文字数 4,129文字

 闘技場の中に入ると、既に戦闘は始まっていた。誰が名前を呼ぶわけでもなく、誰がそれに応えるわけでもなく、ただただ目の前にいる参加者と戦っているだけだった。
「こ……これは……」
「ひどい……」
 中には瀕死寸前の参加者もいて、おれたちはまずそっちを優先させた。体ががっしりとしている参加者を運ぶのには少し時間はかかったものの、負傷した参加者を安全な場所まで移動できたことを確認し、まだ戦っている中へと踏み込んでいった。
「はっはっはぁ。ようやくお出ましですかあ??? ナギールさぁん??」
 粘着質な声がする方を向くと、そこにはおれと同じ板─デッキを持って文字通り気持ちの悪い顔をして立っていた。そいつはよほどおれがいることが嬉しいのか、小躍りをしていた。粘着質な声に気味の悪い踊り……最悪な組み合わせだぜ。
「お、お父様! もう……もう止めてください!!」
 ウィルが涙を浮かべながら叫んだ。しかし、そいつは懇願するウィルを嘲笑うかのようにげひゃひゃと笑い、「誰が止めるか」と一言。実の父親にそこまで言われ、ショックのあまり立つことができなくなったウィルは、その場で泣き崩れてしまった。
「おい。お前、ウィルの父ちゃんなんだろ? なんでそんなひどいことするんだ!?」
 エルケスが怒りを含めた語気で問うた。そいつは何がおかしいのか。また耳障りな声で笑いながらこちらをちらりと見た。
「そりゃああ、決まってるだろう? 力あるものが力なきものを見下すのがこぉおんなに楽しいんだからよぉお? お前など一度も息子だと思ったことはない! なんでまたそんな弱小な奴を息子だと思わねばならんのだ? あぁ? 我が家系は代々力あるものが納めてきたというのに……まったく。使えない奴を持つわたしの気持ちにもなりたまえよ? なぁ、弱小さんよ?」
 最後の一言。ウィルの耳に届いてしまったのか、ウィルは何かが切れたように、音もなく倒れてしまった。焦点のあっていない目から押し寄せる涙を拭うこともなく、ウィルはただ小さく呼吸をしたまま動かなくなってしまった。
「おい! ウィル!! ウィル!! しっかりしろ!! おい!!」
 エルケスの呼びかけにも応じないウィルに、エルケスはぶるぶると体を震わせ、そいつをぎろりと睨んだ。その目には闘志のほかになにか別のものが宿っているようにも見えたおれは、さっきまで見ていたエルケスとは別物に感じた。きっとそれだけこいつに対しての怒りがあるということなのかもしれない。それにはおれも同意見だ。さぁ、エルケス。一緒に戦ってくれるか?
「もちろんだよ。兄ちゃん!」
 エルケスが剣を構え、おれはデッキを構えるとそいつはまた笑いながら深くお辞儀をした。まるで来客をもてなすように優雅に。
「おしゃべりはここまでです。さぁあ、力あるべきものがどんなものかを教えてあげましょぉおお!」
 おれはデッキから一枚、無作為に選び投げつけた。中から清らかな水の調べを歌う女性─マーレアが現れた。
「加護を与えましょう」
 マーレアが歌に合わせて舞うと、足元からじわりじわりと力が湧く感覚がやってきた。マーレアの舞を士気を向上させる効果があるようだ。よし、それならもういっちょ。
「腹を空かせているのか? 安心しろ。食材はたんまりあるぞ」
 現れたのは巨大な肉を調理している途中の竜人の少女─アルンだった。食欲をそそる香ばしい香りで更に士気があがり、エルケスはやる気十分だった。でも、エルケスにはまだだと制し次の駒を投げた。
「残光一閃!!!」
 雅な和服を着崩し、鮮やかにだけど派手に暴れる剣士─景光。景光の太刀筋は地面を抉り、遅れて巨大な太刀を振り下ろしたときに生じる風圧があいつを思い切り吹き飛ばした。闘技場の壁に叩きつけられたあいつは短く呻くと、デッキから一枚こっちに投げて寄越した。現れたのは手足が竜の姿をした少女─ノイレだった。ノイレは体をうんと伸ばしてからこっちに向かって突進をしてきた。そのときのノイレの顔はとても楽しそうな顔をしていた。
「よーっし! まずは準備体操だぁ! いっくぞーー!」
 これはまずい。そう判断したおれはすぐに一枚を選び、展開した。眠たそうに眼をこすりながら現れた気だるげな少女─マロニィは大きく欠伸をすると、こっちに突撃してきたノイレを一瞬で氷漬けにしてしまった。
「……早く帰りたいんすけど……ふぁああ」
 一時的とはいえ、ノイレを封じることができたことに安堵したのもの束の間、あいつは不敵に笑いながら柱の陰から何かを引っ張り出した。おれの目に映ったのは手足を縛られ口には紐を咥えさせられたルゥだった。
「ルゥ!!」
「おおぉっと! それ以上動くなよぉ?? こいつがどうなってもいいのかああ?」
「んーーー!! んーー!!!」
 首を横に振りながらまるで「きちゃだめ」と言っているようだった。だけど、ルゥを助けなくては……。ちくしょう……きたねぇ真似しやがって……!!
「こいつの命を預かってるってのはわかってるよなぁあ?? げひひっ」
 ルゥの首元に刃物をあて、こっちを見下してくるあいつに今すぐにでも突撃したいという気持ちを抑え、おれは必死に頭を巡らせた。どうしたら……どうしたら……。
「ルゥちゃん!!」
 エルケスがそう叫んだとき、一瞬ウィルの体がぴくりと動いた気がした。おれの見間違いでなければ……だけど。一刻も早くルゥを救出しないとあいつはなにをするかわかったもんじゃない。おれはいちかばちか、デッキから一枚を選び見当違いのところに駒を投げた。そいつはおれの考えを理解し、そいつに気が付かれないように空を舞った。そして一瞬の隙をついてルゥの体を救い上げた。
「よっし! あとは俺に任せておきな!」
 上半身は人間だが、下半身と手の部分は竜の少年─グレリオがルゥの救出に成功した。それを見ていたあいつは怒りに震えていたが、そんなもん知ったことではない。これであいつを容赦なく叩きのめすことができる。戦闘態勢を整えたおれたちの上空に黒いものが現れた。その黒いものは闘技場を飲み込むほどの大きさまでになると、規則的な羽音が聞こえてきた。天気が悪くなったのではない。何か巨大な生物が上空にいるのだとわかったとき、おれは思わず声をあげた。
続けてエルケスとグレリオも驚き、あいつに至っては悲鳴をあげて闘技場から出ようとしていた。それに目を付けた飛行生物は地響きとも思えるような声を発した。
「力を求める愚かなものよ。聞こえるか」
 体全体に重く圧し掛かるような声に、その場にいる全員が震えていると泣きじゃくるそいつに向かってじわじわと距離を詰めていった。その間におれはルゥの拘束を解いた。
「お前か。力を欲するというのは」
「ひぃい。お、お助けぇえ」
「わたしの問に答えよ。お前は力を欲するのか」
「は……はひ」
「……聞こえんな」
「ち……力が……ほしいです! 誰にもバカにされないような……力が!!!」
 すると飛行生物は小さく唸り、そいつの顔をじっくりと見た。やがて判断をしたのか、顔をすっと話してから右手を構えると、その右手から強大なエネルギーを発生させていた。
「え……力を……くれるのでは……??」
「貴様のような愚か者に分け与えるものはない。灰燼となれ」
「え……や……やだぁあああ!!!」
 飛行生物が右手を伸ばすと、さっきまであいつがいた場所にエネルギーの球が直撃していた。だけど、音もなくそいつだけを消し飛ばしたとわかるとおれの背中に悪寒が走った。このままだと今度はおれたちが危ないかもしれないと思い、おれはすぐさまみんなを引き連れて脱出を試みようとしたが、そうもいかなかった。放心状態のウィルを残して去るわけには……。
「ほう……まだ残っていたか」
 飛行生物の標的がおれたちに移ると、エルケスは剣を構えて対峙した。
「ちょっとエルケス! そいつと戦おうっていうの??」
「オレが時間を稼いでいる間に逃げるんだ。なぁに、オレだって英雄の端くれだ。そのくらいはできるさ」
「やめなさいよ! エルケスだって……あいつと……ウィルのお父様と同じになっちゃう」
「オレはそうはならない。絶対にな……さぁ、行けっ!!!」
「エルケスーーーっ!!!!」
 ルゥの制止を振り切り、エルケスは飛行生物に向かって地を蹴った。それに対し、飛行生物は表情一つ崩さずにエルケスがどんな攻撃をしてくるのかを待っているようだった。
「ねぇ……ウィル。はやく……しっかりしなさいよ。いつまでぼーっとしてるつもりなのよー!」
 ずっと我慢していた気持ちを右手に込め、ルゥはウィルの頬を思い切り叩いた。パチンと乾いた音と共にウィルの意識は元に戻り目には光が再び宿った。意識が戻ったウィルの目に写ったのは上空で待機している巨大な飛行生物に向かってエルケスが突撃をしようとしている光景だった。
「っ……!! エルケス!!!」
 ウィルはすぐに状況を判断し、エルケスの後ろを追いかけた。よたつきながらも必死に追いかける二人を少しでも援護ができるよう、おれは二人の近くに士気向上の駒を投げた。
「可愛いだけじゃないんだからね!」
 幼い顔つきながらも、その力は無限の可能性を感じていた。大事そうに持っている剣を振りかざし、大きな声をあげた小さなお姫様(プリンセス)─エキドナ。蛇のようににょろにょろとしかし機敏に動くとさらに大きな声で「がんばれー」と声を発した。その声は体と気持ちを心地よくびりびりと刺激した。と同時に、飛行生物に対しても何らかの影響を与えているようだった。
「ウィル! もう大丈夫なのか?」
「はい。申し訳ありませんでした」
「気にするな。いけるか?」
「……はいっ!!」
 ウィルが細剣を、エルケスが双剣を同時に構え飛行生物に向かって突っ込んでいった。途中、失速し始めたウィルがエルケスに自分の力を分け与えると、加速をしたエルケスが飛行生物に向かって更に闘気を増幅させて叫んだ。
「これがオレとウィルの力だっ!! 轟けっ!!!!!」
 エルケスの双剣から稲光が迸り、飛行生物に向かて縦横無尽に煌めいた。目にもとまらぬ早業に飛行生物は「見事だ」と言い、その巨大な体を地面につけた。
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