第三十五階層

文字数 3,375文字

 守護者が用意してくれた階段を使って、あっという間に三十五階層まで到着したのはいいけど……この先に本当にフェリヤがいるのか、はたまた魔法人形が待ち構えているのかはわからない。でも、ここで足踏みしている場合はではないと決心し扉をゆっくりと開けた。その先には美しい銀色の髪をした剣士─ジークフリートが戦闘態勢で待ち構えていた。ぼくは慌ててデッキを取り出そうとしたとき、どこからか少女の声が聞こえた。
「まって。そのひとはフェリヤのおともだちなの。てをださないで」
 どこかで聞いたことのある声が響くと、ジークフリートはあっという間に機械人形へと変化し無機質な音をたてて崩れた。背後から足音が聞こえ、ぼくは振り返る。そこにはあの記憶の中に出てきた少女とはまるで別人の少女─フェリヤがいた。そして、その背後には神の守護者をはじめ魔と竜、さらには見たことのない守護者も一緒だった。

─おうおう。お前か。フェリヤのダチっていうのは。
─言葉が汚いですよ。もっと綺麗な言葉を選びなさい。
─こらこら。喧嘩はだめですよ。

 竜の守護者はちょっと荒っぽい口調で、魔の守護者は神の守護者と似ていて穏やかな口調。最後の守護者はまるで母親のような丸みをもった口調だった。ぼくはその守護者に尋ねると、その守護者は「これは大変失礼しました」と深々とお辞儀をした後、簡単な自己紹介をしてくれた。

─初めまして。わたしはこの子たちを束ねているものです。お見知りおきを。

 すごく丁寧な口調での挨拶に、ぼくが呆気に取られているとフェリヤはとてとてと走りぼくの腕をぎゅっと掴みながらにこっと笑った。
「フェリヤ、ずっとあなたをまってたの。ねぇねぇ、あなたはどんなことをおしえてくれるの?」
 フェリヤの目はきらきらと輝いていて、わくわくが抑えきれないといった様子だった。でも、これだと危険なのではないかとぼくが考えていると、みんなを束ねている守護者がゆっくりと首を横に動かした。

─もうそのようなことは起きませんわ。なぜなら、あなたがここにいるのだもの

 ぼくがいるから……? たったそれだけのことで防げるのか疑問だったけど、守護者はぼくの胸元を指さした。何かと思い探してみると、ゼウスからもらった神の証だった。

─それを手にしているということは、この子を任せてもよいということです。これでこの子の知的探求心は制御を得たのです。完全な形としてね。

 完全な形? またぼくが首を傾げると、今度は魔の守護者が一歩前に出て簡単に説明をしてくれた。

─完全な形というと語弊があるかもしれないけれど、端的に言えば抑制が効くようになったということ。今までは何に対しても考えなしに突っ込んでいたけれど、それを得たことにより自分で考えながら行動ができるようになる……と言った方がわかりやすいかもしれません。

 なるほど。魔の守護者の説明で納得がいったぼくはお礼を言うと、小さくお辞儀をしながら一歩下がった。それに対し、竜の守護者は何か納得のいかないことがあるのか、一人いらいらしていた。

─それにしてもよ。なんであそこまで暴たんだ。

 ぼくは気を失っていたときのあの光景を思い出した。確かにあの世界ではフェリヤは遊び感覚でありとあらゆるものを破壊していた。それも無邪気という暴力によって……。ぼくは恐ろしくなり、体をぶるりと震わせると神の守護者が訴えた。

─そもそものお話ですが、誰があんなことをしたのでしょう。

 その訴えは一人の体をびくりと動かせた。神でもなく、魔でもなく竜でもなく……となると。

─……はぁい。わたしです。

 名乗りを上げたのは守護者を束ねる存在である守護者だった。その反応にぼくだけではなく、ほかの守護者たちも驚いていた。なんでそんなことをしたのか尋ねてみると、それもまた耳を疑う内容だった。

─だって、この子があまりにも寂しそうだったもので……つい、出来心で。
─出来心でだなんて……それに、出来心でやったとしても、あそこまで普通は暴れますか?
─そ……それは……きっと力を入れる量を失敗してしまったのです。これくらいかなぁって思ったのですけど……入れすぎてしまってちょっと失敗してしまいました。
─力を注ぎ込むにしても、加減しながら入れるのが普通なんじゃねぇの?
─……………………ぁ

 束ねる立場である守護者の小さな悲鳴はぼくだけでなく、ほかの守護者たちにもばっちり聞こえていたみたいで、中でも神の守護者は本気で頭を抱えてしまいその場にうずくまってしまった。ぼくもしばらくは開いた口が塞がらない状態だったけど、それはそう……きっとフェリヤを思ってやったことなんだよね。(その思いが強すぎて大変なことになったことには変わりないけど)
 各々気持ちの整理がつき、みんなを束ねる立場の守護者がひと際大きな咳払いをしながらぼくに近付いた。そしてぼくの手をそっと握り、穏やかな笑みを浮かべながら囁いた。

─この子はあなたにお任せできそうです。さぁ、神の証をこの子にかざしてください。
「ねぇねぇ。はやくぅ。フェリヤまちくたびれちゃったぁ」
 さっきよりも強くぼくの腕をぎゅっと掴むフェリヤ。早く外に出たいのだろうか、しきりにどこかを指をさす仕草でぼくを急かした。ぼくは神の証をフェリヤの頭にそっとのせた。すると神の証から目も開けられないくらい眩しい光が溢れだした。やがて光が収束していくと、そこには大きな翼を生やしたまるで天使のようなフェリヤがいた。
「すごぉいすごぉい! なんだかとってもうずうずしてるの。ねぇね、早くお外に行こうよ!」
 ぼくの袖をぐいと引っ張るフェリヤの力はさっきの比ではないくらいに強く、ぼくはバランスを崩しそうになった。その光景を守護者たちはくすくすと笑いながら見ていた。ぼくは引っ張られながら守護者たちに手を振って別れを告げると、最後に守護者たちからの囁きが聞こえた。

─この人に対してのお仕置きはわたしたちで行いますので、どうぞお気になさらず。
─……え??
─しっかりやっておくから安心しろな。
─……ええ??
─いくら親心とはいえ、これはやりぎです。お覚悟を。
─えええ??? そ……そんな。あなたたちならわかってくれると思ったのに……ひゃー!

 束ねる立場の守護者の悲鳴と共に、守護者たちはその場から消え去った。さてぼくらはどうしようかと悩んでいると、フェリヤは腰にあるものをさっと取り出し、素早く横に振った。すると音もなく壁に大きな裂け目が現れた。分厚い壁はいとも簡単に裂け、上空ならではの冷たい風がびゅうびゅうと塔の中に入ってきた。
「ねぇね。ここからお外に出よう!」
 お外に出ようと言ってる間にぼくはもう塔の外で、風の抵抗を体全身で受け止めていた。隣のフェリヤはそんなぼくの様子を見てお腹を抱えて笑っていた。
「あっははは! お兄ちゃんすごい顔してる! おもしろーーい!」
 いや……これは……このままだとさすがに……もう地面がすぐそこまで迫っていて、思わず目をぎゅっと瞑ると、急に体がふわりと軽くなった感覚があった。あれ、地面に叩きつけられる感覚ってこんなだったっけと思い、ぼくは恐る恐る目を開くと、ぼくは地上から離れた場所にいた。その理由を探していると、それはすぐに見つかった。
「あはははははっ!! お外って気持ちいーー!!」
 フェリヤが大きな翼を動かして飛行していたからだった。フェリヤはぼくを背中に乗るように言うと、眼下に広がる世界を見てまた大きくはしゃいだ。ぼくはぼくで、普段経験できない空中散歩を体験していた。猛烈な風を切る音、雲の間を通り抜けることなんて滅多にできないし、こうして清々しい気持ちで空を駆け巡ることなんて経験したことがなかった。
「すっごーーい! 今日はあっちに行きたいから、明日はそっちに行きたい!」
 知らないことだらけの世界にはしゃぐフェリヤに、ぼくは焦らなくてもいいと言うとフェリヤは不思議そうな顔をしながら飛行を続けた。それに、まずは行かないといけないところがあるからそこに行ってからあちこち見て回ろうと言うと、フェリヤは嬉しそうに「うん!」と大きく頷いた。ぼくが行って欲しい場所を指さすと、フェリヤはすぐに軌道修正をして向かってくれた。何よりも真っ先に話さなくてはいけない場所……それは……。
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