第2話 草原都市(ティルウィング)

文字数 5,477文字

その街の地面は石で詰められて、レンガ造りの家が立ち並んでいる。
簡単に言えば俺がよく見てた本の中世ヨーロッパのような街並みだった。

歩いている街の人々は人間ではなくて、耳が尖っているエルフや低身長でがっしりとした筋肉とあご髭が特徴のドワーフなどがいた。
ここの世界でも、エルフやドワーフという名前で呼んでも通じるようだ。

そしてここは都市ティルウィングという名前の街らしい。
さっそく、森で出会ったエルフの剣士マーニさんの案内でこの街の町長のところへと向かった。

そこの町長は冒険者ギルドのマスターもやっているらしく、魔獣やリンネについての情報が得られかもと思い、その場所へ向かった。

そして、彼女に道案内をされた場所は。

「ここが冒険者ギルドですか」

「えぇ、そうね」

この世界の冒険者ギルドというものは、主にその街の住民達の困り事や頼み事を冒険者に報酬を支払って解決するところの仲介場所であるらしい。
この冒険者ギルドの外見は古びた民家のような感じだった。

バタンッ
ギィー
俺は木でできた扉を開き、中に入った。

「失礼します」

「はい、いらっしゃい」 

そのギルドに入ると、誰一人もいなくて、いるのはここを運営しているであろうギルドマスターらしき男の人だけだった。

ボサボサとした黒髪でアゴに髭がポツポツと生えていた三十代ぐらいのおじさんみたいな人だった。
カウンターを枕に今にでも昼寝をしようとあまりやる気の無さそうな感じの人だった。

「こんにちは、あのアナタがこの街の町長さんですか」

「そうだ、それにしても見ない顔だな。
旅の人かい」

「彼はマコト君って言う名前で。
記憶が無くて、カラド森林地帯で迷子になっていたのよ」

「あぁそうなのか、それは中々苦労したね。
なにか所持しているものはないのか」

そう言われると、俺は持っているものを出そうとしたが何もなかった。

「ところで聞きそびれていたけど、マコト君は人間なの?」

「俺は人……」

「いや、彼はマジックスライムさ」

すると、俺よりも先にそのマスターがマーニさんにそう言った。
マスターは、当たり前のように表情ひとつも変えずにマーニさんと話しをしていた。
なぜ、そんなことを言うんだろう、何かあるのかな?
俺がそう思ったとき、話しを終えた彼がマーニさんには聞こえないように近づいて耳元で囁いた。

「今それは言わないほうがいい、君のためにも彼女のためにも。
ぼくはマルスとの仲間さ、敵ではないから安心するといいよ」

マルスさんが言っていた協力者だったんだ。
だけどマスターの表情から、普通に人間と答えるのはトラブルの原因になりそうな感じがした。

「そ、そ、そう、俺は人の姿が好きなマジックスライムです」
とか言うけど、マジックスライムって何なんだろう、後で聞いておこう。

「へー、マジックスライムなんですね。
もしかして、君がマキュリー様だったり、というのは冗談だけど。
それにマスターやマキュリー様以外にこの街にマジックスライムが訪れるなんて珍しいですね」

「まぁ、ぼくらは自由奔放だからね。
同じ場所にとどまることを嫌うから」

彼女は何かを思い出した顔で別の話題を話した。

「ところでマスター、魔獣はどうなの?」

「街近辺には現れていないが最近、沼地に巣を作ってそこで住み着いているようだ」

「ところで魔獣ってどんなものなんですか、さっき戦ったイノシシみたいなものとは違うんですか」
マルスさんも言っていた、魔獣とは一体なんだろう。
よく分からなかったためマーニさんに聞いてみた。

「そうか君はまだ詳しくは知らないのね、魔獣っていうのは普通のモンスターと違ってこの世界に存在しない魔力を持った異質な生物のことを言うの。
だけど、他のモンスターには比べられないほどの凶暴性で、目にうつる他の生き物は徹底的に攻撃を加え、そして捕食するわ」

そして隣のマスターが腕を組みながら話し始めた。
「魔獣は、マルスによると十二種類いるらしく、今回の相手は魔獣シンビジウムという獣なんだけどね。
最近になって、たびたびこの街の家畜や住民が襲われ、かなりの被害を被っているんだよ。
住民のほうは死者が出ていないのが幸いなんだけど」

そうだ俺の出番だ、俺は魔獣を倒すためにこの力とマギアがあるんだ。

「やります、やらせてください、俺が魔獣を倒します」
  
「いいや、今の君はやめたほうがいいと思う」

「えっ、いやマスター俺はマルスさんに魔獣を倒すために……」

「分かっているとも君のその言葉、その覚悟。
でもね、魔獣は本当に恐ろしい存在なんだよ。
そこらへんにいる君が戦ったモンスターに比べると遥かに危険なものだ。
君のその力があっても下手をしたら死ぬんだよ」
死ぬ、そうか確かにこの世界に転生したけど、死なないなんていう言葉はないんだ。
もう二度とあんな思いなんかしたくない、今になって思うとあれを思い出すたびに全身が痛く感じてしまう。

「ありがとうねマコト君、私を気にして言ってくれたのね」
すると、彼女は嬉しそうに微笑みながら何かを我慢している顔でそう言った。
えっどういうことなんだ。

「すまないなマーニ、また頼ってしまって。
マキュリーには監視を頼むから、無理だけはしないでくれ」

「どういうことなんですか」
話しの流れが分からず、俺はマーニさんにありがとうの意味を聞いた。

「あぁ、それはね私が魔獣から街を守っているのよ」
彼女は、誇らしげにそう言った。
そうなんだ、マーニさんが街のために魔獣と戦っていたんだ。
よく見てみると、鎧の隙間から隠すようにいくつもの包帯が見えた。
多分何回も戦っているんだ、死ぬのは怖いけど、彼女をほっとくことはできない。

「やっぱり、俺も手伝わせてください。
助けてもらった恩もありますから」

するとマスターは、ため息をつきながら言った。
「何回も言うけど魔獣はそんな簡単に倒せる相手ではないんだぞ。
それもマーニにはまた別に恩を返せばいいんじゃないのか」

「いや、なんの取り柄の無い俺がマーニさんに返せるのはこれしかないと思うから、手伝わせてください。
足は引っ張りませんので」

するとマーニさんはマスターの丸めた手を両手で握りながら言った。
「マスター、私からもお願い。
着いて行かせるだけでもいいでしょう。
あの魔獣を倒せば、彼も簡単な依頼を受けやすくなるから。
それも一人でイクサイノシシも倒せるから鍛えれば絶対強くなるから。
そしたら、この街からも魔獣を守れるでしょう」

「ーーそうか、そしたらマコト、町長としてこの街の為にお願いする」

「はい、頑張ります」
俺がそう言うと、マーニさんはニコニコと笑顔になりながら、袖を引っ張って外に出て行った。

「行こう、マコト君!!!」

✳︎✳︎✳︎

そして俺たちは街を後にして、街周辺に広がるボルグ草原地帯とカラド森林地帯の間にある、朝通った沼地に到着した、そしてその魔獣が住むと言われる巣に辿り着いた。

「ここがその魔獣とか言う、モンスターの住処か。
なんだろう、この花は?」

その巣には、透き通った黒紫の結晶のようなものでできた華がいくつも咲いていた。

「それは魔獣が他の生物を捕食したときに出てくる魔力が固まった魔石が花状になった魔獣華よ。
華は美しいんだけど、魔獣は危険な存在というのは忘れないでね、マコト君」

「分かりました、マーニさん」

俺がそう言うと、彼女はくるりとこちらを正面に向けて、モジモジと話した。

「そのマコト君、できれば私の名前、呼び捨てにしてもらってもいいかな。
そのほうがなんかお互いに壁を感じられないから」

「うーん、でもマーニさんは俺を助けてもらった人だから呼び捨てなんてできないかな。
でも俺のほうは呼び捨てで呼んでもらってもいいかな?」

俺がそう言うと彼女はクスッと笑った、俺なんか変なこと言ったかな?

そして、俺たちが魔獣を探していると、歩きながらマーニさんが話しかけてきた。

「ありがとうね、マコト。
君がついてきてくれて、私何回もその魔獣と戦っているんだけど、本当に怖くて。
でも、君がついてきてくれたから、私頑張れるわ」

「そうかこんな俺でも少しでも役に立ったら、嬉しいな。
思ったんだけどマーニさんは負けたときとかはどうやって逃げているんですか。
もし、二人で倒せなかったらどうやって逃げようかなと思って、深い意味はないんだけど」

「本当はいつも助けられているのよね。
私が魔獣に追い詰められたとき、マキュリー様がどこからか現れて助けてくれるんですよ」

「そうなんだ、ふふっ」

「何がおかしいの?」

「マーニさんは強いけど、誰かから助けられるときもあるんですね」

ギュー

すると、彼女はムッとした顔になってほおをつねってきた。

「痛い、痛い、ほおをつねられないで」

「もう君はイジワルだね、私だってそんなときもあるよ。
それにしても、君のほっぺた、焼きたてのパンのように柔らかいね」

「ごめんなさーい」

それにしても、マルスさんと同じ魔王軍の幹部のマキュリーさんか、どんな人なんだろう。
きっと、マーニさんがピンチのときに駆けつけてくれるから、王子様のようなかっこいい人なんだろうな。

俺たちがそんな会話をしていると、沼地の奥から誰かの必死さを含んだ大声が聞こえた。

バシャバシャ

「逃げろ!!!」

「ギャァァァ!!!」

ゴガァァァ!!!

「あれが魔獣シンビジウム」

毛のない緑の肌に、魔獣から必死に逃げて服が乱れており、片手には木でできた棍棒を持っていた。
そう、よくゲームなどで見かけるゴブリンだった。
様子を見るには、一人のゴブリンが魔獣に片腕を噛まれ逃げ出せないようだった。

その魔獣の姿は、黒と紫に彩られた禍々しい体毛を包み込んだ、自分の太ももぐらいの牙を持つ巨大なイノシシの姿だった。
この世界に来てから初めて会ったイノシシとは姿は似ていたが、体もこちらのほうが更に一回り大きく、周囲から漂わせる殺気も感じたことのないぐらいにピリピリと伝わってきた。
 
ダメだ、足が動かない。
これが恐怖なのか。
モンスターとは違う魔獣特有の気配も感じられ、更に身体は動かなくなった。

ザッ

「彼を離しなさい!!!」

俺が、気づいたときには彼女はもう魔獣の硬い頭に向かって持っていた刀剣を両手で叩きつけた。

ゴンッ

空気も震える重い音と共に魔獣は突然、現れたマーニの攻撃に驚き、噛みついていたゴブリンを離した。

「マーニさん!!!」

俺は彼女の名前を叫ぶしかできない動けよ、俺の足、手、体!!!

ドコッ

「ゴホッ!!!」

俺がすくんで動けない間シンビジウムは、マーニさんに頭突きをくらわして、怯んだ彼女をその凶悪な大木のような太さの牙でかみ砕こうとした。

動け、ここで動かないと彼女を失ってしまう、それは一番嫌なことなんだぁぁぁ!!!

動いたと思った瞬間、もう次に取る行動は分かっている。

ドコッ

ガギャァァァァ

そして、先ほどマーニさんに傷つけられた頭に思いっきり、槍を叩きつけた。
すると、二人の力が届いたのか、魔獣の骨が割れたような感触がこちらにも感じられた。

「もう、一発!!!」

ビュンッ

バガッ

ガァァァァ

そして、もう一振りすると確実に骨が割れた感触が伝わってきた。

✳︎✳︎✳︎

そして、俺達はゴブリン達とともに倒した魔獣を運び街に戻ってきた。
一旦魔獣を外に置き、古びれた冒険者ギルドの中に入り、マスターに事情を説明した。

「いやぁ、本当にありがとうマコト、マーニ。
これでこの街も平穏になるはずだ」

「魔獣はこれ以上の強さを持っているものもいるんですか」

「どの魔獣が強いというより、魔獣には特有の能力を持っているからね。
まだまだ謎なところも多い。
じゃあさっそく魔獣研究のためにも細かく解体しないとね」

ザクッ
 ザクッ

「マスターやゴブリンさん達も解体が上手いんですね」

「ゴブリンさん達は、元々狩猟民族でもあるから、解体はうまいんだけどね。
でも、一応ぼくもギルドマスターでもあるから。
これぐらいのことはしないと。
ところで、君たちの中に氷魔術を扱うものがいたのか。
シンビジウムの至るところに氷で傷つけられた跡があるんだが」

「いやぁ、いないと思いますけど、ゴブリンさん達はどうですか」

そう尋ねた彼らもポカンとしていた。
「いやぁ、あっしらはそんな魔術を使うような器用な人はいないですな」

「えぇ、そうなのかい。
魔力喰らうシンビジウムに、こんなにも魔力で作られる氷魔術で傷をつけるなんてね、いやぁ怖いなぁ」

「それよりもマスター、どのぐらいかかりそうなの」

「まぁ大きいからね、夜中までかかりそうだね。
もう、夕方だし、疲れていると思うし後は大人に任せて早く帰りなさい」

「すいませんじゃあマコト、行きましょう」
するとマーニさんは俺の袖を引っ張り、どこかに連れて行こうとした。

「えっ、どこに」
俺が立ち止まりそう聞くと、彼女はニッコリと笑顔で答えた。

「何って、私の家よ」

「いやぁ、さすがに会ったばかりで家に泊まらせるのわね。
だから、マーニさん、すいませんがお断りします」

「そ、そ、そうよね。
ごめんなさいね、また気が向いたらでいいからね」

カラン、カラン

少し悲しげな彼女の背中を見ながら、帰って行った。
ごめんなさいマーニさん、本当は泊まってもいいけど、背後から物凄い恐怖を感じたから、断るしかなかったんだよ。

「すまないね、マコト君」

「そうですねマスター、ハハハッ」
先ほどのマスターのにらめつけた顔と今の笑顔、マルスさんよりも怖いんだけど。

二時間後……

寒っ、寒っ、食堂でご飯食べていたら、ゴブリンの皆さんが先に宿屋に入って満席で取れなかったんだけど。
今日は野宿だよね……

そして、俺の異世界生活の一日はこんな感じで終わった。
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