文字数 4,569文字

「おや、お帰り! まぁ! なんだいその野菜の量は」
 ギルド直結の食堂に顔を出したぼくたちは、この恵みを美味しく変身させてくれる人に挨拶をした。ちょうどお昼時が終わり、おばちゃんはエプロンを外し温かい飲み物を手に休んでいたところだった。
「まぁ、立派な野菜たちだ。これ、どうしたんだい?」
 ナギールが簡単に経緯を話すと、食堂のおばちゃんは「そんなことがあったのかい」と感心しながらお野菜の一つを手に取り、エプロンを手に取り準備を始めた。
「よし! じゃあ、今日はこれを使った美味しいシチューを作ろうじゃないか。出来上がるまでそこらで時間を潰しておくれ。こんな立派なお野菜たちを目立たさせてやろうじゃないか!」
 休み始めたばかりだと思うのに、おばちゃんは野菜を一つ一つ丁寧に洗い鼻歌を歌いながら調理を始めた。
「おお! 夕飯が楽しみだな!!」
「そうだけど……どこで時間を潰そうかしら?」
 二人が夕飯までの時間をどう過ごそうか考えていると、ぼくはこの近くにある図書博物館があることを話すと目の色を変えたのはティミルだった。そうとわかるとティミルは小刻みに跳ねながらギルド出入口へと走っていった。ぼくとナギールは今まで見たことのないティミルの一面に驚きながらもすぐにティミルの後を追いかけた。

「それで、その図書博物館ってどこにあるの?」
「おいおい。そんなにがっつかなくてもいいだろ」
「だって、そんな建物があったなんて知らなかったんですもの」
 ぼくも図書博物館の存在を知ったとき、ティミルと同じ感覚だったかな。知らないことを知ることができるという知的好奇心が沸き上がるというかなんというか……。そんなティミルの気持ちもわかってか、ぼくの歩幅は気持ち大き目に動いていた。
 ギルドを離れて数十分。それらしき建物を見たティミルは一段と声を弾ませながら、ぼくを追い抜き目的地へと向かって一人走っていった。
「そんなに急がなくたっていいじゃねぇか。まぁ、確かに物珍しいけどよ……」
 ナギールがぼやくのも気にせず、ティミルは一人図書博物館の入り口前でぼくたちを手招きしていた。
「早く中へ入ろう!」
 ティミルが扉を開き、ぼくとナギールが入り最後にティミルが入った。入ってすぐナギールとティミルは口を開けて驚いていた。驚いた箇所は、はじめにぼくが入ったときと同じでドアノブの装飾や絵画、またはその絵画を囲む縁に施された細かな細工だった。
「うわぁ……すげぇ」
「なんて美しいの……」
 二人が絵画に夢中になっている間、ぼくは受付でこっくりこっくりと頭を揺らして眠っている女性に声をかけると、わぁと大きな声を出して飛び起きた。そして、その大きな声にびくっと反応したぼくらを見て更に驚く受付の女性。連鎖反応が起きてちょっと面白かったけど、正直あまりの声の大きさに体からびりびりしたものが中々抜けなかった。
「あ……あらやだ。あたしったら……寝ちゃってた??」
 ぼくはそうだと頷くと、女性は顔を手で覆い恥ずかしいと連呼していた。眠っちゃうほど何か大変なことがあったのかな。ぼくは尋ねると、女性は小さく頷いた。
「図書室の管理もそうだけど、美術館の管理もここ最近多くって……ちょっと忙しかったのよね。でも、それを理由に眠っちゃだめよね……気を付けるわ」
 あまり無理はしないでと伝えると、女性はしゅんとしょげながら首を縦に動かした。そして見慣れない二人に気が付いた女性は、さっきまでの暗い顔をどこかに吹き飛ばしぱっと明るい笑顔へと戻した。
「あら。初めまして……よね? ようこそ! 図書博物館へ! あなたのお友達かしら?」
 ぼくは頷くと、また一段明るい笑顔になり館内の簡単な説明を始めた。

 説明を聞き終えた二人は、ほうと小さな息を漏らしながら図書室と美術館を交互に見ていた。ちなみに、今は美術館は展示物の入れ替えがある為入ることはできないと付け加えられるとティミルはちょっと残念そうな顔をした。代わりに図書室は入れるからと、ぼくは図書室へとナギールとティミルを案内した。図書室の扉を開けると、さっきまでの残念そうな顔はどこへやら。ティミルの顔はまたぱっと明るくなり、声が出そうになるのを必死に堪えながら声なき声で喜びを表していた。
「いらっしゃい。ひさしぶりね。あら、そちらはあなたのご友人かしら?」
 自称本のソムリエことこの図書室の管理人であるロレーラが、深々とお辞儀をし二人に挨拶をした。様々なジャンルの本を取り揃えたこの図書室では、時間などあっという間に過ぎてしまう不思議な魔法がかかっている。そんな魔法に魅せられたぼくも、ここは大のお気に入りの場所である。それを二人にも紹介したくって、今日はここに来てみたんだけど……気に入ってくれたかな。
「読みたい本が見つからなかったら、遠慮なく声をかけてちょうだいね」
 ロレーラは会釈をし、図書室内にあるカウンター席へと戻ると読みかけの本に手を伸ばした。
しんと静まり返った図書室で、ナギールは何を読んでいいかわからず、適当な本棚へ。ティミルは歴史書のある本棚へと向かっていった。さて、ぼくはどうしようかな……。ぼくも適当に辿り着いた本棚から無作為に一冊手に取り、席について本を開いた。
「あら。あなたのその本、面白そうね」
 不意に隣から声をかけられ、はっとして声のする方を向くと猫耳がついたようなフードを被った少女がいた。その少女も本でいる最中で、体に見合わない位の大きな本を広げていた。その本には何やら幾何学的な模様が描かれていて、どんな内容なのかまではわからなかった。きっと専門的な知識が必要なのかなと思いながら見ていると、その少女はぼくの顔を見ながら自己紹介を始めた。
「初めまして。わたしはメイ。ここには良く来るんだけど……あなたは? みたところ、かなり本がお好きだとお見受けするわ。もしよければ、ここで本について語りませんか?」
 ぼくはある程度ならと答えると、それで十分と満面の笑顔で返事をしてくれた。メイは周りに迷惑がかからない程度の声量でぼくに色々と質問をしてきた。どんなジャンルの本が好きか、ここには良く来るのか、どんなことをしているのか等矢継ぎ早だった。いくつかメイの質問に答えているとき、ぼくは微かにメイの背後が何かがぶれて見える感覚に襲われた。目が疲れているのかな。ぼくが目をこすってみるも、時々メイの背後がぶれて見える感覚は最後まで消えなかった。
「興味深いお話、どうもありがと! またここに来た時、お話しましょ! それと……」
 大きな本を閉じ、返却カウンターに戻してからメイがぼくを見てにっこり。
「その本、読み終わったら次はわたしが借りるから。よろしくね」
 ちゃっかりこの本を次に読む予約までしてから出口へと向かっていった。あんなに小さい子なのに、色々と物知りでぼくは感心していた。そして、何かがぶれる感覚もメイがいなくなった途端になくなり、ぼくは首を傾げた。一体何だったのだろう……??


 お互いが思い思いの本を満足するまで読み終えたころ、あたりは夕焼け色に染まっていた。もうそろそろ帰った方がいい時間みたいだ。ぼくはロレーラに予約済みの本をどこに置いたらいいかを尋ね指定された棚に入れて図書室をあとにすると、読み終えたときのあの余韻が追いかけてくる感覚に胸のあたりがくすぐったくなった。またわくわくどきどきする本を読みたいという気持ちになり、いつしかここへ来ることが楽しみになっていた。
「お待たせー」
「お待たせ」
 ナギールとティミルと合流し、受付の女性に挨拶をしてからぼくらは図書博物館から今度はギルドへと向けて出発した。あともう少しでギルドへ到着するというときだった。ぼくのお腹がぎゅうという音を立てて騒ぎ始めた。それがきっかけでほかの二人もお腹が騒がしくなり、ぼくたちは迷わず食堂へと向かった。

「あぁ、おかえり! 今ちょうどできあがったところだよ! たっくさん召し上がれ!」
 食堂のおばちゃんがぼくたちの顔を見るや、すぐに夕飯の支度をしてくれた。あの集落で貰ったたくさんのお野菜は、濃厚なチーズの香り漂うクリーミーなスープへと大変身。焼きたてのパン、新鮮なサラダも添えられた夕飯に、ぼくはもう一人呼んでもいいかとおばちゃんに尋ねると「もちろんだよ」と答えてくれた。もう一人とは言うまでもない。今回、無理を言ってしまったこの子─アズリエルだった。
「? なんで、あたしよばれたの?」
「なんでって、今回大活躍だったじゃねぇか」
「? そうなの?」
 ぼくはうんと頷くと、アズリエルは「わーい」と両手を挙げて喜びを表してくれた。アズリエルが席に着くと、おばちゃんがメニューにはない特別なメニューを持ってやってきた。
「えらい活躍したみたいじゃないか。これはおばちゃんからのご褒美だよ!」
 アズリエルの目の前に置かれたのは、細かく刻まれた野菜と赤く彩られたライスの上にふんわりとろりとした卵を被せた料理だった。その隣にはお肉を丸くしてこんがり焼いたものに、からりと揚げられたイモが添えられていた。
「おー。おいしそー」
「シチューのお替りもあるから、たっくさんお食べ!」
「じゃあ、今回の依頼が大成功したことを祝しまして、いただきます!」
「いただきます!」
「……いただきます。あってる?」
 大地の恵みに感謝をし、さっそくシチューを頬張った。野菜のうまみが溶け出したシチューは、それだけでもご馳走だった。ごろごろと大き目にカットされた野菜と、お肉との絶妙なバランスが何度もお代わりをしたくなるような美味しさに追い打ちをかけていた。それに添えられたパンもシチューに浸して食べるとまた違った味わいになり、ぼくは何度もお代わりをした。
「あ、おれも!」
「わたしも!」
「あたしもー」
 こうして鍋いっぱいにあったシチューは四人で空っぽになるまで食べ、全員が満腹の余韻に浸っていた。
「けぷ。もうおなかいっぱい。おいしかった」
「嬉しいね! このお野菜をくれた人たちにも感謝だね。今度会ったらお礼言っておいておくれ」
「もちろんです! あぁ……今度と言わずいますぐお礼を言いたい気分だな」
「今からはちょっと迷惑かな。また今度にしておきましょ」
 それぞれが満たされたお腹をさすっていると、誰かがぼくの背後で呟いた。聞いたことのない声に驚いたのもあるんだけど……なんだったんだろう。
「? どうした? なにかあったのか?」
 ナギールが声をかけてくれたおかげで、ぼくが意識を戻すことができた。ぼくはなんでもないと言いながら首を横に振るも、ちょっとだけおかしな点に気が付いた。もしかして、ぼくの後ろ誰かが通った……??
 聞いてみるけど、ナギールとティミル、それにアズリエルの答えは同じで誰も通っていないという。おかしいな……でも……。ぼくが更に悩んでいると、ナギールが何かあったのかと聞いた。ぼくは不思議に思いながらも、さっき言われた一言を伝えた。
「『鍵は揃った』……?? どういう意味なんだろう?」
「鍵……???」
 幸せだった時間は一変、一気に不穏なものとなりぼくたちの心を不安色に塗りつぶしていった。なんだろう……この胸騒ぎは……。ぼくは何とも言えないざわつきを感じていた。
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