第18話 勇者(ブレイブ)

文字数 3,251文字

その次の日、嵐の後の青空に照らされる光景を見て動揺で震えるしかなかった。
ラウさんの飛行艇から眺める街は、石と木だけが散らばっている荒地となっていた。
この前まで人が住んでいたとは思えないほど……

また、周囲の草原に覆われていた大地は削り取られ、街の城壁も一部を残しながらもほとんど崩れていた。

昨日のラウさんのあの暗くなった表情の意味が分かった。

「なんだよ、これは何なんだよ。
街がほとんど、壊されているじゃないですか」

うなだれる自分にアスラさんが横に立ち、街を見つめながら悔しそうに口を噛んでいた。

「これが暴食のリンネの恐ろしさだ。
周囲や自分以外の内部や外部からどのような干渉を通さない結界こと暴食聖域を作り、そこに閉じ込めたものを喰らい尽くす」

「ーーアスラさん、そしたら、街の人々は」

「残酷なことを言うけど、あの日初めて見た四機の飛行艇はラウのものではなく、暴食のリンネが擬態したものだった。
だから僕たちが離れたときに街の人たちはもうリンネに食べられたんだ」

「えっ……」

言葉を無くした俺を思ってか、彼は話しを続けた。

「でも、まだマーニやラウ、モルガーナ先生の尽力があって撃退することができた。
本当だったら、リンネに襲われたら、何も残らないから、これでも奇跡に等しい」

アスラさんは表情ひとつも変えずにただ街を見ていた、それは彼にとって見慣れた光景だったのかもしれない。

「俺は何もできなかったのか。
マルスさんやマスターから救ってもらった命なのに」

そんな弱音を言った俺に彼は肩を優しく掴み、落ち着いた様子で俺の目を見て、ゆっくりと言った。

「自分を責めないで、アナタは何も悪くないんだから」

「いや、俺は怖くて何も身体も動かなかったんですよ。
本当なら、あんな攻撃も避けれたのに」
俺が何もできなかった罪悪感からかアスラさんから目を逸らすと、彼も気を使ってくれたのか肩を掴むのをやめて背を向けて話し始めた。

「嘘をついて、自分を否定するのはやめたほうがいい。
リンネの攻撃なんて避けれるはずがない、この世界にとって災厄にも等しい存在なのだから」
そう言う、彼の言い終わる言葉には何もできない悔しさが混じったような感じがした。

「ーーでも、俺にも何かできたはずだ」

ガンッ

アスラさんは持っていた杖を思いっきり床に突き、俺のほうに近寄り顔のところまで近づいて怒りを混じった声で言った。

「その考えだけはやめろ、マコト!!!
そんなあいまいな言葉を実行するのは、ただの蛮勇だから。
それでリンネに殺された人を何人みたのか」

そうだ、多分アスラさんはずっと魔獣やリンネと戦って、こんな似たようなことを何度も見て経験したんだ。
そしたら、今の自分の言葉は侮辱だ。   
「ーーごめんなさい、アスラさん」

「分かればいいんですよ、分かれば。
だからマコト、無理だけは絶対にしないで。
もう、僕はそんな人を見たくないから」
アスラさんはそう言うと、普段の落ち着いた表情に戻って飛行艇の中に入って行った。

そして、しばらくしてから俺も飛行艇の甲板から廊下に入り、船室に戻ろうとすると、隣の扉からすすり泣く声が聞こえた。
声はマーニさんのようだった
昨日はあの後、謝りに行ったら彼女はちょっと怒りすぎたと言って仲直りしたけど……

「いいのよ泣きなさい、マーニちゃん。
マコト君やアスラ君には内緒にするから」

「うんお願い、こんな弱い私なんて二人には見せられないから」

「今日は泣きなさい、涙を流すことが弱い人ではないから」

一番辛いのは、マーニさんだ。
父親であるマスターが俺を助ける代わりに死んでしまったんだから。
俺は心にそう決め、再び会うであろう暴食のリンネを倒す方法をアスラさんに聞こうと彼を探した。

すると、ラウさんの部屋からアスラさんの二人が話しているのを聞こえた。

「ソドムの林檎?
そんなものが10ヶ月後に現れるのか」

「そうだね、リンネ以上の化け物が」

「ふーん、それでそんなことはどこで知っていたんだい」

「魔王様の予言さ」

「魔王の予言か。
それなら信用してもいいね」

「あの魔王様は謎は多いけど、嘘はつかないから」

「それでそれなりに準備したほうがいいのか」

「そうだね、あまりにも未知数で何が有効なのか分からないからね」

「武器の準備、帝国の謎、やることがたくさんあるな」

「頼む、ラウ」

「あぁいいよ、いいよその為に一度死んだようなものだから。
それで君はどうするんだい、アスラ」

「僕は、都市クラレントに向かう。
他の魔獣の動きも気になるから」
一人で行くのかなアスラさん?
あんな強い魔獣やリンネに……

「まぁね、鏖殺の魔獣はあの大陸に閉じ込めたからいいけど、何かに触発されているのか他の魔獣も最近それなりに活発になっているからね」

「じゃあ、僕はこれで」

「だが恐らく小生が死んだから都市クラレント付近のカリバーン海域にはミーナさんが帝国海軍を連れているかもしれないから。
気をつけるように」

「そうですか、それはありがとうございます」

ガチャ
話しを聞くことに夢中になって、誤って俺はドアノブに手を当ててしまい音が出た。

「あっ」

二人に気づかれて、アスラさんが扉を開けた。

「マコト、どうしたんですか」

「アスラさん、その一人で魔獣達と戦いに行くんですか」

「まぁ、そうだね。
別に前から予定していたことだから、そんなものは慣れているから」

「ダメだよ、あんな強いリンネや魔獣を一人で戦うなんて、俺も連れて行ってください、足を引っ張るかもしれないけど俺もアスラさんの協力したいんだ」

「そうですか、いいですよ。
アナタの覚悟は信じられますから」

「ありがとうございます!!!」

「ちょっと、待ちなさい!!!
なに勝手に二人で恋人のように話ししているのに。
私も連れていきなさい、私たちは魔王軍三勇者なんだから」

「マーニさん、大丈夫ですか」

「んっ、何のことかな?
私はいつでも大丈夫よ。
だって、帝国四英雄の他に魔獣を倒せる魔王軍三勇者の名前を全世界に知らしめるチャンスじゃないの」

「来たいなら来るといいよ、僕に覚悟を持った人を否定する権利なんてないのだから」

✳︎✳︎✳︎

それから数日後、荒地となった都市ティルウィング近くの大河に都市クラレントに向かう船が止まっていた。
その船はなんとか暴食のリンネからの攻撃を免れたものだった。

カンッカンッカンッ

耳がキンキンするような音が周りに鳴り響いた。
それは船の出港の合図だ。

俺たちはそれに乗り込み、もう一人の魔王軍幹部がいるクラレントに向かうことになった、アスラさんの魔獣の調査とティルウィングの実状を知らせるために。

「この都市は任せなさい、三人とも先生が前よりも発展させるから」
先生やその他の生き残った街の人がお見送りをしていた。
皆んな、辛いはずなのに笑顔で手を振っていた。

「モルガーナ先生、私の故郷を頼みまーす!!!」
手を振り返している俺とアスラさん二人と違いマーニさんは大声を出して別れを告げていた。

見送っている最中、俺は隣にいたアスラさんに質問をした。

「もう、ラウさんは行ったんですか」

「あぁ、聞いたと思うけど僕とラウは十ヶ月後に現れるソドムの林檎と戦う、彼は石油や鉄鉱石などの兵器の資材を集めたりするために僕たちとは反対側の東側に向かった」

「そうなんだ、じゃあ俺たちも頑張らないと」

「あぁ、そうだね。
でも、僕のために戦うのだったらすぐにでも仲間を解散させますから。
僕のために命を投げ出す人はもう見たくないから」

「わかったよ、アスラさん。
それでマーニさん……」

アスラさんとの会話が終わり、横にいたマーニさんの顔を見ると、ほっぺたを焼いたモチのように膨らませたようなむすっとした顔をしていた。

「もう、なんで私抜きで話しをしているの、マコトとアスラのイジワル」

その後、マーニさんにほっぺたをつねられたことは言うまでもないよね。
ごめんなさい、マーニさん。

そして、俺たちの魔獣やリンネを倒して世界を救う勇者となるための旅はここから始まった。
覚悟と決意を胸にしまい込んだ、その願いを叶えるために。














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