踊り場 2

文字数 2,496文字

 気が付くと、ぼくは踊り場で突っ伏していた。くらくらする頭を振り、さっき見た光景を思い出した。神属性からはゼウス、魔属性からはハデス。そして竜属性からはバハムートがそれぞれ力を使い、フェリヤを封じ込めたということ。そして、その封じ込めた場所がここ─白の塔がある場所だということだ。そして各属性が司る衝動を守護者として具現化し、不用意に開放されないようにした。
 でも……。ぼくはここで一つの疑問が浮かんだ。三属性がそれぞれ司っている衝動があったのにも関わらず、フェリヤは暴走してしまったのか……。ぼくが頭を悩ませているとと不意に背後から気配を感じた。すぐに振り返って確認をすると、そこには目を閉じた人物が静かに立っていた。いつの間にという気持ちもあったけど、その人物はぼくに敵意を見せるわけでもなく、ただじっとぼくを見ていた。

─ほう。あなたですか。この塔を登っているという人物とは。

 直接頭に響く声に驚くぼくを、その人物は表情一つ変えずに「安心したまえ」と静かに発した。そしてその人物はまたぼくの頭に囁いた。

─わたしは心核の守護者。フェリヤの心を守る者と言えばわかりやすいかな。

 ぼくが最後に見た守護者とは雰囲気は違うけど、目元辺りは似ていたためそうだと思うことができた。そして心核の守護者は静かに続けた。

─先ほどのあなたの疑問にお答えしましょう。なぜ、フェリヤは三種の衝動を持っていても暴走してしまったか。それは、心が不十分だったからです。

 不十分? どういうことかと守護者に尋ねると、守護者はまた表情を変えずに説明してくれた。

─不十分というのはわかりにくかったですね。そうですね……『満たされていない』といえばわかりやすいですか。

 満たされていない……。さっきよりはわかりやすい表現だけど、満たされていないというのはどういうことなのだろうかと、ぼくは食い気味に尋ねた。すると守護者は初めて、口の端を少し持ち上げて笑った……ような気がした。

─あの子は……生まれたばかりでまだ何も知らないのです。生まれたばかりで知らないが故にどうしていいのかがわからないということなのです。そこで、あなたにお願いがあるのです。

 守護者は少し表情を崩しながら発してきた。そしてその表情のまま、ぼくにお願いをするということは……よっぽど深刻なことなのだろうと思い、ぼくは小さく頷いた。

─どうかあの子を……あの子に色々な世界を見せてあげて欲しいのです。あの子はまだまだ知らないことだらけで、抑制がきかない状態です。楽しいこと、悲しいこと、辛いこと、皆さんがいるということを、あなたの手で教えてあげて欲しいのです。そして、あの子に心から笑える時間を与えてほしいのです。突然現れてお願いをするなんて図々しいと思われたなら謝ります。ですが、今、塔から現れている機械人形はフェリヤの暴走によって起こされているのです。あの子がまた心を取り戻せば……この世界は再び平和が訪れます。

 声の波は一定なのだけど、どこか悲しさや必死さを感じるその声にぼくは迷わずに首を縦に動かした。すると守護者はまたうっすらと笑みを浮かべ首を小さく動かした。

─ああ。あなたが心優しい方で本当に嬉しく思います。では、あの子を……でも、その前に。

 守護者は黄金に輝く装束に変わったかと思えば目をカッと見開き、ぼくを見た。その目はさっきまでの穏やかな表情ではなく、戦う目をしていた。そして右手には透明な刃がついた剣を持っていた。

─わたしと手合わせをお願いします。知的好奇心の守護者として、参ります。

 ぼくがデッキを構える前に、守護者は音もなくぼくに斬りかかってきた。予備動作もなく素早く動くことに対応できず、ぼくは思わず両手で顔を覆った。するとデッキからひと際眩い光が現れ、守護者からの剣撃を受けると粉々に砕け散った。

─間に合ったようで何よりだ。あたいの盾は役に立ったかい?

 自らの闘気を剣に反映させて戦う女戦士─ゼラミスがぼくと目が合うと満足したかのようにふっと笑い、光の粒となって消えた。これもヴィクトリアが言っていたことなのだろうか……。そう思うとぼくの胸は急に痛み出した。ごめん……ゼラミス。ぼくがもっとしっかりしてれば……。

─ほう。あの一撃を耐えましたか。でも、次はそう上手くいきませんよ。

 守護者が剣を構えなおし、ぼくに向けて鋭い目を向けていた。ぼくはすぐにデッキを構え、一枚投げた。現れたのは純白の衣装を身に纏った聖職者(クレリック)─オーフェル。オーフェルはルビーレッドのロッドを構え、祈った。その祈りは守護者の攻撃速度を一時的に遅くさせた。動きが鈍化したところに、今度は猫耳帽子を被った演奏家─エクレルが持ってるギターを思い切りかき鳴らした。
「耳から痺れさせてあげるよー!!」
 エクレルが弦を弾くと、視覚化した音符が守護者に向かって飛んで行った。体を白黒させながらエクレルの演奏に痺れている守護者を見たエクレルは満足そうに微笑むと「アンコールお待ちしてまーす」と陽気に言いながら消えていった。痺れがまだ残っているのか、動きがさっきよりも緩慢になっている守護者にさらに追い打ちをと思い、今度は絨毯に乗った少年─アラジンが守護者に向かって猛烈な勢いで突進をした。
「いやっほー! おれたちが一番のりだっ!!!」
 突進を真正面から受けた守護者は背中から倒れると、握っていた剣を離した。

─お……おみごとです。これで……安心して……あの子を……

 守護者はぼくを見て薄く笑うと、ぼんやりとした光に包まれながら消えていった。消えたあとには、守護者の顔は刻まれた駒だけが残っていた。ぼくはそれを拾い上げてじっと見つめた。すると頭の中に守護者の声が再び響いた。

─さぁ。このまま階段を上がってください。あの子が待っています。

 守護者が言い終わるのと同時に、先の階層へと続く階段がゆっくりと降りてきた。一段一段確実に登っていき、階段がなくなったところ─第三十五階層の扉の前まで辿り着いた。この先にフェリヤがいるのかなと心配になりながら、ぼくは第三十五階層の扉をゆっくりと開いた。
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