26.深まる仲

文字数 1,702文字

それからというもの、私は、緑念先生と休日にも会うようになりました。調布で待ち合わせて、深大寺と神代植物公園に行ったり、多摩川沿いを歩いたり、吉祥寺を散策したりしました。新宿で映画を見たり、高尾山へ出かけた事もあります。彼は、小学生時代、毎年秋に全校遠足として、電車一本を借り切って高尾山に行ったそうです。それで、いくつかある山頂へのルートをすべて知っていて、一番景観の良い緑の深いルートを選んでくれました。その日は天候も良く、清流に注ぐ清水に触れたり、鳥のさえずりを聞きながら、とても気持ちの良い散歩をしました。私は、「これでも東京?」と思わざるを得ませんでした。

そして、いつの間にか、手を繋ぐようになり、腕を組むようになり、肩を組むようになりました。私は、自分の体が彼を受け入れる準備をしていることを実感しました。帰りが遅くなる時は、必ず、彼が私の家まで送ってくれました。その途中に小さな公園があるのですが、ある時、彼がそこで立ち止まり、私を公園の中に連れ込みました。彼は、おもむろに私に向き合い、いきなり私の口にキスをしたのです。そして、私の事を強く抱きしめました。私は、もう嬉しくて、嬉しくて、されるままにしていました。彼は言いました。
「入絵、もう離さないよ!」
私は、何も言わずに、強くうなずきました。それからは、私も彼の事を符吹と呼ぶようになりました。やっと、私にも彼氏が出来たのです。それも、私には勿体ないような素敵な彼氏が!

さて、事が進むと、私たちの学校での行動が微妙になってきました。職員室に居ると、どうしても彼の所に目が行ってしまいます。符吹も、しょっちゅう私の事を見ています。それで、互いにのろけた視線を交わす訳です。

また、校内菜園の作業中に、金識さんが言うのです。
「先生、この頃、緑念先生との恋愛ごっこがバレバレで、みんな呆れているよ。でも、先生にしても、あのきざな緑念先生にしても、うぶだよね。いい年しちゃってさぁ、初恋同士ですよ~って言ってるようなものだものね。いずれにしても、もう少し、うまくやらないと、他の先生方や保護者から叩き上げに会うよ」

世間話に疎い私でさえ、まずいかなぁとは思っていましたが、ここまではっきり言われるとは思いませんでした。その後も、金識さんは言いたい放題でした。
「それにしても、どうして、あの、きざな緑念先生なんかと付き合ってるのかなぁ? それに、あのイギリスかぶれした英語の発音は耐えられないよ。私はアメリカ発音の方がいいわ。まぁ、兎に角、私のタイプではないよ」
「あら、あなたのタイプって?」
「もっと個性的な人」
「ふ~ん。じゃぁ、黒迷君とか?」
「先生! 辞めてよ!! そんなんじゃなくて、もっと賢くて、強くて、弱いものの味方をするような人。例えば......、バットマンみたいな人」
「へ~? 随分現実離れした趣味なのね」
「ん~、実の所は、親が厳しくて、とても男性と付き合うなんて許されないの。だから、そう思っているだけ。でもね、お姉ちゃんから、交際の話は、なんだかんだ聞いているんだ。私も興味あるんだけどなぁ~」
「そうだったの~。先が楽しみね」

それからしばらくたった頃、符吹が、私の事を両親に紹介したいと言いました。それで、夕食に招待されたのです。符吹は、両親に私の事を恋人とか彼女と言って、話していました。そして、確かに、「真剣だ」と言ったのです。両親にそう言ったので、私は、符吹が私と一緒になること、つまり、結婚することを意図しているのではないかと察しました。それからは、何回か、符吹の家に行き、夕食をご馳走になりました。

その次に符吹の家に行ったは、様子が違いました。両親は、知り合いとの旅行という事で、不在でした。私たちは、一緒に夕食を作り、乾杯をして、自分たちの家のように振る舞いました。そして、ほろ酔い気分の時に、符吹が迫ってきました。私は、もう一緒になる身だと思っていたし、何もはばかることはないと思いました。私たちは、初めて一夜をいっしょに過ごしたのです。この時、私は、確信しました。「やっぱり、私には東京に王子様が待っていたんだ!」と。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み