文字数 2,603文字

 エルケスが言うには、このすぐ近くに竜族の村があるという。エルケスはその村で生まれ育ち、日々鍛錬をしながら暮らしているという。もしかしたら何か情報がつかめるかもしれないと思ったおれは、早速その村に案内してもらうようお願いをした。
「兄ちゃんはオレの恩人だしな。そのくらい任せてくれよ」
 へへっと笑う姿はやんちゃな少年という顔だった。さっきのあの真剣な表情をした理由は一体なんなのだろうか……。おれは少し考えたがまだまだこのエルケスという少年についてはまだ知らないため、結論に至ることはできなかった。しばらく行動を共にすればわかることもあるだろうと自分を無理やり納得させ、今はエルケスの後を追いかけた。やがて遠目ではあるものの、小さな建物が見えてきた。こんな灼熱の大地に村がとも考えたが、考えたらここは竜が住むところだっけか。なら問題はない。エルケスが村の入り口でただいまというと、家から村人がぞろぞろと出てきて無事に帰ってきたことに安堵していた。俗に言う『ドラゴニュート族』という種類の住民がこの村で住んでいた。ドラゴニュート族とは、人のなりをしつつも、どこかしらに竜の一部が現れるという種族だ。それは角であったり尻尾であったりとそれぞれだが、共通して言えることは皆人間となんら変わりなく生活しているということだ。まぁ、好戦的な性格だったり温和な性格だったりと異なりはするけど……な。
「こらエルケス。また一人で村の外に出て行って。狂暴な竜に遭遇したらどうする気だい」
「どうせ『オレは英雄になるんだー』って理由でどこかほっつき歩いていたんだろ」
 安堵の先にあったのは、エルケスを心配する声やエルケスの行動について呆れる声だった。当の本人も言われなれているのか、あははと言いながら聞き流していた。一通り村の人にもみくちゃにされたあと、エルケスはおれを見て声を張った。
「紹介が遅くなったんだけど、ここにいる人はオレの恩人で……えっと、なんて呼べばいいんだ?」
 エルケスが困っていると、おれはナギールと名乗るとエルケスはうんと頷きおれを村の人に紹介してくれた。すると、さっきまでエルケスの傍にいた村人は瞬時におれの周りを囲んだ。
「こいつに変なことされなかった?」
「なにか厄介ごとに巻き込まれなかった?」
「なんか調子のいいこと言ってなかった?」
 と、まるでエルケスのことを全て見ていたとばかりの発言におれは苦笑いしかできなかった。ここで隠していても仕方がないし、おれはエルケスと出会った経緯をかいつまんで話した。もちろん、エルケスが助けてとお願いしてきたとは言わずに共闘したと言い話を締めた。すると村の人は「そうだったのか」と口を揃えて言った。その結果に満足したのかほっとしたのかわからないけど、村人たちは各々の家の中へと戻っていった。最後まで残ったのはエルケスの母親らしき人物なのか、その人物はおれに何度も頭を下げてお礼を言っていた。
「うちの息子を助けていただきありがとうございます……なんとお礼をしたらいいやら……」
「か、母ちゃん。止めてくれよ。兄ちゃんが困ってるだろ」
 何度もぺこぺこと頭を下げている母親の姿に、エルケスは恥ずかしそうに止めるようにお願いした。
「まぁ! わたしったら……すみません。なにせ言っても中々言うことを聞いてくれない子なので心配していましたの……」
「もう! いいだろ!」
 母親が心配だったという気持ちは痛いほどにわかった。その母親の目にはうっすらと涙が浮かんでいたのが何よりの証拠だった。おれも流石にこう何度もぺこぺこされるのは慣れていないから、おれからももう頭を上げてくださいと言うと、母親はやっと顔をあげてにこりと笑った。
「母ちゃん。もういいだろ。早く家に入ろうぜ」
「あ、わたしったら鍋を火にかけっぱなしだったわ! あらいやだ」
 母親は少し焦った様子で家に戻り、その後にエルケス。おれはというと……エルケスに手招きされてエルケスの家にお邪魔することになった。
「狭いけどゆっくりしてってくれな。兄ちゃん」
 玄関を入ってすぐに居間がありその脇では母親が夕飯の支度をしている。家具なども必要最低限なものしかなく、狭いというよりは非常にコンパクトにまとまったという印象だった。エルケスが食事の準備を始め、母親は手慣れた様子で器に料理を盛っていく。美味しそうな湯気がおれの食欲を刺激し、腹から情けない音が聞こえた。二人もその音が聞こえたらしく、おれを見てくすくすと笑った。
「まぁまぁ。たっくさん作ったからいっぱい食べてね」
 大皿にどんと盛られた巨大な肉、深皿になみなみと注がれたスープどれもがおれの食欲を刺激してまた更に情けない音が鳴った。おれは顔を真っ赤にしながら下を向いていると、エルケスは「気にすんな兄ちゃん。座ってていいからさ」
 もくもくと準備をしているエルケスに促され、おれは席に着くと目の前にまた別の料理が運ばれてきた。香辛料が利いた料理なのだろうか、スパイシーな香りがおれの鼻腔をくすぐった。
「はい。お待たせしました! では、いただきましょうか」
 母親が一品ずつメニューを教えてくれた。まず、おれの前に運ばれた香辛料が使われていると思われる料理は、灼熱魚というこの世界に生息する魚だそうでそれをピリ辛スープで煮込んだもの。大皿に乗っているのは溶岩鶏という溶岩を飲み物にして生きている鶏を丸ごと焼いたシンプルな料理、深皿に入ったスープはその溶岩鶏で出汁をとったスープと聞きなれない生物の名前がずらり並んだ食卓だった。
「ちゃんと溶岩抜きしてあるから食べても安心よ」
 溶岩抜き……初めて聞く言葉にぎょっとするおれを見て、エルケスはぷぷっと笑った。聞きなれない生物や調理法に驚きつつも、おれはその土地ならではの恵みに感謝をして、一口。灼熱魚という魚は、淡白な味の中に独特の旨味があり今回は煮ている料理だけど焼いても美味しそうだと思った。溶岩鶏もほろほろと崩れていく肉の中にある脂が更に旨味を引き出していて、おれは思わず目を見開いた。
「うふふ。お口にあったみたいでよかったわ」
「母ちゃんの料理は世界一だもん! いっただきまーす」
 おれの顔を見て嬉しそうに笑う二人も、大地の恵みに感謝の意を述べてから食事を始めた。腹も心も満ち足りた頃、エルケスの母親が出してくれたお茶を含みほっと一息ついた。
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