文字数 3,028文字

「もちろん出る!!」
 エルケスの答えはおれの思った通りだった。理由はいつものことだった。
「これで優勝すれば、オレは英雄になれるんだよな」
「またそんなこと言って」
 背中をばちんと叩く母親の顔は、そうはいってもどこか嬉しそうに見えたのはおれだけだろうか。親子のやりとりを見たウィルとルゥは何度も頭を下げてお礼を言った。なんというか、ここまで関わっておいて見捨てるわけにはいかないしな。おれはエルケスの母親と村にいる人たちに別れを告げて、ウィルとルゥの住んでいる村まで移動を開始した。

 移動といってもそんなに時間がかかるものではなく、徒歩で数十分の距離だった。意外に近いということにおれとエルケスは驚いていた。道中、エルケスは二人とすっかり意気投合しお互いの笑顔が見れるほどにまでなっていた。話も盛り上がってきたところで、ウィルとルゥの足は止まり視線をまっすぐに向けた。その先には二人の住んでいる村……と、異様に大きな建物が見えた。
「ここがぼくたちの村です。村自体はあまり大きくないですが……」
「おお! でっけぇ! なぁなぁ、ウィル。あのでっかいのなんだ?」
 ウィルの話を遮ってエルケスが村の奥に見える建物を指さして声を上げた。見たことのない建物に興奮しているエルケスを落ち着かせてから、おれからも改めてあの建物はなにかと尋ねた。
「あれは闘技場という施設です。さきほどお話した会場でもあります。普段は集会所として使うのですが、本来の目的はあの施設内で戦闘を行うことなんです」
「ちなみに、あの施設の管理者がウィルのお父様ということなの。ちょっと厳しいことで有名なんだけど……あのときの優しいお父様は一体どこへいってしまったのかしら……」
 ルゥの最後の言葉が少し気になったけど、今は下見も兼ねてその闘技場を見せてもらうことにした。中に入るのは許可が必要とのことなので、今は周りをぐるりと見た。いくつかの入り口と天井のない円形をしたものとしか今の段階では言えないけど、結構な人数を収容ができそうな印象を受けた。見終えたあと、ウィルとルゥにお礼を言い、今度はここを管理しているウィルの父親に挨拶をすることになった。気乗りしないウィルのあとについていき、扉の前で立ち止まった。ウィルは口にはしていないけど、その雰囲気からして「中に入りたくない」と言っているようだった。おれはウィルに小さく頷き、ノックをして中からの反応を確認をしてから扉の取っ手を引いた。
「おや。客人とは珍しい。ささ、どうぞおかけになってください」
 やたら腰の低い竜人が何度も頭をぺこぺこ。そして偽りの笑顔を張り付けたかのようなにこにこ顔でおれとエルケスを迎えた。
「客人、それも人間がこちらへやってくるとは……何十年ぶりでしょうか。いや何百年かな?」
 おれのような人間が嬉しかったのか、前にここへ訪ねてきた人間のことを聞いてもいないのに、べらべらと話し始める竜人におれは少しずつ苛立ちを覚えてきた。だけど、扉の近くにウィルやルゥたちがいる手前、大きな声を張り上げることはできなかった。おれは気持ちを落ち着かせ適当に話を聞き流しつつ、頃合いを見計らってあの闘技場のことについて聞いてみた。
「おお。闘技場にご興味を。いやはや、大変お目が高い方でいらっしゃる。今度、あの闘技場で催しがあるのですけど……あなたのような方が参加していただけると嬉しいのですが……」
 話が早くて助かった。おれはすぐに首を縦に動かして参加する意思を伝えると、ぱぁっと顔に光が灯ったかのように笑った。またそこでも何かついて話していたけど、おれの耳には入っていなかった。その竜人は引き出しから書類を取り出し、おれとエルケスの前に出した。
「これが参加表明書です。読んでいただき、確認ができましたらサインをお願いします」
 一通りルールが書かれているようだけど、おれには全く読めなかった。まぁ、正々堂々と戦えばいってことなんだろうけど。おれはさらさらと自分の名前を書いて竜人に手渡した。遅れてエルケスも自分の名前を書いて書類を提出した。おれとエルケスの名前を確認した竜人はにんまりしながら書類を引き出しにしまい、代わりに参加日時と集合場所が書かれた案内状を受け取った。
「はい。これで手続きは完了です。案内状に書かれている日時にお越しくださいませ」
 終始嘘くさい笑顔だった竜人。そもそも名乗りすらしないということにも腹が立った。それらが重なり極めつけはあの嘘くさい最上級の笑顔だ。おれは正直ムカムカしていた。なんかうまく言えないけど、都合のいいように物事を捉えそうな考えをしてそうだなと思った。それに対し、エルケスはあの大きな闘技場で戦えるということがわかると、その竜人に何ともお礼を言っていた。純粋な気持ちがあっていいことだけど、本当にそれでいいのかと言いそうになるのをぐっと堪えておれとエルケスは部屋を後にした。
 おれは声に出したい衝動を我慢していたが、外の空気に触れた瞬間に気持ちが緩みもう堪えることができずに大声を出した。幸い、おれたちしかいなかったがエルケスたちは体をびくっと震わせた。
「ええっ!? な、何か言われたのですか?」
「に、兄ちゃん???」
「ちょっ! びっくりした!」
 みんなには悪いけど、ここで声を出しておかないときっと自我を保つことができない。そんな気がしておれは思い切り声を出したのだ。そりゃ何も聞いてないみんなからすれば驚くよな。おれは大きく息を吐き、なんでおれがあんな大声を出した理由を説明した。すると、ウィルとルゥは「やっぱり」と言った顔、エルケスは頭の上に「?」がいくつも浮かんでいるような顔をしていた。特にウィルは自分の父親ということもあってか、おれが怒っている理由とウィルが思っていることが一致しているのであった。それに、ウィルはあまり言いたくなさそうな面持ちのまま口を開いた。
「あれは客人にいい顔をしようとするときの顔なんです。本当はもっとどす黒い何かに染まったような顔をしているので……ぼくはそんなお父様が……大嫌いなんです」
「ウィル……」
 ウィルの父さんを悪く言いたくはないけど、今だけ言っても許されるなら「あれはちょっと異常なほど」だと言いたかった。べたべたとしたものがまとわりついているようなあの感覚は、いくらウィルの父さんとはいえ、異質だった。
「だから……なのかもしれません。そんなお父様をやっつけたいという思いがあったから、闘技場に参加しようと思ったのは……。お父様はいつもぼくを見下していて、蔑むように言うんです。だから……悔しくて……」
「ウィル……」
 ……。だったら簡単なことだ。あの闘技場に参加する以上、大暴れすればいいってことだろ。そうと分かれば開催期間まで時間がある。おれはウィルとエルケスを連れて村の外へと出かけた。ルゥも行きたいと言ったが、危険な目にあうことが十分に考えられたので拒否した。しゅんとした表情になるルゥに、おれは膝を折ってルゥと同じ目線になって安心しろと一言だけ言い、頭を撫でた。
「……わかった。でも、無理はしないで」
 涙声になりながらのお願い、聞かないわけないだろ。おれは大きく頷きルゥと約束した。
「兄ちゃん。行こうぜ」
 エルケスはすっかりやる気になり、先頭に立って今にも走り出しそうな勢いだった。おれもそれに応じ、引き締まった表情のウィルと一緒にあとを追いかけた。
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