文字数 2,293文字

 食事を終え、食堂に残ったぼくたちは各自が体験した話を始めた。ティミルは冥界という世界に行き三途の川を渡ったり、仕事に追われているオルプネーという女性のお手伝いをしたり冥界の王ハデスと対決したりとハラハラドキドキでいっぱいだったと嬉しそうに話してくれた。
 ナギールは熱い竜の世界で英雄になりたいという少年エルケスに出会い、困っているドラゴニュート族のウィルとルゥを救うため大会に参加して喜んでいると、そこに巨大な竜バハムートが現れて力を示したと動作を交えながら話してくれた。二人の話はどれも心が躍りぼくも冥界や竜の世界に行ってみたいと思ったくらいだ。とそこへ、食堂のおばちゃんが温かいお茶をぼくたちのテーブルにそっと置いてくれた。小さくウインクしながらキッチンへ戻ると、おばちゃんは朝食の仕込みを始めた。
「あー。話しても話しても尽きないわぁ!」
「そうだな。こんなに話してもまだまだ物足りねぇんだもん」
 お茶をすすりながら二人ははしゃいでいた。その二人の笑顔はとてもまぶしく映ったぼくは、無意識のうちに涙を流していた。
「お……おい。どうした。なにかあったのか」
 ナギールの言葉にはっとしたぼくは、涙を拭い首を横に振った。けれど、二人はそれを許してくれなかった。
「あんたが泣くって相当なことなんだからね。この際だから、あなたが体験したことも全部話してもらうわよ」
「お前だけ話さないという選択肢はないから覚悟しておけよ!」
 二人の圧に推されながら、ぼくは一呼吸置いてから神の世界で体験したことを話した。

 どこへ向かえばいいかわからないときに現れた七色の弓矢に導かれ、そこで出会った森を愛する狩人ウルという青年に出会った。ウルに事情を説明をすると、巨大な宮殿の中にいる人物に話をしてみるといいと言われ、案内はウルから双子のフギンとムニンへと変わり宮殿の中へと入った。一緒にきていたアズリエルを途中残してしまったこと、探している最中に出会った最高神ゼウス。そのゼウスの手によりアズリエルは確保されてしまい、アズリエルを助けることに意識を向けて戦ったこと。そして、勝利の際はゼウスからお詫びとしてアズリエルに魔法をかけてくれた。その魔法というのが、骨三郎を叩くと各属性に変わることができるんだとか。こうして手に入れた力を持って神の世界から帰還して、そのまま白の塔へと向かった。
 白の塔の中はとても不気味で異質で、無さえ感じた。塔の中ではアメリアさんが言っていた

という存在と戦い、勝利するとあちこちで猛威を暴れていた機械人形へと変わったことを話した。
 ただ全部が襲ってくる存在ではなく、中には話をするだけの存在や悩みを聞いてくれる存在もあった。そういった部分も含めて

と思うと納得がいった。特に強くそう感じたのは静音さんに悩みを打ち明けたときだった。自分は力不足でみんなの足を引っ張ってしまっていると思っていること、こうしている間にもみんなに何かがあったらどうしようと思っていたこと、そう思うととても辛かったと感じていると打ち明けたとき、静音さんは勇気づけてくれた。そのときの静音さんの優しさは機械人形とはとても思えないくらいに柔らかく温かかった。困ったらいつでも相談しなと言われて次の階層へと向かうときのあの音はどうしても我慢ができずに更に泣いてしまったこと。途中、心核の守護者という人物と話をして、白の塔で封印されていた少女フェリヤを開放。心核の守護者は去り際に、フェリヤにたくさんの世界を見せてあげてくださいと託されたことを話すと、二人は何かを堪えているように肩を震わせていた。
「そう……そうだったのね。あなたもつらかったのね……」
「すまねぇ。でも、こうしておれたちは無事だったんだし……な?」
 泣きそうになるティミルをナギールがフォローをしていた。それに小さいながらも頷いて答えたティミルの目にはうっすら涙が浮かんでいた。

「それで。お前はこれからどうするんだ?」
 ティミルが落ち着いたのを見計らってナギールがぼくに聞いた。正直、ぼくはどうしたらいいのか迷っていた。確かにフェリヤに色々な世界を見てほしいという気持ちもあるけど、その方法がわからなかった。ぼくが唸り声をあげて悩んでいると、新しいお茶を持ってきてくれたおばちゃんが一言。
「だったら、あんたもほかの世界に行ってみればいいんだよ。ナギールやティミルが行ったあんたの知らない世界にさ。そうしたら、この子だって喜ぶだろうよ。な、フェリヤちゃん」
 ぼくの膝の上ですやすや寝息を立てているフェリヤの頭にそっと手を乗せたおばちゃんの顔はとても柔らかい笑顔だった。そうか。そうすればいいのか。ぼくの知らない世界はフェリヤにとても知らない世界でもあるわけだから……。そうと決まれば準備をして行こうとすると、二人から「待った」がかかった。
「そこは」
「おれたちも」
「「一緒でしょ?」」
 楽しい冒険をみすみす独り占めさせるわけないだろとナギールが悪戯に満ちた顔で笑った。ティミルもそれに近い顔で笑った……ように見えた。
「行くにしても、今日はもう遅いから明日にしましょ」
「そうだな。冒険は逃げも隠れもしないってな」
 こうしてぼくたちは集合場所を決めてから、各部屋へと帰っていった。その間、フェリヤはよっぽど疲れていたのか一回も覚まさずに部屋に到着した。フェリヤを起こさないようベッドに寝かせると、ぼくは机の上に突っ伏して寝ることにした。明日から始まる三人の冒険に胸を躍らせながら、ぼくは深い闇に手招きされていった。
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