき、クラフィールはイオフィエル同様に光に包まれながら駒に戻っていった。ここまで魔法攻撃が通用しないなんて……ぼくはさすがに焦りを感じていた。そんなぼくを見てまた満足そうに笑いながら、こつこつと歩いてくるカルディア。今度はなんだと思いながら身構える。
「もう抵抗なんてしないで。屈しなさい。このわたしには勝てないってわかってるのでしょ?」
 わかってる……わかってるけど。ぼくはここで諦めたくないんだという気持ちでカルディアを睨むと、カルディアはさっきまでの柔らかい口調が一変し怒気を含んだ。
「わかったわ。なら……その首をはねてあげるわ!!!」
 ぶわりと膨らんだ魔力の渦がぼくを包むと、途端に息苦しくなりその場で四つん這いになってぜえぜえと音を立てながら呼吸を繰り返していた。気道が狭くなっているような感覚が徐々に表れ、ぼくは必死に藻掻いて酸素を取り込もうと口を開いた。段々と手足が痺れてきて感覚がなくなってきたとき、ぼくの目の前に何か人間ではない生き物が現れた。その生き物は「ぶひひん」と鼻を鳴らし、何かを待っているようだった。
「あなた。こんなところで立ち止まってる場合ではなくて?」
 カルディアと口調は似てるけど、どこか柔らかさのある口調にぼくは首だけ動かした。そこには二頭の馬が引く豪華な馬車で腕を組みながら立っている女王─ヴィクトリアだった。あれ、ぼく……ヴィクトリア編成していたっけ……。
「……生意気ね。あんたも首をはねてあげるわ」
「おーーっほっほっほ。わたくしに余裕ぶってられるのも今のうちですわよ」
 少しだけ気道が広がったような気がして、その様子を見ているとヴィクトリアは馬車を迷わずカルディアにめがけて走らせた。二頭の馬の両脇には鋭い槍のようなものがあり、走らせた勢いで突っ込んでいくという戦法なのだろうとわかった。
「わたくしのグアトリガは無敵ですのよ!!!」
 桃色の膜と衝突すると、ガギィンという音が辺りに響いた。それでもお構いなしに馬車を走らせるヴィクトリアの表情は余裕だった。反対に、カルディアはさっきまでの余裕の表情は消え去り焦っていた。それは、さっきクラフィールが放った巨大な鉄球が桃色の膜に小さなヒビを入れていたのだ。そこからヴィクトリアの強烈な突撃が加わりヒビが広がり魔力を遮断する力が弱まり、カルディアに持続的な魔法攻撃をしている状態になっていた。必死に耐えているカルディア、尚も攻め続けるヴィクトリア。次第にぎりぎりと歯ぎしりをしながら耐えているカルディアの額には大粒の汗をだらだらと流していた。
「ふ……ふざけた真似を……このわたしが負けるわけ……ないんだから……」
「おーーっほっほっほ。勝利に向かって爆進ですわっ!!!!」
 ヴィクトリアの合図を受けた二頭の馬は、鼻を鳴らしながら前進を続けた。結果、グアトリガと呼ばれた槍はヒビを大きくし、桃色の膜は薄いガラスを割ったような音を発した。膜がなくなったカルディアにヴィクトリアの猛攻が直撃し、吹っ飛んだ。その瞬間、息苦しさが解消されぼくはゆっくりと立ち上がることができた。
「ずるをしたに決まってるわ。こんなの……絶対に……絶対に認めない……から……」
 カルディアはそう言い残し、また例のごとく魔法人形に代わった。辺りの危機がなくなったのを確認したヴィクトリアはまた高笑いをし、勝利を喜んでいた。あ、そうだ。ぼくは編成したデッキを見てみた。だけど、今持っているデッキにヴィクトリアは編成はしていなかった。ぼくはなんで編成していないのにヴィクトリアが出てきたのかを聞いてみた。すると、ヴィクトリアはまっすぐぼくを見ながら答えた。
「そんなの決まっていてよ。女王はわたくし一人で十分というのが理由でしてよ!」
 出てきた理由はわかったけど、駒を展開していないのにザフキエルが身を挺して守ってくれたことといい、今回のことといい。不思議なことが起きていることに頭を捻っていると、ヴィクトリアは一段と高く笑い口を開いた。
「あなたを守りたいという気持ちがあればこそなせるのですわ! おーっほっほっほ」
 そう笑っていると、ヴィクトリアはぴたりと笑いを止め代わりに顔を真っ赤に染め始めた。そしてぼくに向かって両手をぶんぶん振って今度は否定してきた。
「あ、で、でも。あなたを守りたいというのは本当ですけど……あれは……そのたまたま……」
 それでも助かったのには変わりない。ぼくは駒たちに助けられてるんだと思い、今回の助っ人であるヴィクトリアに深く頭を下げた。
「ま、まぁ? 今回はわたくしのおかげですし? もっと感謝してくださってもいいのですよ?」
 まんざらでもない様子にぼくは小さく笑うと、ヴィクトリアは照れ隠しに高笑いをしながら駒に戻っていった。手のひらに収まったヴィクトリアはまだどこか嬉しそうな表情をしているように見えた。
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