第九階層 第十階層

文字数 1,993文字

 頭痛も収まり、ぼくは調子を取り戻し各階層を一個ずつ確実に制覇していった。とんとんと進み、第九階層。扉に手を触れようとすると、どこか優しい歌がぼくの耳に入ってきた。お日様のように温かく、聞いていると段々眠たくなってきそうなそんな歌だった。だけど、ここで眠るわけにはいかないとぼくは自分の頬を強めに叩き、気合を入れた。
「おや。お主も歌を聴きに来たのか? よいぞよいぞ。ささ、中に入れ」
 切り株の上に座っていたのはさらりとした長い黒髪にエルフ特有の尖った耳、竪琴を奏でている少女─ララノアだった。ララノアが歌えば鳥が歌い、ララノアが竪琴を爪弾くと小動物が躍る。鳥は歌い、小動物たちが躍ると切り株の下からは眩しい緑が茂り、あっという間に塔の一室を緑で埋め尽くした。新しく芽吹いた緑から花が咲き乱れ、いつの間にかぼくの肩には小動物が集まり、首を伝って頭の上でおしゃべりを始めた。
「おや。お主の頭は居心地が良いと言っておるぞ。よかったな」
 ララノアは嬉しそうに笑うと、最後に竪琴をぽろろんと鳴らし曲を締めた。あまりの美しい音色にぼくは思わず拍手をし、素敵な演奏だということを伝えた。ララノアは小さくお辞儀をし、すぐに竪琴を構えると跳ねるように竪琴を爪弾いた。すると、ララノアの背後の扉が口を開け、次の階層へと向かう階段が現れた。
「わたしの演奏を聴いてくれたお礼じゃ。気を付けて進むのじゃぞ?。また聴きたくなったらいつでもくるがよい。この子たちも歓迎するって言っておるしの」
 ララノアがぼくに手を振りながら次の階層まで見送ってくれた。その際、小動物たちは名残惜しいのか、中々ぼくから離れようとしなかった。ぼくは小動物たちの頭を指で優しく撫でてまた遊びに来るよと伝えると、渋々といった様子でララノアの肩へと移っていった。

「さて、次はどんな奴がくるかの? 楽しみじゃな」
 うふふと笑いながらララノアは竪琴を構えた。そしてそのまま固まったかと思うと、静かに機械人形へと戻っていきからんと音を立てて転がった。さっきまであった緑豊かな空間は無機質な音と共に消え去り、辺りには音のない世界が広がった。

 第十階層。そこで待ち受けていたのは白毛に覆われた赤顔の番人─ハヌマーンだった。一見、サルのようにも見える番人は、ぼくを見て朗らかに笑った。
「ほう。ここまで来るとは大したやつじゃの。これはもてなさなくては」
 そう言い、ハヌマーンは両手を合わせ何やら唱えると自身の周りに薄い壁のようなものを張った。
「さぁ、この防御を掻い潜ってみよ」
 ハヌマーンは朗らかな笑みから一変、鋭い目つきでぼくを凝視。やるしかない。ぼくはデッキを構え、一枚選んだ。現れたのは第一階層で活躍してくれたクラフィールだった。元気な笑顔とは裏腹に凶悪な棘がたくさんついた得物をぶんぶんと振り回し、ハヌマーンへと一気に落とした。
「みんな仲良く☆地獄へ行けや」
 可愛い顔からは想像も出来ない低い声に驚いたぼくは、一瞬たじろいだ。クラフィールはそんなことお構いなしに、にこにこ微笑みながらハヌマーンを見ていた。
「あれれぇ。仕留めそこねちゃいましたぁ。……ちっ、さっさと気絶しちまえばいいものを……」
 あまりにも物騒な言いように、ぼくが声をかけようとするとハヌマーンはがっはっはと豪快に笑い、クラフィールを褒め称えた。
「元気な女子じゃ。それに覇気があっていいの。どれ、特別にわしの力を見せてやろうかの」
 ハヌマーンは薄い壁の中から光の粒のようなものを呼び出し、それをクラフィールへ向けて飛ばした。クラフィールは鼻歌を歌いながらスキップで光の粒を避けた。光の粒はすべて、クラフィールが通った後を追いかけるように床へと突っ込んでいくとすぐに消えて無くなった。
「えへへ。あたしにはきかないぞ☆さて、そろそろ……覚悟してもらおうか」
 凶悪な得物を再び構えながらすごむクラフィール。さすがにこのままだとまずいと思い、ぼくはさらに一枚展開した。
「これで争いは終わりです!」
 水の精霊ウンディーネが清らかな水が滴る杖を振ると、彼女の平和への思いが光の雨となりハヌマーンへと降り注ぐ。雨に降られたハヌマーンは「見事だ……」と言いながら無機質な音へと変わった。そこにあるのはさっきまでハヌマーンだったものだけで、完全に止まるとその背後から次の階層へと向かう階段が現れた。次の階層へ向かおうとすると、駒に戻る前のクラフィールが何やら不貞腐れていた様子だったが……ぼくは何も聞かなかったことにした。ウンディーネは律儀に機械人形に小さく一礼をしてから駒に戻りデッキへと吸い込まれていった。二人がデッキに戻っているのを確認し、今度こそぼくは次の階層への階段に足を運んだ。……また頭痛が来なければいいなぁなんて思っていた矢先、ぼくはまたあの強烈な頭痛に襲われ、意識を奪われていった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み