51.未咲の両親のこと

文字数 1,683文字

それからと言うもの、未咲の様子は、さらに変わってきました。どちらかと言うと、小学生の様な、やや幼稚な感じが出てきたような気がしました。それは、ひょっとしたら、押入れに押し込められる前の自分に戻りたいと言う隠された願望からかもしれません。いずれにしても、急に、私たちに小学生の子供が出来たような気にさえなったのです。ところで、未咲は、私に夢の話をしてからは、おねしょをしなくなりました。

その一方では、しっかりした面もあって、自分の両親の死に際の事を調べたいと言い出しました。それで、私も手伝う事になりました。まず、未咲の母の最期の住所を管轄している警察署に行って、当時の記録を見せてもらいました。その時に、未咲の両親に会ったことがあり、覚えていると言う警察官が出てきて、更に詳しい状況を教えてくれたのです。ある夜、未咲の母は、暴行された後、路上に倒れていたが、そこを通りかかったタクシーの運転手が見つけて、病院に連れて行った。偶然にも、その運転手は、失踪中の未咲の父だった。この二人は未咲が生まれる前から、15年程、会ったことも、話したこともなかった。それで、父は、自分の子供が居ると言う事を知らなかった。母の退院後は、父も、母のマンションに滞在して、療養中の母の世話をしていた。ところが、母は、階段を昇っている時に暴行事件に起因する脳障害で倒れ、亡くなってしまった。父は、その後もそのマンションに留まり、家出中の美世里、つまり、今の未咲を自転車で探し回っていた。そして、そんなに経たない頃、三鷹市内を自転車で走行中に、車にはねられて死亡したと言う事でした。

それを聞いた時、未咲は、顔を真っ青にして卒倒してしまったのです。救急車を呼ばなければならないかと思ったのですが、間もなく意識を取り戻しました。未咲と私は、念のためにと、タクシーで帰宅しました。未咲は、タクシーの中で、また、驚くことを言ったのです。
「おばさん、あたし、ぞっとしたの。その、父を跳ねた車に、あたしが乗っていたから!」
私には、その意味が良く分かりませんでした。
「おばさん、その頃、あたしは吉祥寺の不良大学生たちの共同アパートで、どれい状態だったんだけど、どういう訳か、その時は、その四人と一緒に車に乗せられて三鷹市内を走っていた時だった。小雨が降っていたと思う。前を走っていたトラックにあおられて自転車の男がヨロヨロとしたところをあたし達の車がはねた。その時、あたしは、なぜか心臓をしめ付けられるような気持になったので、今でもよく覚えている。大学生たちは、『やべー!』と言っただけで、そのままその場を走り去った」
そう言うと、未咲は泣き伏してしまいました。私は、慰めようにも慰める言葉が見つかりませんでした。

そして、未咲が落ち着いてからの事です。未咲には、もう一つ気が付いたことがありました。未咲が家出中に一回だけ、母のマンションに戻ろうとしたことがあります。その時、未咲は、男の人がマンションに入るのを見て、母がどこかの男を連れ込んでいると思ったそうです。それで、結局、マンションには戻らず、家出を続けたらしいのです。ところが、狛江署での話を思い起こすと、どうやら、その男は、未咲の父に違いないのです。もし、未咲があの時マンションに戻っていたら、親子三人が初めて出会う機会であったはずなのです。未咲は、今更後悔しても仕方がないと言いましたが、残念がっている様子は隠せませんでした。

私は、未咲が自分のますます不幸な事情を知って、どうなってしまうか心配でした。ところが、例えどんなに不幸でも、まず事実を知ることは、その後の心の癒しに不可欠な事の様でした。私は、未咲が徐々に人間らしさを取り戻していると確信しました。

そして、未咲は18歳になりました。この時点で自立できるようであれば、里親との関係も解除されることになるのです。ただ、未咲の場合、まだその様な状態とは思えませんでした。それに、折角未咲が心を開いてきてくれてきたところです。それで、私たちは、里親子関係を20歳まで延長してもらうことにしました。
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