幕間

文字数 2,136文字

 ぼくは目的地を正面にしながら走っていた。とにもかくにも、急いであの白い建物─塔へと行かないといけない衝動に駆られていた。みんながこっちを守ってくれているのに、ぼくだけが何もできませんでしたなんて……そんなのは嫌だから。上下に激しく揺れる視界もそのままに、乱れる息もそのままにぼくは走り続けた。
 走っている最中、ぼくはふとゼウスが話していた内容が頭をよぎった。ぼくが証を欲しているというと、あんなにぷりぷりしていたゼウスは態度を一変させてすぐに証を手渡してくれた。その理由をゼウスは難しい顔をしながら話してくれた。

「あれはそうじゃな……お主たちが生まれるもっと前の話じゃ。この世界は三つに分かたれておる。一つ目は妖魔や魔族が巣食う冥府の世界である魔、二つ目は竜族の世界である竜、そして三つ目がここ、神や妖精、精霊などが住まう世界の神じゃ。互いに世界の状況を報告しあう程度の付き合いだったんじゃ。
 ある日、定期報告を終えて散歩をしようとして外に出てしばらく、突然大きな音と共に少女が現れたんじゃ。その少女は大きな声で泣きじゃくっておってな。わし等はどうしたもんかと頭を悩ませておったんじゃ。とりあえず、泣き止むまで待ってから話をしようと決め、その場で待つことにしたんじゃ。どれだけの時間待ったかももう忘れてしもうたが、さっきまで泣きじゃくっていた少女はぴたっと泣き止んでな。ようやく泣き止んだとほっとしていたわしの顔を見て少女はこう言った」

─ねぇ。あそんでいい?

「わしは思い切り遊ぶといいと言うと、その少女は何度も小さく跳ねて喜んでおったのを今でも覚えとる。じゃがな……その少女は跳ねて喜んだかと思えば、背中から大きな羽を生やして空を飛んで目につくものすべてを破壊していったんじゃ」
 そのときの光景が目に浮かんだのか、ゼウスは小さく体を震わせると「いかんいかん」と言い、頭を振った。呼吸を整えてからゼウスは話を続けてくれた。
「その少女は笑いながら空を飛び、歓喜の声を上げながら山々を壊し、小躍りしながら大地を崩していった。遊ぶというにはちと過ぎていると思い、わしは緊急招集をかけた。それは神の世界のみならず、魔や竜の世界と全世界に招集をかけこの少女を止めることを決めた。招集をかけて間もなく、神、魔、竜の順に応じてくれた者に今の状況をかいつまんで説明。なんとしてもあの少女を止めることを最優先にしてくれと……。返事をするかわりに皆その少女の無力化へと向かって行ってくれた」

─あははっ! あそんでくれるの?? うれしい!! ねぇ、もっともっとあそぼうよ!

「少女の頭の中では、わしたちは遊んでくれる存在となっているようでな。こちらが少女の無力化に努めようとしても、少女は面白がって制御の利かない力で次々と招集に応じてくれた者を無力化してしまったんじゃ。無邪気とは……なんとも恐ろしいものじゃ……。気が付いたときには駆け付けた半数以上はやられてしもうてな、次の招集で応じてくれるかどうかもちと微妙でな。こうなったらわしらで食い止めるしかないと思い、魔からハデス、竜からバハムートを呼び出し彼女の無邪気の塊である心を奪うことにしたんじゃ。わしは少女の『視的好奇心』、ハデスは『知的好奇心』、バハムートは『動的好奇心』を結晶化させ、少女を無力化させることに成功。やがて暴れまわっていた少女はまるで睡魔に襲われたかのように大人しくなり、規則正しい寝息を立てて寝始めたんじゃ。少女が遊んだあとの修復もあるが、今はこの少女を封印させることを優先させ、我々の力を込めた建物─白の塔に封印をしたんじゃ。そして、各自が無邪気な心を管理し、あのような出来事が起きないよう厳重に保管しておったんじゃが……その塊が何者かによって盗まれ、今、あの少女は再び目を覚まそうとしているんじゃ。もし、あの少女が目覚めてしまったらこの世界……いや、わしらの存在はなくなってしまうと言ってもいい位な被害が出てしまう。そうならないためにも、お主の力を貸してはくれないか……?」
 ゼウスはぼくの肩に両手を置き、小刻みに体を震わせ、まっすぐにぼくを見るその瞳には涙を浮かべていた。ぼくはゼウスのお願いに力強く頷き協力することを約束した。ぼくだってまだ知らないことがたくさんある世界を壊されたら嫌だ。
「そうか……その……悪かったの。さっきはお主の話を聞かないで……」
 ぼくは首を横に振り、ゼウスから白の塔の扉を開ける鍵である証を受け取ると、すぐに元にいた世界へ帰還する準備をした。その道すがら、ゼウスはぼくにこう言った。
「お主の世界もこっちの世界も、みぃんな任せてちょうだい! ちょちょっとやっつけちゃうから♪」
 茶目っ気たっぷりに言うゼウスに、ぼくはくすっと笑った。そのお陰か、さっきまで感じていた緊張感は少し緩み代わりにやる気へとなった。そのやる気はぼくに走り続けることが可能な持久力となり、冒険者ギルドから白の塔までへと立ち止まることなく走り続けた。ゼウスもお手上げなこの状況を、果たしてぼくが打ち勝つことができるのか不安で一杯だけど……今は、できることをやるしかない。だから、みんな。少しの間持ちこたえていて……!!
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