第47話 アトロポス・時空 

文字数 10,268文字

僕は神暁アスラ、かつて僕を救ってくれた人に恩を返すためにここまで来た。
自分を死の淵から転生させてくれた帝国を裏切ることになったが彼に恩を返したら、帝国にも謝りに行こう。

そんなことを思いながら深緑の木々に囲まれたカラド森林地帯で目的のところまで歩いていた。

確か、モルガーナ先生に言われてマコトさんはここら辺にいるはずなんだけど。

ミーナさんから聞いたけど、本来僕たちは一度死んでいるため魂だけの存在になっており、その魂をこの世界で作られた肉体に入れられ目覚めることで初めて転生者になれる。

だがマコトさんの場合、魂は肉体に入っているが強力なマギアによって、目覚められずにいた。
そのためこれは魔王軍の計画だが、彼を目覚めるのと同時に魔王様を復活させると言う方法を選んだ。

それは一度、マルスさんがマコトさんの肉体を生と死の境界地に連れて行き、そこに眠っている魔王様の魂が入っている槍とマコトさんの肉体をその地で魔力的に繋げさせて、強力なマギアの力を魔王様に分け与えることで、分散させてマコトさんを目覚めさせて、時間はかかるが魔王様も復活させると言うことだ。

魔王軍はこれをゴーモト計画と呼んでいた。

「いやぁアスラ、マコトのために帝国を裏切るなんてね。
君の性格からしてはずいぶんと大胆な行動だけど」
その後ろにはラプマルさんと言う妖精がいた。
僕がこの世界に来た時からいて、聞いた話しで王様とは昔から一緒にいるとのことだ。
昆虫の翅を持つこの世界の妖精とは異なり、羽が鳥のような翼になっており、妖精よりかは天使に近い見た目だ。

「それでなんでラプマルさんはここにいるんですか」

「それは、オイラも目覚めたマコトを見たくてね。
それとなぜマギアが強力になったという原因も知りたいしね。
一応は言っておくけど、オイラは帝国に君の居場所とかの情報は流さないから安心していいよ」

「ありがとうございます、それにしても何にでも興味があるんですね、ラプマルさんは」
すると彼はぷっと少し笑って答えた。

「それは君たちも一緒だろう、分からないことは時間をかけてでも答えを見つける。
何日、何年、何世紀かけても、その答えを追い続ける、似たもの同士さ。
でも魔王軍がオイラと会うと、ややこしいことになるから今は遠くで見守っているから」 

「そうなんですか、分かりました」
そう言うと、ラプマルさんは姿を消した。

「誰か助けてー!!」
突然、まだ声変わりのしていない少年の声が聞こえた。
この森の奥のほうから聞こえたため、木々をかき分けて見てみると。

ダダダッ

「フゴー!!!」

そこにいた人は、この地域にいる凶暴なモンスター、イクサイノシシの一匹に追われていた。
黒っぽい赤髪で髪の形は全体的に丸みのショート、そして元気があふれている優しい目つき、最後に魔王様の魂が封じ込められている赤い槍を持っている。
そうだ彼がマコトさんだ。

ヒュー

ガキィン
プギィ

僕はミーナさんから貰った杖を振りかざして、イクサイノシシを氷漬けにさせた。

「えっ、な、なに?」

さすがに彼は驚きを隠せておらず、緊張しているのかこちらの目線に合わせず周囲をチラチラと見ていた。

「マコトさん……」

「えーと、誰ですか」

分かっている彼は何も分かっていない。
だけど、僕が今までやってきたことに意味はあったんだ。
やっと彼が目覚めてくれたんだ、このときをどれぐらい待っただろう。
でも、最初はそんな気持ちを抑えて自己紹介から始めよう。
「僕は神暁アスラ、アナタに助けてもらった同じ転生者です」

「あ、うん、よろしくね」

いきなり言われてピンときてないのだろう、そうだよね僕も最初はそうだったんだから。

ガサガサッ

「ここで今、イクサイノシシの声がしたんだけど。
アスラさんが倒したの?」

すると、近くの草むらから銀髪の剣を持った女の人が出てきた。
確か、マキュリーさんと一緒に住んでいるエルフの女の人。
名前はマーニさん、僕とは別の目的でこの森林に入っていたのか。

「えっとあなたは?」

「私はマーニ、近くの街で剣士をしているの」 

それが彼が目覚めての初めての出会いだった。

しかし、彼が目覚めてそれで終わりではなかった、その数日後から僕たちの草原都市周辺に突如として現れた魔獣の群れと長い間戦った。

その魔獣は魔力を吸収して強くなるため、魔力を主体とするモルガーナさんやマキュリーさんでは逆に強くしてしまうため、魔力とは似ているが非なるものマギアを使う僕とマコトさん、そして魔力を使わない剣士であるマーニさんでその魔獣を倒さないといけなかった。

だが魔獣もそこらへんにいるモンスターよりも強く、一体だけでもかなり苦戦していたが、その日は三体の魔獣に襲われた。

「はぁっ!!!」
ぐぅいん

ガッ
 ガッ
  ガッ

ハエの姿をした魔獣がムチのような手足で攻撃してきたが、マコトさんのマギアによってなんとか防いでくれた。

でも彼がマギアを張っている間は……

ザシュ

「痛っ」

彼は全身キズだらけになりながら、槍を振るって、その魔獣の細い手足を切っていた。
強者のマギアのバリアは複数に分けて張れないので、誰かにそれを張っていると、自分のバリアは付与されていない状態なので、ただの15歳の少年の身体で戦っているのと同じである。

「早く、僕にかけているバリアを解いてください」

そう言うと、彼は手のひらをこちらに向けてさらに僕にかけているバリアを強化させた。

「アスラさん、魔力切れを起こしているんじゃないですか。
そんな体で俺のバリアなんか解いたら、すぐに魔獣にやられちゃうから」

彼はニコニコとしながらそう言った。
僕を不安にさせないための強がりだ。

「そんなことよりも自分のほうを大切にしてください」

「そんなことって、自分と同じぐらい大切な友達だからやるんだよ」

「友達……」

なんとか魔獣を倒すことができたが、僕たち三人とも歩けるぐらいがやっとのボロボロだった。
魔獣がここまでの強さだったとは、もっと強くならないと。

だが、その次の日、魔獣たちの戦いにも転機が訪れ、街周辺にいた魔獣を数匹ぐらい倒した後、マキュリーさんことマスターに呼ばれて、ギルドに向かうと先生と一緒に二人がいた。

「三人ともありがとう、君たちが魔獣の群れを足止めできていたから時間を稼げた。
明日にでも来る、帝国の転生者が魔獣を倒すから安心するといい。
後はボクのほうで何とかしてごまかすから」

すると、隣にいた先生が話し始めた。

「マーニちゃんはいいけど、一応マコトくんとアスラくんは、この街を出たほうがいいわよ」

「そうですよね、僕は帝国を裏切ってこの都市に来たから見つかれば魔王軍が何かをしていると思われてしまいますからね」

「ごめんなさいね、いくら帝国と言えども魔王様復活の計画がバレたら、帝国にいる敵対勢力になにされるか分からないから。
今日にでも二人は船で出発してもらうわ」

そしてその日のうちに船に乗り込み、海上都市クラレントと言われる、もう一人の魔王軍幹部がいる都市に向かうことになった。

そして船に見送られる際、突然のマスターや先生の別れで僕は船から眺めるだけでさよならを言えなかった。

それを気にした彼は、笑顔で話しかけてきた。
「楽しみだねアスラさん、もっと旅ができるから」

「えっ……」

「だってちょうどいいきっかけだよ、俺この世界のことをもっと知りたいから。
でもどんな困難が来ても安心して、俺がアナタを守る盾になるから」

そうか、そうなんだ魔獣たちの長い戦いで忘れていた、もうマコトさんがここにいるだけでいつでも恩返しできるんだ、そしたら彼が望むことを叶えさせないとそれが僕ができる唯一の恩返しなんだから。

「マコトさん、本当にありがとう」

そして、僕は必ず彼らに会えることを祈るように手を振って別れを告げた。

「そういえば、マーニさんは見送っていないけどアスラさん知っている?」
確かに彼の言うとおり、見送っている人たちの中にマーニさんの姿がなかった。

「私も一緒に行くわよ」

「マーニさん!!!」
隣を見ると、そこにいるはずのない彼女がいた。
だって、マーニさんがついてくる必要なんてないのに。

「なによ二人とも勝手に楽しそうな冒険に出て行こうとして、私も一緒に行かせてよ」

「うん、行こうマーニさん。
これから楽しくなるね、アスラさん」

マコトさんはただ純粋に喜んで、彼女の元に走っていった。

そうだ、そうだよね、この別れは悲しみじゃないんだ、新たな出会いという楽しみの始まりなんだ。
そんな落ち込まないで今は三人で行く新たな都市はどんなところか楽しみにしよう。


ーーーー。

だが、そんな考えは甘かった、この世界は今、魔獣やリンネの脅威にさらされていると痛いほど味わった。
僕たちが都市ティルウィングから旅立った数日後、街が暴食のリンネによって滅ぼされたと言うことを耳にした。
それと同時にマスターや先生、転生者であるラウさんも、その都市にいた誰一人生存者がいなかったと伝えられた。

「ヒグッ、何でマスター、何でまた私を一人にするの」

船の誰もいない甲板で彼女は一人で泣いていた。
僕は彼女のほうから見えないところでのぞくことしかできなかった。

すると、隣に一緒にいた彼は目から流れている涙を拭って彼女の元に歩いて行った。

「マーニさんは一人じゃないです、俺とアスラさんという仲間がいるじゃないですか」

「そうよねごめんねマコト、こんな弱い先輩だけど今は甘えさせて」

マーニさんはマコトさんの胸の中で涙が枯れるまで泣いていた。

悲しむ彼女に僕は何もできなかった、マスターに彼女を託されたのに。
何もできない自分がただひたすらにもどかしかった。

✳︎✳︎✳︎

その次の日、ミーナさんの軍船にたまたま遭遇した。
軍船の人たちは、リンネに都市ティルウィングが滅亡されたことでピリピリしているのだろうか、情報を集めるために貿易船のなかにまで武装しながら乗り込み、ミーナさんは船長に色々と聞き込みをしていた。
しかし、ミーナさんは僕がいることを知ると味方の帝国の兵士を軍船に戻して、一人で申し訳なさそうな様子で話しを始めた。

「その帰ってきてくれないかなアスラくん。
今更、遅いと言うのは分かっている。
王様はボクのほうが話しをつけるから」

「ごめんなさいミーナさん、僕はもう魔王軍になったので、また裏切ったりすることは嫌なんです。
でもなんであのときマコトさんを助けてくれなかったのか、それだけは聞かせてください」

そう言うと、彼女は表情を曇らせながら話し始めた。
「本当のことを言うと、マコトくんのマギアは強力すぎて本当なら目覚めさせるべきではなかったの。
彼のマギアに勝てるいいや互角にすら渡り合える転生者なんて誰もいないから、もしもそれを悪用されたら、帝国自体が滅んでしまうから」

「なんで魔王軍に奪われたときには取り戻さなかったの。
魔王軍にも悪用される可能性もあったのに」

マーニさんにそう言われると、ミーナさんはあさっての方向を見ながら話し始めた。
「言いたくはないけど、王様は帝国と統合している都市連合の貴族よりも魔王軍のほうを信用しているのよ」

「あぁ、そう言うことね。
確かに貴族たちは魔王軍とよく戦争をしていた人たちも多かったわね」
自分よりも長く魔王軍にいたためなのかマーニさんはそこら辺の事情にも詳しかったため、自分でも納得した。

「もしもマコトくんの存在が知られたら、その貴族たちに漬け込まれて、魔獣やリンネを倒す目的が帝国と魔王軍を倒す目的になってしまうのよ。
だから、帝国にマコトくんを残らせるよりも魔王軍で引き取ったほうが確実に悪用されることはないから。
だって魔王様の目的って、全ての生命の祝福者だから、私欲で人を殺したりしないから。
それを魔王軍は昔からそれを守っていたから」

「じゃあ、なんでミーナさんは僕だけでなくマコトさんも帝国に戻るように言ったんですか」

「それはボクの考え。
だって同じ転生者だからよ」

そうなんだ、でも僕は魔王軍の目的の達成、そしてマコトさんの望みを叶えるために今戻るわけにはいかないんだ。
「……ごめんなさいミーナさん、今はまだ戻れません。
魔王軍の人たちの恩返しとしてせめて魔王様が目覚めるまでは僕は帝国に戻りませんので」

そう言うと、彼女も元々自分の言う答えを知っていたのか落ち込んだ様子ではなかった。
「うん分かった、ごめんなさいね。
キミの気持ちも分からずに勝手なこと言って、でもいつでも待っているわ」

その話しが終わった後、突然色欲に相当するサソリ型の魔獣テュルペが現れて僕らは襲われた。

魔獣はなんとかその場にいたミーナさんに倒されたがそのとき僕は大怪我を負ってしまった。
傷が深く、ミーナさんの再生のマギアでも間に合わず、本格的な治療をするためにクラレントの病院に運ばれた。

なんとか大丈夫だったが、しばらく入院の必要があった。

「ごめんなさいマコトさん、この地域の魔獣には勝てなくて、こんなお見舞いまで来てもらって」

「しょうがないよね、俺もミーナさんがいなかったら勝てるか分からなかかったし。
そうだ、魔獣と戦ったときに壊れた杖の代わりを作ってきたんだ」
そう言うと、彼はベットに座り込んでいる僕に魔術士が使う杖を渡してきた。

確か僕のは、魔獣の攻撃を防ぐときに盾がわりにしたらそのまま折れていたんだった。

「作ってくれたんですか」

「うん、ミーナさんに教えてもらって、晶鯨ケートスの角に世界樹ユグドラシルの葉っぱを巻き付けて俺のマギアで鍛え上げた、名前はアスラさんが決めていいよ」

そう受け取った杖は、自身の魔力に反応して光り始めた。

「ありがとうマコトさん。
名前だよねそしたら、先端の石が魔力に反応して光り輝くから、太陽に照らされて光る月に似ている。
そしたら月の女神アルテミスから取って、アルテと言う名前にしようかな」

「おぉ、いい名前だね」

「そ、そうかな」
照れながらその杖を握りしめるとほのかに先端の石が光り輝いた。

だが数日後、ミーナさんがリンネになったのだ。
ラプマルいわく、それは色欲のリンネだと言っていた。
そのリンネにはマギアですらもまったく歯が立たなかった、結局のところモードレッドさんの犠牲を持って彼女を倒したのだ。

ごめんなさいミーナさん、モードレッドさん。
僕が力が無いばかりに。

✳︎✳︎✳︎

次に転生者の真実を知るため帝国に向かう途中にある山岳都市シウコアトルに立ち寄った。

そのとき、モーガンさんと出会った。

「なに、ミーナがリンネになっただと」

「そうなんです、もう僕も何がなんだかわからなくて」

「分かった、この地にいる暴食のリンネを倒したら帝国に向かう船を出す」

「暴食のリンネがいるんですか」
驚いた自分に彼は顔をこわばらせながら、静かに話した。

「あぁ、この地にいる暴食の魔獣たちの目撃情報が去年に比べて倍あるんだ」

「暴食のリンネがいるのね、マスターたちの仇のためにも必ず倒す」
その名を聞くと、マーニさんは拳を強く握りしめて言った。

そして、それから数週間、僕たち三人もバラバラになって暴食のリンネを探していると。

そこには着ていた鎧ごと右肩から左の脇腹まで袈裟がけ状に斬られて瀕死のモーガンさんが木を背に座り込んでいた。

「どうしたんですか、なにがあったんですか」
僕がしゃがみ込むと、彼は気づいてかすれた言葉で話し始めた。

「すまん、な、アスラ。
下手、うったわ」

「モーガンさん、リンネにやられたんですか」

「あぁ、リンネのほう、が一枚上手だった。
すまん、俺が気づかない、ばかりに」

「どういう意味なんですか」

「マーニは、もう彼女、じゃない」

「なにを言っているの」

「アスラ、早くここから逃げろ……」

「えっ」
後ろを振り向くと、立って見下すように睨みつけた彼女の姿があった。

✳︎✳︎✳︎

「ハァハァ」
倒れこみ、吐き出す息に赤い鉄の匂いと土の匂いが混じる。
全身が痛い、もうどのぐらい時間が時間が経ったんだろう。
確か、傷だらけのモーガンさんと会ってそのあとマーニさんに会ってリンネになるように言われて、それを嫌だと言ったら殴られたんだっけ?
思い出そうとすると頭が痛い。

痛みで重いまぶたで目の前を見ると歪んだ泣き顔で無言の彼女がいた。

ガシッ
ギリリリッ
すると彼女は、自分の首を思いっきり掴んできた。

「アスラ、なんで分かってくれないの?
早くリンネになってくれ!!!」

「グフッ」
息ができない、自分は宙吊りになりながら足をバタつかせていた。
生きなきゃ、生きなきゃ、誰か助けて、助けて、死んでしまう。

ザザザッ 
パキッ、パキッ

「やめろぉぉぉ!!!」

どこからか落ちている木などを壊す激しい足音とともに少年の泣き声が聞こえてきた。

グサッ
ザシュ

バッ

何かを刺した音とともに自分は地面に落ちた。
なにが起こったのかと思い、顔を上げ、血で固まったまぶたを開けて見ると。

そこには、鎧ごと貫通して脇腹を槍で刺さったままの彼女がよろめきながらなんとか立っていた。
その隣には、彼女の血で赤くなっていたマコトさんの姿があった。

「マコト、これじゃあ彼女はアタシとともに死んでしまう。
結局最後まで誰もアタシのことなんて分かってくれなったんだ……」

ガッ

すると彼は、近くにあった石を持ちとどめを刺した。

「ハァハァハァ、アナタはもうマーニさんじゃないんだ、リンネなんだ、暴食のリンネなんだ」

「マコトさんやめて、もう終わったから」

再び、その石を叩きつけようとしたが僕はしがみついて彼の手を止めた。

ドゴッ

彼は、持っていた石を落として顔を両手で抑えて声を震わせながら叫んだ。
「殺したよアスラさん、俺がマーニさんを殺しちゃったよ!!!」

「ごめんね、マコトさん、マコトさん」
今の僕には彼を抱きしめて謝ることしかできなかった。
なんで、なんで、この世界はこんなにも残酷になれるんだ。

✳︎✳︎✳︎

それから数日後、彼をこれ以上苦しめないためにも僕がマーニさんを殺したということにした。

しかしそこの警察にあたる治安部隊の人たちの調査によって彼女自体が暴食のリンネであったとされたと証明されたため数週間で檻から出ることになった。

だがその間にマコトさんは目にクマができて、あの最初のような笑顔がなくなり、いつも下ばかり向くようになっていた。

とある日、彼は一人で槍を持ってどこかに行こうとしていた。

「マコトさん、こんな夜にどこに行くんですか?」

「……」
彼はなにも答えなかった。
心配になった僕は彼が外に行かないように家の扉の前に立って外に出さないようにした。

すると彼は諦めた表情で話しを始めた。
「アスラさんも分かるよね、転生者はリンネになるんだよ、もう何もできなく誰かを犠牲にしてまで俺は生きたくないんだよ」

まさかマコトさんは自殺しようとしているのか。
そう思った僕は、扉に鍵を閉めた。
ガチャ

「マコトさんは、何もできないわけじゃないです、現に僕を助けてくれたんですよ」

「結局、アスラさんも死んでしまったんだろう」

「……でも、僕を助けたという事実は残っているわけじゃないですか」
そう言うと、彼は大事な槍を落としてそのまま自分の部屋に戻っていった。

その部屋を覗くと、彼は涙の跡を作りながら眠っていた。
よかった、なんとか思いとどまらせた。

そして次の日、朝日に照らされたマーニさんのお墓まで行って花を添えた。
花を添えて、その場を後にしようと後ろを振り向くと彼が立たずんでいた。

僕が話す前に彼は下を向きながら涙を流しながら話した。
「その昨日はごめんね、アスラさん。
あんなことを言ってしまって」

「別にいいですよ。
誰だって、あんなことになったら弱音ぐらい吐きますから」

「本当に優しいんだね、アスラさんは。
俺頑張るよ」

久しぶりに少しこわばっているが彼の微笑みが見れた。
そうだ僕は、僕のために幸せをくれた彼を幸せにさせるためにここまで来たんだ。

「うん、頑張ろうマコトさん。
マーニさんのためにそして僕たちのために命をかけてくれた人々のために」

そして、僕が彼の手を握ると。
ジュッ

「熱っ!!!」
彼の手に触れると、自身の手が軽い火傷をした。

訳が分からなくて、彼を見ると彼の目から赤い涙が出ていた。
あれはミーナさんにも同じようなものが出ていた。
まさか!!!

「痛い、痛い、痛い」
彼はその場から走り去った、そのとき背負っていた槍を落とした。

「マコトさん、マコトさん!!!」
僕も慌てて彼を追いかけたが、彼の強者のマギアで作られた結界で閉じ込められた。

「来ないで、来ないでアスラさん……」

ボゴッボゴッボゴッ

彼の体は、赤く光り、離れているのに髪が焼けるほどの熱を発しながら周囲の地面を氷のように融解して、まるで走っていく彼は段々と地面に埋もれていった。

そして、彼が地面から完全に埋もれて数分後、認めたくない真実が現れた。

ジュッ
 ゴポ、ゴポッ

その地面から彼は大量の巻き上げた土砂を溶岩に変えながらその姿を現した。
その姿は、巨大なティラノサウルスのような肉食恐竜で赤い鱗にところどころ黒いものも混じり、頭から背中にかけての背びれは赤と青の混じった炎が常に燃え続けて、胸にはワシのような鋭いクチバシが生えており、体全体が葉っぱの模様みたいなものが伸びていた。

「キェェェェン、グワァァァァン!!!」
聞いたものを恐怖させる地面を壊す悲しみにも近い咆哮。

「まさか、マコトさんはリンネになったの?」

「遅かったか……」
落ちた槍は消えて、代わりに黒いローブの男性が下唇を噛みながら立っていた。

「まさか、アナタが魔王様なんですか。
マコトさんは、マコトさんは……」

僕に気づいたのか金色と黒紫の瞳で見つめて話し始めた。

「マコトは強欲のリンネとなった」

リンネになったの、なんでここまで頑張ってきたのに彼もあの苦しい現実から逃げずに立ち上がろうとしたのに。

「返してください、返してください、マコトさんを。
だって、僕まだ彼に何もできていないんですよ」
分かっている彼に言っても意味はないと言うことをだけど今の僕は、この気持ちを誰かにぶつけることしかできなかった。

「すまん我としても、もう彼を戻すことはできない」

僕は頭を抱えながら座り込んだ。
「うっ、うっ、そんなそんな」

「ならばアスラよ、貴様にチャンスを与える」
それを見かねた魔王様も座り込んで自分の肩を握って頭を持ち上げた涙で汚れた僕に目線を合わせて言った。

「チャンスですか」

「我の能力は、再臨というその場で死ねば一年前の時と自分がいた場所に戻れるもので、記憶などを持っていくことができるものだ。
その能力を望むなら、貴様にやろう」
そうなんだまだ終わっていない、まだ希望が残っているならそれにしがみつくしかない。

「お願いします、僕にもう一度、彼とのやり直しを」

「だがなこれは欠点があって、絶望のままに死ぬと二度と生き返られなくなる、希望を抱く者のみ生き返ることが許される能力だ。
お前に事実を言う、我は繰り返したが転生者はリンネからは逃れられない。
それは貴様も同じ、それでも望むか」

「はい、僕にそのやり直す最後の希望をください」

「なら、我の瞳を見ろ」
すると彼の片方の黒紫の瞳は吸い込まれるような輝きを放っていた。

ギィンッ

「な、な、なんですか」

すると魔王様は何か納得した様子で人差し指を自分の前に差し出した。
「ほう効かないか、そうかならばここから血を飲め。
そしたら我の能力を受け継ぎ、それを使えることができる」

ガシッ

チュボチュボ

僕は迷わず、彼の指を噛んでそこから溢れる血を飲んだ。
「そこまでためらいもせずに行うとは、よほどマコトに思い入れがあるようだな。
だがな、恩返しと言っても限界があるそこまで貴様がやる必要はないのではないのか」

「違う!!!
あの人はもう恩人ではないんです、もう仲間なんです親友なんですよ、絶対に助けないといけない。
その助ける手段があるのに、それを諦めるなんて絶対に嫌なんです」

「愚問だったようだな。
ところで槍から聞こえてきたがその杖の名前は貴様の世界の月の女神から取ったのか」

「はい、マコトさんが作ってくれた月杖アルテです」

「いい名前の杖だな、その杖は彼の思いによってマコトと我の魔槍のように魔力で貴様と繋がっている。
恐らく、再臨の性質を使ってもその杖だけは貴様と同じ世界に持っていける」

「そうなんですか、マコトさんありがとう。
それとお願いがあるんですけど、これで僕を突き刺してください」

「そうか、マコトの作った杖でか分かった。
せめてもの情けだ、我自身が突き刺す。
痛いが我慢してくれ」

ザンッ

グシュ

胸の心臓の位置に刺されたが、痛みなんて感じない、僕には希望があるのだから。

「その先は地獄かもしれないが希望の炎を絶やさぬようにゆめゆめ忘れるな。
だがそこまでの覚悟、貴様もよほど辛かったのだな」

「いいや、僕はただマコトさんやマーニさんにまだ何もできなかったので。
それとありがとうございます、魔王様、僕にまたやり直せる機会をくれて、せめて名前だけでも」

すると、魔王様はほとんど起き上がる気力のない僕の目の前まで近づき、頭に被っていた黒いローブを脱いだ。
その黒いローブに隠された姿は黒と蒼が混ざった長髪で袖から蒼白い腕とともに無数の黒い触手が蠢いていた。
「我が名は、魔王ゴグマゴグ・フール。
生命と狂気を祝福する者。
あらゆる者を狂乱に陥らせる邪眼で見つめても正気を保てた貴様に祝福があらんことを」

「ありがとうございます……」

転生者とこの世界を救う、その願いを胸に迫り来る強欲のリンネの姿を目に焼き付けて、そのまま僕はこの世界から去った。
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