第二十六階層

文字数 2,981文字

 扉を開いた先は、まるで常夏のビーチだった。確かに部屋なのだが、その部屋全体がビーチになってしまったかのような錯覚に陥ったぼくは、何度も部屋を見回した。すると、片腕が異常に発達した少女に声をかけられ、はっとした。
「おいお前! なにか美味いもの持ってないか?」
 きらきらした目でぼくを見てくる少女─ノイレは、空腹なのか時々お腹をさすりながら尋ねてきた。ぼくは持ち合わせがないか鞄の中を探してみたけど、食料がないことを伝えるとノイレはがっかりしたように肩を落とした。
「そっかぁ。それは残念だぞ……」
 はぁと溜息を吐くノイレを察したのか、どこからともなく出店がぽんぽんと誕生した。お祭りとかにあるようなメニューではあったけど、それを見たノイレは「おーー!」と言いながら喜んだ。
「なぁなぁ。あれはなんだ? 美味そうな匂いがするけど食えるのか?」
 ぼくの袖を引っ張りながらノイレは聞いてきた。ぼくは頷くと、体全体で喜びを表現しながら出店に突撃していった。
「これもこれもくれーー!!」
 両手いっぱいに料理を抱えて戻ってきたノイレは、それを物凄い勢いで平らげるとまた次の出店へと走っていった。そういえば、ぼくもここに来てから何も食べていないことに気が付き、お腹がきゅーと鳴った。たまらずぼくも出店に向かい食事をすることにした。何にしようか悩んでいると、出店の店主から「おう兄ちゃん、美味いからこれ食ってけ」と言われ、次から次へと出来立ての料理を持たせてくれた。両手が塞がってしまい、どこかで落ち着ける場所がないか探していると、遠くでノイレが「こっちだーー」と言いながら走ってきた。
「お前! たっくさんあるなー! わたしのも分けるからそっちのも分けてくれー」
 ぼくは両手で運んでいたのを、ノイレは片手でひょいと担ぐように運んでいた。その様子にちょっと驚きながらも、ぼくは店主から貰った料理をノイレにいくつか分けた。
「本当にくれるのか?? お前、いい奴だなぁあー!」
 そういうとノイレは、早速料理を口にした。食べるもの食べるもの、全てがノイレの頬を緩ませ声にならない声を発生させていた。ぼくも一口料理を口に運ぶと、今までの疲れが吹き飛ぶかのような衝撃を受けた。お腹が空いていたのもあり、今まで以上にその衝撃を強く感じた。ぼくとノイレで食事をしていると、ふとノイレが手を止めた。
「わたし、今までこうして食べたことがなかったんだが……なんか、いいな。誰かと食べるって嬉しいし、なんだかあったかいな」
 うひひと笑いながらノイレは新しい料理に手を伸ばし、口に含んでは「ん-!」と嬉しい声を上げて喜んでいた。誰かと食事をするってこんなにも嬉しいことなんだと、改めて思ったぼくはノイレに感謝をすると、ノイレは急に照れだして首を横にぶんぶんと振った。
「そ……そそそそんなこというなよ……。なんだか恥ずかしいぞ」
 予想外の発言だったのか、ノイレは赤面してしまいしばらく動けないでいた。

 ようやく落ち着いたノイレは、一緒にご飯を食べてくれてありがとうと言うと次の部屋へと続く扉を開けてくれた。あ、そうか。ここって塔の中だったんだと思い直すと、ノイレは満面の笑顔を浮かべながら「また一緒に食おうな!」と言いながら見送ってくれた。ぼくは力強く頷いて振り返らずに進んでいると、遠くで何か悲しい音が聞こえたような気がした。

 次の部屋には着物を着た女性が煙管を吹かして座って待っていた。何かの資料で読んだことがあったけど……なんだっけ……花魁……っていうんだっけ?
 薄紫色の髪から生えた立派な角、角と同色の尾がだらりとしていて如何に落ち着いているのかがわかった。ぼくが入ってきても悠然と構えるその姿にぼくはただならぬ雰囲気を感じていたのだけど、その女性がぼくに気が付くと「あぁ、悪いね」と言いながら煙管に溜まっていた灰をコトンと落とした。
「そんなしけた顔してどうしたんだい。悩みがあるならお姉さんに話してごらんよ」
 戦う素振りを見せないことに違和感を感じつつも、ぼくはゆっくりと女性に近付いた。罠がないかと勘繰っていると、女性は急に声を張って笑い出した。
「そんなに用心しなくても何もしやしないさ。あたしはただあんたの悩みを聞きたいだけさね」
 女性がまた煙管を吹かすと、その煙から龍が現れぼくを一瞬ぎろりと睨んだ。
「大丈夫だよ。こいつは顔はこわいけど悪さするやつじゃないさ。自己紹介が遅れたね。あたしは静音。悪事が許せないしがない遊び人さ」
 静音と名乗った女性は、また煙管を置いて話を聞く体勢になった。ぼくはしばらく悩んだ後、今この間にも友人が戦っているのに、ぼくはこの塔を上っていていいのかと静音さんに聞いてみた。もちろん、今やっていることが嫌というわけじゃない。けど、みんなが戦っているのに、ぼくはこうしていていいのだろうかと……。すると、静音さんはうんと頷いてからぼくの目を真っすぐに見た。
「……あんた。相当辛いんじゃないかい」
 静かにそう言われ、ぼくはどきっとした。まるでぼくの心を見透かしたかのように、的確にぼくの胸にぐさりと刺さる。
「でもね、これはあんたにしかできないことなんだ。だからこそ、辛いっていうのもわかるよ。あたしも同じような経験があるからわかるよ」
 静音さんの穏やかな海のような言葉は、ぼくの心に染みこんでいき自分でも気が付かないうちに涙を流していたみたい。静音さんがぼくの涙をそっと拭うとふっと笑いながら頭を撫でた。
「ここまで頑張ったんだ。偉いよあんた。あともうひと踏ん張りってところまで来てるんだ。仲間を信じて、あんたにしかできないことをやり遂げるんだよ。大丈夫。この静音が言うんだ。間違いないよ」
 静音さんはぼくを優しくなだめる様に言いながら、頭を撫で続けていた。そしてぼくは、抑えられなくなり大声で泣いた。

                辛かった
                怖かった

            申し訳ない気持ちでいっぱいだった

         ごめんなさい  ごめんなさい ごめんなさい

          こんな情けないぼくで本当にごめんなさい

 子供のように泣きじゃくるぼくを、静音さんは子供をあやすようにぼくの背中をさすってくれた。優しく、慈しみを感じるその手にぼくは涙が止まらなかった。止めようと抑えるけど、静音さんは「全部吐き出すんだよ」と小声で言い、ぼくの辛かったことを全部受け止めてくれた。

「もう大丈夫かい」
 ひとしきり泣いたぼくは、なんとなく心がすっきりした感じがした。もう大丈夫と言い、静音さんに感謝をすると「いいってことよ」と嬉しそうに微笑んだ。
「また何か困ったことがあったらお姉さんに言いな。それなりに顔は広い方だからね」
 と言いながら、何かを投げてよこした。落とさないように受け取るとそこには静音さんが描かれた駒だった。
「困ったことがあったら迷わず呼びな。お天道様が許しても、あたしは許さないからね」
 煙管で切る真似をしながら言う静音さんは、どこか楽しそうだった。何度もお礼をして次の階層へ向かうとき、やっぱり悲しい音が部屋から聞こえ、ぼくはたまらず踊り場でまた泣いてしまった。静音さんの手の温もりがその悲しさを助長させていたのかもしれない。
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