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 ウキウキした気持ちのままギルドに戻ると、受付には既にたくさんの冒険者が集まっていた。その中にはナギールもいて、ぼくに気が付くと「早く準備しろよ」と身振りをした。ぼくは小さく頷いてすぐに自室に戻り、実戦用の板を持ってギルド受付まで走った。
 「よう。遅かったな。どこか行ってたのか?」
 小声の問いかけに、ぼくは頷くと「危なかったな。もう少しで受付が終わるところだったぜ」と声を震わせていた。早めに戻ったつもりだったけど、現地では予想以上に人数が集まり予定時間よりも早めに出発することが急遽決まったらしい。
「でもまぁ、間に合ったんだし良かったな」
 腕を組みなおすのと同時に、ギルドの受付からアメリアさんが出てきた。そのきりりとした姿を見た冒険者は一瞬で気を引き締め、姿勢を正した。ぼくも背筋をぴんと伸ばして待機した。
「冒険者諸君。急な時間変更をしてしまい、申し訳ない。では、さっそくだがこれから実地訓練へと向かう。各自、編成済みのデッキを所持し、ついてこい」
そう言ってアメリアさんは踵を返すと、やや大股で歩き出した。それに続くようにほかの冒険者も小走りでついていく。ぼくも遅れないようについていくと、ナギールは口笛を吹きながらぼくの後ろを歩いた。
「実地かぁ……対人はお前と戦ってからはやってないからな。どんな感じになるのかちょっと楽しみだ。修練場で手に入れた駒もばっちり入ってるし、いつでも戦えるぜ」
 ナギールは今回編成したデッキは力作だと胸を張っていた。ぼくは……卒なくこなせるような編成にしたかな。それなりに戦えるようにはしてあるけど、まだ試してはいないことが少しだけ不安だった。ナギールは「お前なら大丈夫だ」とぼくの背中を強めに叩いた。背中から伝わるびりびりとした痛みの中にあるナギールの優しさが何とも嬉しかった。

「ようし到着だ。今日はここで実地訓練をする」
 アメリアさんが立ち止まった場所は、周りに障害物などが一切ない広場だった。どよめきが起こる中、アメリアさんはまったく気にしない様子で次の指示を出した。
「適当に二人一組になれ。そして全員が準備できるまで待機だ」
 アメリアさんが一人ずつ組み合わせをしていく中、ついにぼくの対戦相手が決まった。栗色の髪にきりりとした目元が印象的な女性だった。その女性はぼくと目が合うと「よろしくね」と言い、すぐに板を取り出して戦闘の準備に取り掛かっていた。ぼくも慌てて鞄から板を取り出し準備を整えた。
「よし。これで全員組み終えたな。よし、お互いの準備ができたら戦闘を始めてくれ。あ、そうそう。これを使うのを忘れていた」
 アメリアさんは腰のポケットから何かを取り出し、それを勢いよく地面に叩きつけた。すると、中から煙が発生し参加者全員を包み込んでいった。
「この煙の中なら思う存分戦っても周りに被害が出ないからな。どちらかが降参するまでとことん戦ってみるんだ。全員戦い終われば自動で消えるから安心しろ」
 その言葉が聞こえなくなるのと同時、さっき組んだ女性がぼくの目に前に立ち挨拶をした。ぼくもそれに倣い挨拶をすると、互いに板を構えて戦闘態勢に入った。

「いくわよ! 出てきなさい! サキュバス!!」
 女性が放った一枚は、確か最初にパートナーを選ぶときにいた女性……。サキュバスと呼ばれた頭に角の生えた女性がウインクをすると、ぼくの体が少し重くなりいつも通りの攻撃ができなくなってしまった。あのサキュバスが場にいる限りはこの状態のまま戦わなきゃいけないのかと思うと、ぼくの額から冷や汗がたらりと流れた。ぼくは手駒から一枚を選び彼女に向けて投げた。現れたのは、この前ナギールが修練場で獲得した女性─祝融だ。祝融は現れてすぐに火炎を纏った投擲武器を女性に向けて操ると、女性は避けることができずに被弾した。投擲武器をキャッチした祝融は、体に力が入らないことに気付きその原因を睨みつけると再び投擲武器を構えた。それに気付いた女性は落ち着いた様子で一枚投げると、中からは何も出ずに終わった。
 何も出てこないことに違和感を感じながらも、ぼくは体の重さを取り除こうとサキュバスに攻撃をしかけようとフェアリーフェンサーを展開した。すると、さっきまで何も変化のなかった駒から顔のついた球体に乗ったピエロのような人物が現れ、けらけらと笑った。
「あら☆あら♪ ざん☆ねん♪」
 そのピエロはフェアリーフェンサーの魔力を正面から受けると、その魔力を自身の中で増幅させ跳ね返してきた。思わぬ反撃にぼくは動揺を隠せなかった。
「ただ真正面から戦うのんじゃないの。時には相手の力を利用した戦い方もあるのよ」
女性は次の駒を準備し、場に放つと先程と同じく何も現れずに終わった。今度も罠かとぼくは警戒をしながら、手駒を見る。さっきみたいに魔法攻撃で来るものなのか、それとも違うのか……ぼくは悩んだ結果、竜族の少女─アルンを選び場に放った。アルンは元気よく現れ豪快に竜の鱗でできた太刀を振るうとさっきのピエロをいとも簡単に吹き飛ばしてしまった。その激しい太刀筋は地面に大きな溝を作るほどのもので、正面から受ければかなり深手を負ってしまうものであるのだとすぐにわかる。攻撃は成功したが、さっきの駒は……確認をすると発動はしてないらしくまだ伏せたままの状態だった。発動しなくてよかったとほっとしていると、女性はちょっとだけ悔しそうな顔をし、すぐに次の駒を投げてきた。
「これはどうかしら!」
 また一枚、何も現れない駒が置かれ更に戦況はまずい状況になってきた。もし、これで両方を発動させてしまったら、ぼくに勝ち目がないのはなんとなくわかっている。だけど、これらを発動せずに立ち向かう自信はぼくには……。どうしたら……。
「さぁ、あなたの番よ。この罠をよめるかしら?」
 ぼくはいちかばちか、さっき置かれた駒を消すように弓矢を構えた少年─オキクルミを発動させた。勢い良く引き絞られた弓矢が空を切り女性を目掛けて飛んでいったのだが、そこで発動されたのは赤色の体に槍を持った悪魔だった。その悪魔はケケケと笑い女性が受けたダメージのいくらかをぼくに返してきた。そしてオキクルミには吹雪による追加の魔法攻撃もあるのだが、その吹雪に対して更にもう一枚が表になる。
「あらあら。調子にのっちゃだめよ?」
 ドレスを着た半透明の女性がくすくすと笑いながら、オキクルミの吹雪魔法を受け増幅させて跳ね返してきた。ぼくの判断は自分を窮地に追い込むだけになってしまい、一気に敗北色が濃厚となってきた。
「ひっくり返されて発動するものもあるのよ。じゃあ、この罠で終わらせてあげるわ!」
 場には新しい駒が設置され、これもまた伏せられた状態だった。これもさっきみたいに発動されたら……だけど、負けるわけにはいかないんだ。ぼくの手番となり、配られた手駒を見て少し考えた。これは……。
「さぁ、この状況をひっくり返してごらんなさいな!」
 女性は腕を組みながらぼくを見ていた。この状況は確かにまずい。これが発動したら負けてしまうのはわかってる。でも、もうこれしかないんだ。お願い、ぼくに力を貸して!!
「おーっほっほっほ! わたくしのグアトリガは無敵ですのよ!!」
「おれの力を貸すぜ!! ぶっ飛ばしてこい!!」
 一か所だけ。一か所だけこのコンビネーションが成立する箇所があった。このコンビネーションでどこまでいけるかわからない。けど、いかなよりはましだと思ったぼくは最後の望みを豪華な馬車に乗った女王─ヴィクトリアに託した。そのヴィクトリアはオキクルミの声援を受け、加速。金色の装飾を身に着けた二頭の馬は止まる気配はなく、そのまま女性に向かって爆進を続けた。
「え、ええええ!! ちょ、ちょっと!!! と……止まってぇええ!! いやぁああ!!」
 やがてせまりくる馬車に驚いた女性は涙目のまま直撃し、きれいな放物線を描いて飛んで行った。その放物線の先は草が深く生い茂った場所が幸いし、衝撃をうまく吸収し大事には至らなかった。それと……ちょっと言いにくいんだけど……この勝負はぼくの勝ち……ですよね?
「あ……あぁあ……もう……負けちゃったぁ……最後の罠、発動すればわたしの勝ちだったのに」
 ぼくは女性が飛ばされた場所に駆け寄り、どこか痛む箇所はないか尋ねた。すると女性は首を横に振り、大丈夫と笑顔で答えてくれた。ヴィクトリア……出番が嬉しいからってあんなにはりきることないじゃないか……。ぼくは女性に手を差し出すと、女性はそれを掴みゆっくりと立ち上がった。
「あぁ。いい勝負だったわね。また今度対戦、お願いしちゃおうかしら」
 えへへと笑ったかと思えば突然、女性が「あ」と大きな声を出して何事か尋ねると、その女性は姿勢を正してぼくを真っ直ぐ見ながら自己紹介をした。
「まだ名乗ってなかったわよね。わたしはティミル。最初のパートナーはサキュバスよ! よろしくね」
 ティミルと名乗った女性が手を差し出すと、今度はぼくがその手をぎゅっと握り返す。ぼくが笑うとつられてティミルも笑った。そこでぼくは気が付いた。戦った場所から大きく離れていることに。急いでさっき戦った場所まで戻ると、ちょうどそこで煙が薄れていった。苦しそうに走るティミルが到着するのと同時に煙は完全に晴れたということは、全員勝敗が決したことを意味していた。
「そこまでだ! 全員よくやった。勝っても負けてもこれは訓練にすぎない。だが、勝ったものはこれに満足せず、負けたものは敗因をしっかりとおさえて次回に生かすように! では、解散!」
 アメリアさんが解散を告げると、参加者一同どっとその場に倒れこんだ。緊張感から解放されたと言ったらわかりやすいだろうか。今までは魔物としか対峙したことがなかった人にとっては相当緊張感のあるものだったと思う。実際、ぼくも緊張感はすごく感じていたし、相手との読みあいも重要だということはよくわかった。勝ったけど、ぼくももっと上手くならないとというのが正直な感想だった。とそこへ、遠くから聞き覚えのある声が聞こえ、振り返ってみるとそこには嬉しそうに笑いながら手を振ってこっちへ向かってくるナギールだった。
「おーい! どうだったー? ってあれ? この方は??」
 模擬戦闘は、ナギールの顔を見れば一目瞭然だった。きっと良い結果だったのだろう。ナギールが不思議そうな顔でぼくを見つめている間、ティミルはナギールに簡単な自己紹介をした。
「へぇ、ティミルさんか。よろしく! おれはナギール。こいつとは初日に会ってからの友人で」
「ティミルでいいわ。その……さん付けで呼ばれるの慣れてないから」
「あ……ああ。わかった。じゃあ、ティミル」
 こうしてぼくとナギール、そしてティミルは互いの戦略について話しながらギルドへ向かって歩きだした。ナギールは力で押し切る、それに対してティミルはそれを利用して戦う。ぼくは駒との連携を上手に使いながらと各自選んだ属性によって考え方は様々だった。特にナギールとティミルは最後の最後まで自分が選んだ属性が如何に優秀かを言い争っていた。
「それをやられる前に火力で押し切るんだよ!」
「そんなことさせるものですか! 手駒を操ってやりますよ!」
「んなーー!!」
 初めて顔を合わせたとは思えない位、もう打ち解けている様子にぼくはこれもきっと何かの縁だなと思った。あの時、美術館で会ったマルバスが言っていたあの言葉の意味がここにきて理解ができた。
 またひとつ、言葉では言い表せない何かを手に入れることができたぼくは、まだ言い争っている二人に晩御飯について提案してみた。すると二人の言い争いはぴたりと止み、すんなり受け入れてくれた。ちょっと恥ずかしそうな顔をしながら……だけど。
「お……お前がそう言うなら……」
「そう……ね。お腹が減っては……って言うし……」
 そうと決まると、ぼくは二人の手を引いてギルド内にある食堂へと向かって走り出した。二人は叫びながらもどこか楽しそうに走ると、最後は笑いながら駆けていた。二人の心から弾んだ声にぼくの心は更に弾み、明日からの任務がまた楽しみなものへと変わっていった。
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