第29話 色欲(リンネ)

文字数 2,696文字

「マコト、マコト」
アスラさんの声が聞こえ慌てて目を覚ますと、そこにはどこかで見覚えのある草原が広がっていた。
そうだ、ここは都市ティルウィングの外に広がる草原地帯だ。

でも、おかしい都市ティルウィングも草原も以前暴食のリンネによって荒れ地のようになっているのに。
ただ呆然と見渡している自分にアスラさんが話しかけてきた。

「マコト、分かっていると思うけど今見えているのは幻だから。
自分たちは今、色欲のリンネの体の中にいるから」

「そうだよね、うんそうなんだよね」
そうだった、あのとき俺たちはリンネに食べられたんだった。
それとティルウィングやあの草原も今はもう無いんだ、景色が綺麗で好きなところだったんだけど。

ううん、それよりも今は言うことがある。

「ありがとうアスラさん」

「仲間だから当然のことをしたまでさ、それとマコトは役に立たない人じゃないから、ほら立って抜け道を探さないと」
そして、立ち上がった彼に手を貸してもらって立ち上がって、草原の中をただ歩いて行った。

パァァァァンッッ

少し歩くと、高い汽笛の音とともに突然景色が変わり、次はいきなり目の前に電車が通ってきた。
駅のようだけど、周りには自分とアスラさん以外誰もいなかった。

「う、うーん、ここは俺が死んだ駅かな」
この駅は毎日学校帰りで通っていた滝宮駅、そうあのとき俺が電車でひかれた場所だった。

「ここがマコトの故郷、魔王様が言っていた転生者たちが住んでいた星、エデンか。
話しは聞いていたがここまでの文化が発展しているとはな、なかなか興味深いな」

「モードレッドさん!!!」
すると後ろからキズだらけの体に刃こぼれしている大剣を持ったモードレッドさんがいた。

さっそく、外で起こっていることを話して、今でもリンネが成長を続けていることを伝えた。

「そしたら、一刻も早く彼女を止めなければな」

そう言った横で話していたモードレッドさんのほうを見るとそこには誰もおらず、彼は後ろにいた。
「あれ?
さっきまでとなりにいたのに」

「気づいたら後ろにいたな」
本人も自覚がないようでよく分からなかったがアスラさんは知っているのか話し始めた。

「恐らくこのリンネの色欲聖域内は、僕ら三人の記憶をコピーしてその空間を作っている。
しかし、そのほかにも空間がねじれているため近くにいた人が遠くに行ったり、遠くの人が近くに来たりしているのだろう」

「メェェェェ!!!」
彼の話しが終わると、突然隣に紫の毛をまとったヤギに似た姿の魔獣ギプソフィラが突然現れた。
これがこの聖域内で頻繁に起こっているのか。

魔獣も一瞬驚いたが、即座に歪曲した角から染み出した毒液を付着させようと頭突きをしようとしてきた。
その毒はモードレッドさんの毒よりは弱いが、毒が付着したまま日光に当たると火傷の跡にできる水ぶくれのようができ、そこから強烈な痛みが生じると言う。

ガギィン

アスラさんは慣れた手つきですぐにその魔獣を氷漬けにした。

「ありがとう、アスラさん」

「すごいな、キミは本当に」

「とりあえず行こう、ミーナを助けないと」

そう感心している俺とモードレッドさんを置いて、彼はそのまま先に進んで行った。

✳︎✳︎✳︎

そして、三人で変わらない景色を進み続けると、花畑に出た。

その広場は、赤、白、黄色のチューリップの花畑が広がっていた。
なんだろう、どこかで見覚えのある風景だ。

「自分の後ろに隠れろ、マコト。
何か来るぞ」

ビュンッ

風がその広場を吹き抜けた、咲いたチューリップは風になびいていた。

気配は感じる、だけどどこにいる。

しかし、どこを探しても花畑以外、何も見えなかった。
だが、なにかが確実に自分たちに狙いを定めている。

ズキィン

「ゲホッ、ゲホッ」

いきなり心臓が痛み胸を抑え、咳き込んだ。

口を抑えた手のひらは、真っ赤な血で染まっていた。

「まずい、この広場一体に色欲聖域が広がっている」

「なんの気配もない、恐らく聖域を出しているのはこのチューリップじゃないのか」

「アスラさんやモードレッドさんは大丈夫で、ゴホッ、ゴホッ」
話そうとすると、一気に血が口から溢れ出した、俺の強者のマギアよりも強いのか。

「色欲聖域は、自身に受ける攻撃を吸収してそれを自身のものにする魔力結界。
マコトのマギアは普段から微弱だけどいつも無意識に発動している。
だから、今は魔獣戦うときに防御するのと同じぐらいのマギアを自分に張り巡らせて」
彼の言う通りにマギアのシールドを強くさせると先ほどよりもだいぶ胸の痛みがなくなってきた。

「まずいな、このままだと二人ともここでやられる。
すまないミーナ、あなたのことをずっと守ると約束したのに……」

ビュンッ

ドガッ

ババババァーン!!!

モードレッドさんの太く巨大な剣で大地を叩き、一瞬にして周囲の花を散らした。

「倒せましたか」

「いいや、だがこれで正解だ。
彼女のリンネとして発動する色欲聖域は、加えた攻撃を自身のものに吸収する能力。
だから、自分のこの黄金以外を溶かす絶死毒の体を吸収させてリンネを倒す」

ドプッ、ドプッ
すると彼は色欲聖域の影響で地面に沈んでいった。

「モードレッドさん!!!」
彼を助けようと手を伸ばしたが。

「危ない、マコト」
ガシッ

アスラさんに腕を掴まれ前に進めずにいた。
離してくれと言うと彼はもう諦めの色を浮かべて無言で更に掴んだ腕を強く握った。

「これしか、もう彼女を止める方法はないんだ」

「でもアスラさん、それじゃあモードレッドさんが」  

すると少し離れたところで自分たちの会話を聞いていた彼は、沈んでいく体を気にせずに明るく笑顔で話し始めた。
「そうかここまで心配されるなんて、嬉しいな。
ありがとう二人とも、おかげで彼女の心にも気づけたよ。
もう行くといいよ、君たちの時間は進んでいるから」

すると、自分の背後から人が入れるぐらいの大穴が開いた、そこからは眩しい朝日が差し込んできた。

「モードレッドさん!!!」

ガシッ

「逃げますよ、彼の為にも」

アスラさんに引っ張られた俺は、遠くで地面に沈んでいく微笑みながらあさってを向く彼を見届けるしかなかった。
ごめん、ごめん、もっと俺に力があれば。
 
「ミーナ、長い道のりだったが、これでやっと君の隣にいられるよ。
二人でいれば地獄だって楽園だろう」

「ごめ、なさい、モー、レッド、そ、て、ボク、愛してありがとう……」

「あぁ、こちらこそ感謝するよ」

二人の会話を聞いたのを最後に、その場所は崩壊していき、俺たちはそこから走って逃げた。
アスラさんも聞こえていたのか、声は出さず、くちびるを噛みしめながら、目から涙が流れていた。
その光景は深く俺の心に焼きついた。




そして、朝日が瞳を照らし、眩しかった。
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