ギルド南東の集落

文字数 3,333文字

 ナギールは至って普通の町の生まれの少年だった。得意不得意そんなものは気にするなという両親の元ですくすくと育ち、いつしか町の中ではナギールの名前を知らない者は誰もいないというくらい、元気で活発な少年へと成長した。
 今日も平凡な生活が終わろうとしていたとある日。友人と一緒に夕焼けを見に高台へと上っていると、その友人が口を開いた。
「なぁ、ナギールって何になりたいんだ」
 簡単な質問のはずなのに、その答えが導き出せない。高台の頂上につくまでに答えは出るものだろうと思っていたが、結局その答えは見つからず考え始めてしまった。友人もただ何気ない会話を切り出しただけなのだが、ここまで真剣に悩んでしまっている姿を見て申し訳なく思ったのか謝りだした。
「な……なんか、思いつめさせちゃってごめんな」
「……いや、考えるきっかけをくれてありがとうな。だけど、いますぐは答えを出せそうにないから、見つけたら必ずお前に報告するから。それまで待っててくれるか?」
「もちろん。でも、他愛のないことだから、そんな根詰めて考えなくていいからな」
「わかってるって。でも、今まで考えたことがなかったから、これはこれで新鮮な気持ちなんだぜ? こう見えて」
「今まで見たことのない顔だったからびっくりしちゃったよ」
「っはは。わりぃ」
 こうして二人は落ち行く夕日を見ながら笑いあった。明日もきっとこうして笑いあえると疑うこともなく。

 その思いは文字通り大きな音を立てて崩れた。異変に気が付いたとき、ナギールはまだ夢の中だったのだがその暴力的な音で目が覚め慌てて外に出た。そこに映っていたのは赤と灰色が支配する町だった。
 空から現れた魔物による火炎、陸から現れた二足歩行の魔物による襲撃で家は破壊され、あちこちで土煙を発していた。右では悲鳴、左では耳をつんざく魔物の奇声と昨日までのあの平凡な生活はあっという間に崩壊してしまっていた。
「おい! ナギール! ぼさっとするな!」
 背後から聞こえた声に意識を取り戻すと、その声は大好きな父の声だった。父の手には畑で使う鍬が握られていた。後ろには煤だらけの母が立っていた。母はナギールに小さな包みを手渡して優しく微笑むと声を発さず家を出て行った。呼び止めようと手を差し出すも、それを父に止められ代わりに低く重い一言だけ発した。
「逃げろ。わかったな」
 それだけを言い、父親は鍬を持ったまま土煙が舞う町の中へと走っていった。状況が未だに理解できないナギールはどうしたらいいかとずっと悩んでいた。大好きな母や父を助けに行った方がいいのか、それとも父の言う通りにここから逃げた方がいいのか……こうして悩んでいる間にも町はどんどん崩壊していき、悲鳴の割合が多くなっていく。母から受け取った包みをぎゅっと握り、ナギールは父の言いつけ通りこの町から逃げることを決めた。

 逃げて逃げて逃げて。背後から聞こえる悲鳴に耳を貸さず、ただひたすら逃げた。頬を伝う涙も気にしないで、乱れる呼吸も気にしないでただ町から遠く離れていった。
 足がもう限界と声をあげたのか、ナギールは急に足を止めて肩で呼吸を始めた。そこではじめて呼吸を整え額から流れる汗、頬についた雫を拭い後ろを振り返った。
「あ……あ……」
 あと少し逃げ遅れていたらきっと……という思いがナギールの頭の中へとじわじわと広がっていた。思いが頭の中へ均等に染み渡ったところでナギールははっとし、声を出した。
「とうさーーーーん! か……かあさーーーーん!!!!」
 誰に見つかっても構わない。声を出さずにいられなかったナギールは自分をここまで育ててくれた存在を叫んだ。何度も叫んでいるうちに嗚咽が混じながらも何度も何度も叫んだ。しかし、返事はなく聞こえるのは瓦礫が崩れる音や悲鳴だけだった。
「とう……さん……か……さん……」
 この日の空は、昨日友人と見たあのまんまるできれいな夕日だった。

「……ぇ。ねぇ」
 集落に向かう途中、ナギールの袖を何度も引っ張る存在がいた。きれいな銀色の髪に真っ赤な瞳。幼い顔とは不釣り合いなほど大きな鎌を持った少女─アズリエル。何度目かの声掛けにはっとしたナギールは心配そうにのぞき込んでくる少女の頭を優しく撫でた。
「なぁんか思いついメタ顔をしてたケド、何かあったのか?」
 アズリエルの周囲をぐるりと回る頭蓋骨─骨三郎もナギールの変化に気づいていたらしく、口を開いた。心なしか、骨三郎の目にも心配しているという思いが感じ取れた。
「あ……ああ。ちょっと前のことを思い出しててな……」
「……だいじょうぶ?」
「おう。大丈夫だ。心配かけて悪かったな」
 にひひと笑い、アズリエルに応えたナギールに骨三郎は小さく呟いた。
「……無理すんナよ」
 骨三郎の声が聞こえたのか聞こえてないのかはわからないが、ナギールは「さぁて」と大きな声を出して気持ちを切り替えた。
「なぁ、アズ。お前はあいつのところに行かなくてよかったのか?」
 ナギールに尋ねられたアズリエルは少しの間悩んでから、首を縦に振った。
「あのひとは、きっとかえってくる。だから、あたしはあのひとをしんじてこのせかいをまもる。このちからをつかって」
 そう言ってアズリエルは骨三郎を力強く叩いた。骨三郎が痛がるのを無視し何度か叩くと、骨三郎の瞳(があった個所)にめらめらと赤い炎が宿り猛った。
「よっしゃあああ!! この猛き炎の力をもって眼前の敵を屠らん!! いくぞぉおお!!」
 骨三郎の力強い咆哮がアズリエルだけでなく、ナギールをも奮い立たせ空を飛んでいる機械人形に敵意を表した。

 集落に着いたナギールは挨拶もそこそこに、今の状況を簡単に長へと伝え安全な場所へ避難するよう指示をした。ナギールは鞄からデッキを取り出し一枚を選び呼び出した。
「非力なる者よ。足掻いてみせよ」
 古の竜王─バハムート。その圧倒的な力の存在の前に集落の人は驚いていたが、それを必死になだめ安心させた。そんなバハムートに集落の護衛を頼み、ナギールとアズリエルは集落の周りに現れる機械人形の掃討へ挑んだ。
「出てこい! エルケス!!」
 竜の世界で知り合った相棒─エルケスを呼び出し、戦闘態勢をとった。アズリエルも何度も鎌を握り直し、迫りくる脅威に備えた。
「兄ちゃん! 呼んだか!」
 元気よく現れたエルケスは双剣を構えながら、空を仰いだ。空には既に大量の機械人形が旋回し、集落を襲撃するタイミングを窺っていた。その大量の機械人形を目にしたバハムートは右腕を振り上げ、まっすぐ横一文字に空を切った。空を切ってしばらくして、さっきまで大量にあった機械人形は音もなく消え去った。それを合図かのように、残っていた機械人形が一斉に集落へと押し寄せた。
「来るぞ! 兄ちゃん!」
「いくぞー」
「さぁ、我が猛りを超える覚悟があるか?!」
 エルケスは双剣に稲光を纏わせながら、アズリエルは無邪気に鎌を振り回しながら集落の防衛へとあたった。
 ナギールの目にはいつしか闘志が漲り、駒を持つ指には迷いがなかった。そして、支援効果のある駒をエルケス付近に投げ、アズリエルにも支援効果のある駒を投げた。続けて硬い装甲をも貫く鋭い剣技の持ち主─シエ・スーミンを呼び出しその力を奮った。
「ここは任せてもらおうか」
 シエ・スーミンが剣を構え、目にも止まらぬ速さで剣撃を繰り出す。目の前に機械人形はあっという間にばらばらになり、その間に別の駒を展開。今度は武術が得意な穏やかな青年─聞道が現れ右手に持ったヌンチャクで機械人形を破壊していく。
「本当はこういうのは苦手なんだけどねぇ。仕方ないか。あははは」
 その圧倒的な火力の前に機械人形は次々と消えていき、静けさが戻るまでそう時間はかからなかった。だが、いつまた襲撃にくるかわからないため各自警戒を怠らないように指示をした。胸の鼓動が早く打つのを感じたナギールは、かつて一緒に夕日を見た友人に同じ質問をされたらどうだろうと考えていた。あのとき答えられなかったけど……今ならと思い、ナギールは自分にだけ聞こえる声で呟いた。
「なぁ。あの時の答え、今なら声に出して言える。おれがなりたかったもの……それは─!」
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