35.二歳児との格闘

文字数 1,662文字

平也が二歳になったころから、また、困ったことが出てきました。どうしても、私の言う事を聞かないのです。私はあまりに忙しかったので、少しでも物事をテキパキとこなそうと、必死で平也にお願いするのです。「もー! 私の作るものはみんな食べて!」「おもちゃを何でも投げないで!」「お風呂びちょびちょにしないで!」等々。

また、悪いことに、この頃までには、乳児の頃とは打って変わって、寝なくなってしまったのです。特に夜、なかなか寝てくれないので、私のしたいことが一向に出来ないのです。それで、授業の用意とか、テストとか採点とか、すべて遅れるようになってしまいました。

それから、保育園で、他の子供の邪魔をするようになってきていると注意されました。まだ、二歳なので、他の子供と協調して遊べないのはしょうがないかもしれません。ただ、他の子供に危害を加えるようでは困ります。将来、いじめっ子になってしまわないかと心配になりました。ひょっとすると、一人遊びが過ぎて協調性のない私の影響かしら? やはり、早くから保育園に預けてしまったのがいけなかったのかしら? 段々と疑問が募るばかりでした。そして、この事について、なかなか、他人に相談も出来ないでいました。

そんな調子で過ごしていたある日、放課後の理科室でボーっとしていると、用務員の白羽さんが入ってきました。
「青澄さん、じゃなかった、茶霞さん、こんにちはー。今日は、お子さんを迎えに行かなくいいんですか?」
「あー、白羽さん。今日は、たまたま、主人が休みなので、行ってくれるんです」
「そうですか。そうですよねぇ。仕事に子育て、大変ですよね」
「ほんとに、なんだか、追われてばかりで、仕事も、子育ても、中途半端な感じになってしまって」
「ところで、青澄さん、じゃなかった、茶霞さん。どうも、頭の切り替えがうまくいかなくてすみません。あなたは、何年か前にも行き詰っていたことがありますよねぇ」
「えぇ。白羽さんに例の原稿をもらった時です。あの原稿はほんとに役に立ちました。改めて、ありがとうございます。私の気持ちの持ち方一つで、すべて変わったと思います。黒迷君の事を始め、生徒たちの事がずっと良く分かる様になりました」
「それは、良かった」

私は、その後の事も少し話しました。
「それに、実は、あの原稿を基に、私自身の経験を書き綴っているんです。そして、書いているうちに気が付いたことは、お買い物をするのには、資金が必要だという事です。生徒たちの大切なものを買ってあげるには、私の方に買ってあげるだけの余裕がないといけないという事です」
「ほ~、それは、そうですよねぇ」
「それで~、それで......、今、平也、私の息子の事が頭に浮かんだんですが......。ひょっとして、お買い物の気持ちって、息子にも当てはまるんじゃないでしょうか?」
「ふ~ん。なるほど~」
「私、なんだか、気が付いたような気がします。白羽さん、ありがとう! いつもいろいろと助けて頂いて......、なんとお礼をしたらいいか......」
「いいんですよ。私もお礼がしたい。あなただって、他の人や動物を助けたことがあるでしょう」
「えっ? でも、ほんとに、ありがとう!」

私は、そう叫ぶと、カバンを手に取って、慌てて帰路に着きました。「分かった!」と思いました。今までは、平也に対して、私の期待と違う度に頭にきていたのです。まず、私に色々と期待があること、それ自体は、当然だし、悪いことではないと思います。ただ、それを、相手に押し付ける事は問題です。生徒たちにしてきたように、平也の大切なものを買ってあげないといけないのです。平也はまだ小さいし、自分の子供で生徒たちよりももっと身近だったために、その事に気が付かなかったのです。それに、資金作りは生徒たちの為と思っていて、平也の為の資金が残っていなかったのです。兎に角、資金は限られているから、身近な人、つまり、平也から始めないと。そして、余裕がある時だけ、対象の輪を広げていけばいいんだと思い始めました。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み