ロビー

文字数 2,292文字

 柔らかい温もりを感じたとき、ぼくは何か高いものに首がのっていることに気が付いた。そんなに高くなくだけど低くもない丁度いい高さだった。誰かの手だろうか。ぼくの頭を優しく撫ででいるのも感じた。あぁ、そうか。そういえばぼくはあの階層で負けてしまったのだ。トゥナという呪術使いの呪いによってぼくは負けてしまい意識をなくしたはずなんだけど……だけど、ぼくはここにいるということに疑問を感じてすぐに目を開けた。目を開けた先には心配そうに顔を覗き込む白髪の老人─ゼウスがいた。その顔はもうぼくの鼻につきそうなほど近く、ぼくは思わず声をあげながら横に転がった。
「おお。気が付いたか。気が付いたのは嬉しいがそんなに驚かれては……おじちゃんちょっと傷ついちゃう」
 まさか目を開けた先にゼウスがいるとは思わなんだ。暴れる心臓を無理やり大人しくさせ、ゼウスにここはどこかと尋ねた。
「ここは……そうじゃのう。この塔の一階ロビーのようじゃの」
 辺りを見回すと、そういえば見覚えのあるものばかりだった。それに、初めてここに来た時になんの反応も見せなかった無色透明の水晶は、薄い青い色を放ちながらくるくると回っていた。この水晶は一体なんだろうと思い、ぼくはそれに触れた。すると、そこにはトゥナのいた第二十階層の様子が映っていた。なるほど。ぼくがこの塔の中で気絶すると、最後に踏破されたところまで運んでくれる魔法がかかった水晶のようだ。すぐに挑戦したい気持ちもあるけど……今ここにゼウスがいるということは何かあったのかと思い、ぼくはゼウスに尋ねた。すると、ゼウスは低く唸りながら腰を下ろした。
「……お主に話しておかなくてはいけないことがある」
 その一言で何となく察することができた。ぼくが階層の合間に見たあの光景にゼウスとハデスがいたこと。そして、あの謎の少女がいたこと。ぼくもゼウスに話しておきたいことがあると言い、階層の合間に見てきた光景について説明を始めた。するとゼウスは驚いた表情でぼくを見ていた。なぜじゃというゼウスの呟きにぼくは首を傾げつつも、ぼくはゼウスからの言葉を待っていた。本当は今すぐにすべてを知りたいという衝動を抑え、まずは一個ずつ聞いていくことにした。まずは、あの場所にいた少女について。
「うぅむ。あの少女は自身のことをフェリヤと呼んでいた」
 ゼウスの口からフェリヤという名前が出たとき、ぼくの頭の中で何かが繋がったような気がした。それはぼくが冒険者ギルドに入る前に見たあの夢の中。あの声と同じ声を夢の中で聞いたことがあった。だけど、その夢の中ではフェリヤという名前は出てこないで代わりに耳障りなノイズが聞こえた。そこだけがザザザという音にかき消されていたような感覚に近かった。なんであんな夢を見たのだろうと新しい疑問が浮かんだけど、それよりもまだ気になることはあった。
 次に、そのフェリヤが白色で塗りつぶしたような牢屋のような場所にいたことについて尋ねると、ゼウスは難しい顔をしながら腕を組みなおした。
「……お主はフェリヤを見てどう思った?」
 単純な質問を投げかけてきた。ぼくは少し考えてから怖い存在かなと答えた。するとゼウスは大きく頷き「そうじゃ」と口を動かした。
「白く塗りつぶしたような牢屋という表現か……。あながち間違っておらん。あれはフェリヤを封じ込めていた牢屋じゃ。お主が見たあの光景を見ればわかるじゃろうて。あんな凄まじい力を持っている存在じゃ。放っておいたらこの世界はあっという間になくなってしまう」
 確かに山を真っ二つにしてしまったり、屈強なゼウスに突進を食らわせるなどやってることはかなり遊びとはかけ離れてしまっているし、ぼくでもフェリヤを放っておいてもいいなんて思わない。ぼくはゼウスにこくこくと頷いて気持ちを表すと、にっと笑い自身の髭をゆっくりと撫でながら続けた。
「それにな、最初からフェリヤは封印されていておったのじゃ。わしがいる前からずっとな。というのも、わしの前の神族がフェリヤを封印して以来、代々神族がその封印を守ってきたという流れなんじゃ。神族の圧倒的な魔力の前にフェリヤは一度は封印されたものの、その魔力に綻びが生じてしまい、今回のようなことが起こってしまったのじゃ。フェリヤ自身の力はそれはもう凄まじい。そして、遊びたいという欲求に抗えず暴れておる。そこでわしらは種族は違えど魔力を集めてフェリヤを封印しここ─白の塔と呼ばれる場所に封印を施したのじゃ。今のところの救いは、封印がまだ力を有しているのか、フェリヤ自身が暴れていないところじゃな。じゃが、それがいつまで耐えるかはわからん。お主にはなんとしてもフェリヤの封印を手伝ってほしい。この通りじゃ」
 ゼウスが両手を床について深く頭を下げた。最高神であるゼウスがそこまで頼み込むということは、よほど重要なことなのはわかったけど……なんだかとってもむず痒かった。ぼくは頭を上げてくださいというと、ゼウスは少し目を腫らしながら薄く笑った。
「……すまんの。わしらの力が及ばんばっかりにお主らに苦労をかけてしまうの。無事に終わったら……わしからなにかお礼を送ろうと思う。遠慮せずに受け取ってくれると嬉しいの」
 まるでおじいちゃんが孫にプレゼントを贈るかのような物言いに、ぼくの緊張感は少しだけ緩んだ。最後にゼウスはぼくをの頭を優しく撫でると、茶目っ気たっぷりににかっと笑いながら駒に戻っていった。ゼウスに撫でられた頭に残る温もりを感じ、ぼくは何が何でもフェリヤが解き放たれる前にこの騒動を止めることを心に誓った。
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