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 その後、いつしかぼくはナギールとティミルと行動を共にする機会が多くなった。前はひとつの依頼に二人で挑んでいたのが、今では三人で挑みずいぶんと余裕を感じていた。まずはナギールが前線に立ち、それをぼくが後方で補佐し、ティミルは罠を誘発させるように動いていた。その陣形が思っていたよりも順調に機能していて、ぼくたち三人はそれぞれの役割を果たしながら手応えを感じていた。
 今日もギルドには数多くの依頼が張り出されており、ナギールはその中からいくつか無作為に選ぶと受付に提出し、受注の手続きを行った。ナギールが選んだのはどれも魔物を退治するもので、ぼくたちの陣形を駆使すれば割と簡単に達成ができるものだった。でも、ここで満足をしちゃだめだとぼくは頭を振り、息を整えた。ティミルも自分の頬を軽く叩き喝を入れるとナギールは嬉しそうに笑うと、先頭に立って歩きだした。ぼくとティミルもそれに続き困っている依頼主のもとへと向かった。

 訪れたのはギルドから一時間くらい歩いたのどかな集落だった。集落のあちこちには畑があり、集落の人たちはこれを用いて生活をしているみたい。本来であれば畑いっぱいに作物が実っていてもおかしくない時期なのに、ぼくの目の前にある畑にはなにもなかった。あるのは、乱暴に踏み荒らされた足跡だけだった。この足跡は……きっと。
「ひどい……」
「こりゃ許せないな」
 ナギールとティミルは踏み荒らされた畑を見て、ふつふつと湧き上がる感情を抑えながら依頼主の家の扉をノックした。すると中から現れたのは杖をついた女性だった。女性はぼくたちの顔を見ると嬉しそうに頬を緩ませ、穏やかな口調で出迎えてくれた。
「おお……ようきてくださった。狭いところだけどあがってください」
「お邪魔します」
「お邪魔します」
 ぼくも女性に頭を下げて挨拶をすると、一段と嬉しそうに笑う表情がなんとも美しかった。そんな人の畑を荒らすなんて……許さない。ぼくも二人と同じ湧き上がる感情をぐっと抑えながら話を切り出すと、女性はさっきまでの穏やかな表情が一変し今にも泣きだしそうな顔になった。
「……そうなんです。あの畑は亡くなった主人が大事にしていた畑なのです。わたしではどうすることもできないので……依頼を出しました」
「それで……その大事な畑を荒らした魔物はいつ現れるのですか?」
 この中で一番冷静なティミルが女性に尋ねると、女性は思い出しながら口を開いた。
「確証はないのですが……たぶん、夜遅くにやってきているのだと思います。先日植えた作物の苗が次の日の朝には抜き取られてしまっていましたから……」
 辛そうに話す姿にいても立ってもいられなくなったのは、ナギールだった。大事なものをぐちゃぐちゃにされたんだもん。その気持ちは痛いほどにわかる……だからこそ、荒らした魔物を許すことなんて到底できない。
「おばあちゃん。その魔物、絶対にとっちめますんで!! おれたちに任せてください!」
「ええ。わたしも許せない。だから、ぜひ協力させてください!」
 ぼくも大きく頷くと、女性は声を震わせながらお願いしますと言うとその場で泣き崩れてしまった。ティミルが寄り添い女性を慰めている間、ぼくとナギールは女性が大事にしている畑を確認した。きれいにならされていたであろう畑は、どこかで見たことのある足跡で踏み荒らされていた。等間隔で穴があいているのも、きっとそこには女性が丹精込めて植えた作物の苗があったであろう場所だった。次第に湧き上がる感情を抑えきれなくなったナギールはぎりりと歯を食いしばると、ちくしょうと大きな声を出して怒りを吐き出した。
「ぜってぇ許せねぇ。なぁ、ここはおれたちの出番だな」
 ぼくは頷くと、ナギールはそうだよなと言い他の畑を見回していた。すると、他の畑も同じような足跡で踏み荒らされているのに気が付いた。ナギールはおいおいと言いながら畑で作業している人に話を聞くと、依頼主と同様に植えた筈の苗が翌日には抜かれているという被害を受けていた。これは一人だけでなく、この集落に住んでいる全員が被害者だった。それを聞いたナギールの怒りはてっぺんに達してしまった。ぼくも同様、怒りでどうにかなってしまいそうだった。
 とそこへ、誰かがぼくの背中をつんつんとつつくのに気が付いた。振り返るとそこにはいつの間に実体化したのかアズリエルが心配そうにぼくの顔を見ていた。
「……だめ。そんなかおしちゃ」
 アズリエルが首を横に振りながらぽつりと呟いた。それに続いて骨三郎もうんうんと頷き、ここは冷静になるべきだなと助言をくれた。二人の助言に頭を冷やしたぼくは落ち着きを取り戻し、この集落の人たちをどうやったら守れるかに考えるために頭を動かした。ナギールも遅れてアズリエルにつつかれてから冷静さを取り戻し、一緒にどうしたらいいか考えてくれた。ぼくは一つアイデアを思いつき、それをアズリエルに話すと迷わず協力してくれた。ぼくはアズリエルにお礼を言うと、首を横に振って大きな鎌を持ち直した。
「あたしもそういうのはゆるせない。みんなのわらうかおがみたい」
 と言い、ちらりと骨三郎を見た。それに気が付いた骨三郎もそうだと言いアズリエルの周りをくるくると回った。あとはナギールとティミルに相談をすれば……きっとうまくいくはず。

「おばあちゃん……落ち着いたわ。それで、この不届きものをやっつける方法を考えなきゃ」
 ティミルも怒りで満ちた顔でやってくると、アズリエルはさっきと同じようにティミルの背中をつんつんとつつき首を横に振った。それにはっとしたティミルは低く屈み、冷静さを取り戻してくれたアズリエルの頭を優しく撫でた。気を取り直したティミルがまっすぐぼくを見て一言。
「わたしにしかできないこと、あるんじゃない?」
「おれにできることがあったら何でも言ってくれよ!」
 ぼくは思いついたアイデアを二人に話すと、二人は快諾してくれた。そうとわかると、ティミルは持ってる駒を確認し、夜に向けて準備を始めた。ぼくとナギール、アズリエルは空いている納屋を使わせてもらい、夜になるまでそこで待機していた。しばらくして、仕込み終えたティミルも入り夜まで待つことに。さぁ、これで準備は整った。


 足元を冷たい風が通り抜け、ぼくはぶるりと体を震わせた。はっとして窓の外を見ると、藍色の空にまん丸い月が浮かんでいた。数多の星が瞬き、なにもなければ温かい飲み物を片手にずっと見ていたい気持ちだった。だけど、今は違う。話によるともうそろそろ現れるはずだ。
「……! きたわよ!」
 納屋の扉の隙間から様子を窺っていたティミルが小さく声を発すると、ぼくとナギールは一気に警戒心を強め息を殺しながらティミルの指さす方を見た。そこにはやはり見たことのある小鬼─ゴブリンがぞろぞろとやってきていた。
「来やがったな……! アズリエル、準備いいか?」
「うん。いける」
「足音立てないようにね」
「はーい」
 アズリエルには予め場所を指定しておき、ゴブリンたちの気を引く役目を担ってもらった。本当は危ない役目だから気が引けてしまったけど……引き受けてくれたアズリエルにはあとで別にお礼をしないと。
「うんしょ」
 アズリエルはゴブリンたちとのいる場所とは反対の場所にある畑に屈み、畑をじっと見つめた。きっと気づくであろうと信じ待つこと数分。ゴブリンの一匹がアズリエルに気が付き奇声を発した。少し離れているからまだしも、これが至近距離で発せられたものなら頭がくらくらしそうな音にぼくたちは顔をしかめた。
「オマエ コンナトコロデ ナニシテル!!」
「うーん」
「ココハ オレタチノ ナワバリダ!! デテイカナイトイタイメミルゾ」
「ねぇねぇ」
「ア?」
「ここ、きっといいものがあるよ」
 怖気づいた様子もないアズリエルがゴブリンの一匹に手招きをし、畑の一点を指さした。不思議そうに畑を見つめるゴブリンだったが、いいものがあると聞いて黙ってはいなかった。腰から小さな手斧を抜き、アズリエルが指さした箇所へ思い切り振り下ろした。
「冥府に案内してあげる。さぁ、いらっしゃい」
 アズリエルが指さした箇所には、ティミルが罠駒を仕込んでおいたのだ。発動したのは冥府の案内人アゲハ。ひっくり返されたら発動するタイプの罠で、通常攻撃と魔法攻撃を相手に返す駒だ。当然、何も知らないゴブリンはアゲハの反撃を受け気絶。それに気が付いた他のゴブリンが戦闘態勢に入ると、そのゴブリンたちをアズリエルが挑発し集落から離れたところに誘導していく。そしてその後をぼくらが追いかけ、一網打尽にするという作戦だ。背丈がゴブリンと同じくらいだと分かった今、アズリエルの挑発にのるか心配していたけどそれはどこへやら。かんかんに怒ったゴブリンはアズリエルの後をしっかり追っていたから作戦は成功。あとはぼくらの出番だ。

 集落からだいぶ離れたことを確認し、先手を打ったのはナギールだった。現れたのはクリアブルーの髪に慈悲深い笑みを浮かべた水神─マーレアだった。マーレアがその場で舞うと、ナギールの板の中にいる駒たちが一斉に叫びだした。ナギール曰く、やる気に満ちているのではないかと。やる気に満ちた駒を一枚選ぶと、ナギールはゴブリンの群れにめがけて勢いよく投げつけた。
「そんな薄い防具でオレの爪は防げないぜ!」
 上半身は人間、下半身と手は竜の少年─グレリオが鋭く尖った爪でゴブリンを攻撃すると、あっという間に数を減らし残り数匹と数えるまでになった。残ったゴブリンに狙いをつけ今度はぼくが一枚を選び投げつける。
「季節外れの吹雪を見せてやらあ!!」
 オキクルミが弓を引き絞り狙いを定め手を離すと、弓矢に吹雪を纏わせながら飛んで行った。弓矢と吹雪によるダメージにゴブリンの群れは壊滅し、夜の静けさを取り戻すことができた。依頼はこれで完了したけど、万が一のことを考えたぼくらは集落一帯を巡回した。見回りの結果、特に警戒するべきことがないとわかると、夜が明けるまで納屋で一晩を明かした。

 翌朝。気持ちの良い朝日と共に目が覚めたぼくは、依頼主に今回の件を報告すると、ぼくの手を握りながら何度も「畑を守ってくれてありがとう……ありがとう……」と涙を流していた。これで集落の皆さんが怯えることもなくなったし、よかったかな。遅れてまだ眠そうなナギールと元気いっぱいのティミルが合流し、ぼくら三人で最後に挨拶をすると女性は何かを思い出し、家の中へと入っていった。しばらくして戻ってくると、その手には瑞々しく大ぶりな野菜がたくさん入った籠を持っていた。
「この畑で獲れたお野菜なの。よかったら食べて」
「あ、ありがとうございます!! いただきます!」
「ちょっと遠いかもしれないけど、よかったらまた来てちょうだいね」
「はい!! ぜひ!! ありがとうございます!」
 ぼくたちが出発するころには、集落の人全員がぼくたちに手を振って見送ってくれた。
「うちの野菜も今度食べてくれ! たぁっくさん用意しておくから!」
「ありがとね! 助かったわ!」
 ほんの僅かしか滞在しなかったのに、こんなにも名残惜しいのはなんでだろう。そんな不思議な気持ちになりながら、ぼくたちは集落の人たちに見送れながらギルドへと向かっていった。きっとまた顔を出しに行きます。それと、こんなにもたくさんのお野菜、ありがとうございます。お野菜の入った籠をぼくとナギールとで交代で持ちながら、ぼくはこのたくさんのお野菜を美味しく変身させてくれる人物のことを思い浮かべていた。
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