踊り場

文字数 2,689文字

 なんとか三十階層を突破し、次の階層へと向かう階段の途中。またぼくは意識を無理やりひっぱられるような感覚に襲われた。またか……と思いながらも抵抗はできず引きずられるまま、意識はここではないどこかへと持っていかれた。


 気が付いたときには、既にゼウスとハデスが少女─フェリヤと交戦していた。ゼウスは稲光を、ハデスは冥界の闇を使い少しでもフェリヤを大人しくさせようと必死だった。前に見たときのハデスは何事にも動じないという雰囲気があったが、今はどんな攻撃をしても怯まないフェリヤに焦りの色が見えていた。
「むぅ……」
「まだだ!」
 ハデスが冥界より死者を呼び出し、それをフェリヤに向かって突撃するように指示をするも、フェリヤはいとも簡単に撃破してしまう。その圧倒的な力の前についにハデスの顔が焦りに染まった。
「なっ……!!」
 そんな顔を見て喜んだのか、はたまた面白い遊びをしてくれたからなのはわからないが、フェリヤはきゃっきゃっとはしゃぎ上空でくるくると踊っていた。
「……っ!」
 唇を強く噛みしめながら空を仰ぐハデスは、一点を見つめて動かなくなった。フェリヤの術に魅入られたからではないが、その一点には何かあると思ったハデスはさらにその一点を凝視した。すると、その点は段々と大きくなりながらこちらへ向かっていた。
「おいゼウス! 今すぐここから退避だ!」
「ぬ? どうした。何があった」
「ぐずぐずするな! いますぐ離れろ!」
 こんなに切羽詰まったハデスを見たことがなかったゼウスは、その指示に素直に従った。しばらくしてさっきまで二人がいた場所には大きな穴が穿たれていた。穿たれてから耳を覆っても防ぎきれない轟音が追いかけてきて、二人の顔は防ぎきれない音による被害に顔を歪める。
「な……何が起こったというのだ」
「あぁ。それはこの穴の中にいるやつが起こしたんだ」
 大きく穿たれた穴をゼウスは恐る恐る覗き込むと、そこは巨大な黒色に染まる世界だった。一体どんな力をもってすればこんなに大きな穴を開けることができるのだろうか……そう考えていると、穴から何か巨大な生物が突然現れあともう少しだけ前に乗り出していたらゼウスの首から上はなくなっていたであろうという速度だった。それには思わずゼウスも小さな悲鳴をあげ、空を見上げた。
 穴と同じくらいに広がった巨大な翼、深紅に染まった瞳、猛々しい濃青の角。そして目には見えない代わりに体がそれを感じ取ることができる圧倒的な力のオーラ。その力の前ではたとえゼウスやハデスであっても敵うものではないと二人は瞬間的に判断した。
「……ふん」
 つまらなそうに鼻を鳴らし、上空でフェリヤと対峙する太古より力を象徴する存在─バハムート。二人はその姿にただ唖然とし、フェリヤはまた一段と嬉しそうな声を上げて踊っていた。
「きゃははっ!! すごいすごい!! 次はどんな遊びをしてくれるの??」
 無駄だと知りつつも、ゼウスはバハムートに危険な存在だと伝えると、バハムートは静かに頷き再びフェリヤと向きあった。最初に飛び出したのはバハムートだった。まだきゃっきゃと喜んでいるフェリヤにお構いなしに突っ込み、その小さな体を思い切り吹っ飛ばした。そして、吹っ飛ばした先まで瞬間的に移動をし、今度は来た道筋に戻すように力を加えてまた吹っ飛ばした。まるで一人で打ち返しをしているような空中戦に、二人はなにもできずにただ茫然と見上げていた。
「……聞こえるか、力の咆哮が」
 バハムートが体に響かせるような低い声でつぶやくと、フェリヤの体を思い切り地上へと叩きつけた。その先にあるのは、さっきバハムートが開けた大穴の中だった。一直線に落ちていくフェリヤはどこまで落ちていくのかはわからない。だけど、これでしばらくはフェリヤが地上へと戻ってくることはまずない。ほっとしている間もなく、今度はバハムートが二人に指示をした。
「今だ。こいつの『心』を封印するぞ」
「こ……心を封印って……どうするのじゃ」
「こいつに向かって手をかざし、力を送るだけでいい」
 『心』を封印するとは一体どういうことなのだろうか。とりあえず二人は、バハムートに言われるままに手を大穴にかざし、力を込めた。ゼウスとハデス、そしてバハムートの手から光の帯が現れ、大穴に向かって伸びていく。やがて小さな球体がふわふわと浮かび、光が解けると中から目を閉じた人のようなものが現れた。それも三種類。
「こいつらは……」
白と黄色のローブを身にまとった人、黒のローブとマジックキャップを被った人、闘志を燃え滾らせたかのような赤い人それぞれが現れ各属性の目の前で静かに漂っている。
「こやつらは『心核の守護者』と呼ばれる者。あのフェリヤの原動力と言ったほうがわかりやすいか。あいつの原動力を大きく三つに分け、今はそれを分断させたということだ。分断させることにより、あいつは原動力を失くし行動ができない状態。その守護者を我々が厳重に管理をし、さらに、ここにあいつを封印してしまえばことはそこまで大きなことにはならんだろう」
 バハムートはまるですべてわかっていたかのような口調で説明をしていた。だが、今はその説明を納得するしか道がないので、ゼウスとハデスはそれに従った。逆に従わなかった場合、もっと最悪な出来事があるということは言わなくてもわかっていた。
「しかし……その封印というのはどうやってするのじゃ」
 ゼウスが口を開いた。それもそうだろう。一口に封印といっても、形式や形状は様々である。きちんとフェリヤの力を封印できるようなものでなければ、意味がない。するとバハムートは拳大の石をゼウスに投げた。その石には奇妙な文様がびっしりと書き込まれていて、試しに読んでみようとするも、複雑すぎて解読することはできなかった。
「これは……」
「単純に封印の術式を石に転写させたものだ。この石を材料にすれば封印は可能だ」
「石を材料にって……こんな僅かな量では」
「案ずるな。その石は決して無くならない。それに、いますぐではなくとも、それを持ち帰って策を練るのもいいのではないか。どうやら神族の中には頼もしい建築家もいるようだ」
 その一言にはっとしたゼウスは、すぐに守護者と石を懐にしまいバハムートに礼を言い、自分の世界へと戻っていった。ここまでの流れがスムーズすぎることに違和感を覚えたハデスだが、今は仕方がないと言い黒いローブを着た守護者と呼ばれる人物を手中に収め、闇に抱かれながら消えた。残ったバハムートはというと、ぽっかりと開いた大穴を上空からただじっと見つめていた。
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