文字数 2,702文字

 心が完全に落ち着いたころには、エルケスとその母親とで就寝の準備をすすめていた。さすがに何もしないのも悪いと思い、何か手伝うことがないか聞いてみても「兄ちゃんはゆっくりしてていいの」とエルケスに言われ、結局家の隅でお茶を飲んでいた。しばらくしてさっきまで机があったところには大きな布団が敷かれ、いつでも体を休めることができるようになっていた。優に三人以上は入ることができる大き目なふかふかの布団に、長い枕。エルケスが布団をめくって「ほら、兄ちゃんも早く寝ようぜ」とエルケスの隣をぽんぽんと叩いていた。
 もうおれはエルケスに促されるがまま布団の中に入り、そのまま体を休めることにした。母親も「あらあら。エルケスはすっかりナギールさんを気に入ったみたいね」と嬉しそうに言った。言われた本人は恥ずかしそうに誤魔化すも、事実だから仕方ないといった様子でもうそれ以上は何も言わなかった。布団が敷かれている間、おれは眠れるのかが心配だったけど、いざ布団の中に入るとその心配はすっ飛んでいき、目を閉じた瞬間に深い深い眠りへと落ちていった。

 翌朝。自然と目が覚めたおれは、まだ隣ですーすーと寝息を立てて眠っているエルケスたちを起こさないようゆっくりと布団から出て、外の空気を吸いに出た。村の中ではサラマンダーと溶岩鶏が仲良く戯れていたり、自分たちの畑に精を出している人もいた。簡単に挨拶を済ませてから今度は村の外へと出ると、どこかで空を切る音が聞こえた。そして時折聞こえる女の子も声も……。なにかと思い、おれはその音のする方へと向かってみることにした。
 そこには剣を必死に振っている男の子とその隣で少年を応援している女の子がいた。さっきの声はこの子なのかもしれないと思い、おれはまだ声をかけずに様子を見ることにした。
「はぁ……はぁ……もう……むり……」
「あともう少し。もう少しで新記録更新だから……頑張ってウィル!」
 ウィルと呼ばれた男の子の額にはびっしりと汗粒がついており、剣を振っては飛び散り剣を構えては汗粒が浮かびを繰り返していた。
「ルゥ……今、何回?」
「えっと、それを振り下ろしてちょうど百回よ」
「ひゃ……くっ!!」
 隣で応援しているルゥと呼ばれた女の子は、地面に棒のようなものを描いていき回数を数えていた。どちらもドラゴニュート族の特徴があり、ウィルはオレンジ色のショートヘア、同色の角を頭から生やしやや細身の体、ルゥは金色の髪に黒曜石のような角を生やしていた。どちらも尻尾はあったけど、ウィルが長めでルゥは短いという印象だった。ウィルは最後の力を振り絞り剣を振り下ろし、ふうと大きく息を吐くと剣から手を放しそのまま後ろに倒れこんでしまった。
「ちょっとウィル! 今までの記録と並んでおしまいなの??」
「ぼ……ぼくには……無理だ……これ以上は……はぁ……はぁ……」
「もう情けないわね。あと一回振りかぶって降ろすだけじゃないの」
「……そんな簡単に言わないでよ」
 どうやら剣術の練習をしていたようだ。ウィルが持っていた剣は所謂片手剣で、誰にでも扱える武器の一つだ。それを使って練習をしているということは、なにか事情があるのかと思いおれはゆっくりと二人に近づき声をかけた。すると、二人は最初は驚いて声をあげそうになるも、おれがここの世界の人間ではないことととある用事で来ているとだけ話すと、落ち着きを取り戻し二人は目を合わせて頷いた。
「ご……ごめんなさい。わたしたち、あまり人間というのを見たことがなくて……その……」
「ごめんなさい……」
 そりゃ自分たちの住んでる世界に見知らぬ人物がいたらびっくりするものだよな。おれも二人に謝り、どうして剣術の練習をしているのか理由を聞いてみた。すると、練習をしている本人からではなく、応援している側の口が開いた。
「この子ったら、何に対しても臆病なのよね。だから、それを克服するためっていうのかしら」
「ぼ……ぼくはそんなこと……」
 ウィルは否定をしているのだが、語気には力がこもっていなくてちょっとばかり説得力が感じられなかった。男の子は強い方がいいとは思うが、中にはそういったことが苦手な子もいるのも確かだ。たぶん、ウィルはそういったことが苦手な部類なんだと思う。けど、ただ臆病なだけで剣を振るう理由になるのだろうか疑問に思ったおれは、本当のことはどうなのかと尋ねると二人はがっくりと肩を落とし、今度はウィルが口を開いた。
「じ……実は。ぼくたちが住んでいるところで今度、武術大会があるのですが……それに強制的に参加することになってしまいまして……」
「ほかにもたくさん出場するって話なんだけど、ウィルのお父様はちょっと厳しいというか……初戦で敗退したら許さないって言われているの」
「だから、仕方なく剣を振って練習していたのです……お恥ずかしながら、ぼくはそういったことはからっきしだめでして……さっきもこうして情けなく倒れてしまったのです」
 話をしているときのウィルの顔からは、諦めや寂しさなどが溢れていて所々言葉が詰まっている様子から察するに、ウィルのお父さんに結構きついことを言われているのではないかと思った。現に、ウィルの握っている剣からその思いが痛いほど伝わってくるくらいぶるぶると震えていた。
「でも、だからといって何もしないで負けるなんて……お父様はきっともっと怒ると思います」
「ウィル……」
 ウィルを見つめるルゥの瞳には涙が浮かんでいた。ウィルの気持ちもわからないわけではない。だけど、これは人間という異種族のおれが口にしていいものなのかわからなかったが、一応聞いてみることにした。すると、ウィルは戸惑いながらもほかの種族も出場を希望しているという話を聞いたことがあると答えた。それを聞いたおれはにやりと笑い、二人におれもそれに参加させてくれないかと頼んだ。
「あ……あなたが……出場……ですか?」
「あなたは戦えるのですか?」
 おれはカバンからデッキを取り出し、これを用いて戦うことができるというと、二人は口をきつく結びながらおれを真っ直ぐに見て声を揃えた。
「「お願いします! どうか助けてください!!」」
 その二人の声に、おれは首を縦に動かした。だけど、その前に連れていきたい人物がいるので合流してからでもいいかと尋ねると、二人は首を激しく縦に動かした。おれは直ぐに戻ってきてとある人物をここに呼ぼうかとも思ったが、あちこちで竜の咆哮が聞こえ始めて危険と判断し、二人と連れて戻ることにした。戻った先にいるあいつならどう答えるか……なんとなくではあるが、もう浮かんでいた。
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