文字数 2,316文字

 光が導くまま進んでいると、あんなに暗くて怖かった森をあっという間に抜けることができた。あのときに出会った妖艶な女性と鉢合わせすることもなく、森を抜けることに成功した。やがて小さなカンテラが灯る舟を見つけ、わたしは舟守の名前─カロンを呼びながら駆け寄った。
「お! その様子は成功したようだね。おめでとう」
 カロンは拍手をして、わたしが試練に成功したことを祝ってくれた。結構怖かったけど、うまくいったことを伝えるとうんうんと頷きながら話を聞いてくれた。それと、森の中で出会ったあの女性に遭遇したことや、ハデスの居城内であった出来事などをカロンが漕ぐ舟の上で話をした。ちょうど話終えたのと同時に対岸へと着くと、カロンが先に舟を降りてからわたしに手を差し伸べてくれた。
「足元に気を付けてね」
 ゆらり揺れた舟に足元をとられそうなのをなんとか堪え、無事に戻ることができた。あとはこのまま光の進むほうへと向かえばわたしがいた世界へと戻ることができるはず。カロンにお礼を言いながら頭を下げると、カロンは恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「そんな。大した事してないよ。あ、ちょっと気になったことがあるんだけど、聞いてもいいかい?」
 カロンはなぜ、こんな冥い場所へときたのかと尋ねた。わたしは話そうか少し迷ったけどここまで協力してもらっておいて話さないのはなんか違うと思い、わたしの世界で起きたことを正直に話した。すると、カロンは「なんだって」と声を張り上げながら驚いた。あの建物って何か秘密のがあるのかなと疑問に思っていると、カロンは今度はわたしに向かって大きく頷いた。
「この件、ハデス様にも報告をあげておくね。これはきっと大事になりそうな予感がするから」
 そ……そうなんだ。だったら、わたしが戻って直接話したほうがいいんじゃないかと提案をすると、カロンは首を横に振りそれを拒否した。
「本当はそうしてもらえるとありがたいんだけど、どうもそうはさせてくれないみたいなんだ」
 そう言いながら、カロンは視線をさっき渡ってきた川へと移した。わたしもその視線の指す方を見ると、川から大量の手が蠢いていた。もう一回川を渡ろうとすれば舟が転覆し、亡者の世界へと引き込まれてしまうとカロンが声を震わせていた。行きと帰りではそんなに多くなかったのに今は川を埋め尽くそうとばかりに半透明の手が空を切っていた。
「さすがに無事に送り届ける自信がないよ。ごめんね。だけど、この件は責任を持って報告をするから安心してね。あと……さっき渡した

は役に立ったかい?」
 カロンに

と言われて、わたしは最初何のことだかがわからなかった。よーく思い出してみると、確か困ったときにしか出しちゃだめだって言われてて、それはまだポケットの中にあるはずだ。わたしはポケットをごそごそとしていると、ついさっきまで同じようなものを触った感覚を思い出した。手を開くとそこにはカロンの顔が描かれた駒があった。
「そ。ぼくの力を分けたものだよ。必要とあればいつでも呼んでね。君を仇なす者に冥界なりのお仕置きってやつを教えてあげるからさ」
 へへへとまるで悪戯少年のように笑うカロンを見ると、わたしの気持ちはふっと軽くなり怖がっていた自分がどこかへいってしまいそうな気持ちにさせてくれた。そんなカロンに応援されたから頑張れたのかな。わたしはカロンの駒をぎゅっと握り、何度も頭を下げた。

 見ず知らずのわたしを応援してくれてありがとう。
 力になってくれてありがとう。
 あなたと出会えてよかった。
 あなたの力、大事にするね。

 ちょっとだけ泣きそうになったけど、それをぐっと堪えカロンに背を向ける。だめだ。振り向きたい。でも、振り向いてカロンを見ちゃうときっと名残惜しくなっちゃう。でも、最後にカロンの笑顔を……気持ちが行ったり来たりしていると、わたしの心は大洪水になり目から涙が止めどなく溢れてきた。涙が溢れてからは声が出るのは時間の問題だった。押し殺すことができずにわんわんと泣きじゃくるわたしを後ろからそっと頭を撫でてくれる暖かい手があった。
「そんなに泣くことないじゃないか。これは終わりじゃないから。あ、でも、もし君が冥界に迷い込んだらぼくが案内してあげるから安心して」
 悪戯っぽく冗談を言うカロンの言葉が嬉しくて、わたしはくぐもった声でうんと頷いた。するとカロンはわたしの頭をぽんぽんとすると何処かへと歩いていく音が聞こえた。そして、その音は段々と遠くなっていって、そして最後には川を切る音へと変わっていった。
 完全にカロンの気配がなくなり、わたしは誰もいない河原でひとしきり泣いた。泣いて泣いて大洪水ができないくらいに水を出し切っちゃばいいんだから……。そう思い、わたしは気が済むまで泣き続けた。袖はびちゃびちゃになるまで泣き続けたわたしは、声をしゃくりあげながら自分の頬をばちんと叩いて気持ちを入れ替えた。もう、大丈夫。帰ろう、わたしの世界へ。すっかり気持ちを入れ替えることができたわたしは、オルプネーさんが作ってくれた光を辿り元の世界へと一歩ずつ進んだ。
 辿っていくうちになんとなく見覚えのある所にたどり着くと、そこには光輝く扉があった。わたしが扉に手をかけると、オルプネーさんが作ってくれた光は扉に吸い込まれて消えていき、代わりに扉からかちりという音が聞こえた。すると扉はゆっくりと開き、溢れ出る光とともに無音の騒音を立てながらわたしを包み込んだ。あまりの眩しさに目を開けることが出来ずにいると、光はわたしの意識を吸い込んでいった。薄れていく意識の中、わたしの脳裏にはカロンの笑顔がずっと浮かんでいた。
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