23.理科室での出来事(東京版)

文字数 1,584文字

黒迷君との毎週木曜日の会合ももう、長いこと続いていました。私たちは、相変わらず、いろいろな事を話しました。そして、ある日の事です。
「先生。俺、先生の事が好きだよ」
その頃までには、私はその事に感づいていました。
「嫌われてなくて嬉しいわ。自分の素直な気持ちを言えるのは良いことじゃない」
「良かった。じゃー、もう一つ言っていい?」
「どうぞ」
「先生のオッパイ触りたい!」

流石にこれはまずいと直感し、逃げ出そうとしたのです。そして、その瞬間に、高校の時以来うまく機能していたはずの膀胱が緩んでしまったのです。生暖かい感じが足の間を伝わって降りて行くのが分かりました。黒迷君はびっくりした様子で言いました。
「先生! 床が濡れてる!」

私はもう恥ずかしさで俯いて、黙ってしまっていました。黒迷君も唖然としているようでした。私は、少し経ってから、落ち着いた振りをして言いました。
「黒迷君、ちょっと待っていて。準備室に行ってくるから」
「先生、じゃ、俺、ここ拭いておくよ」
「ありがとう」

準備室で濡れた衣類を脱いでビニール袋に入れ、白衣を着ました。変なところで、昔の経験が役に立ったものです。出てくると、黒迷君は床を拭き終わったころでした。
「先生、ごめん。変な事言っちゃって。でもこの事、誰にも言わないから心配しないで」
「ありがとう」
「ところで、先生、着替えはある?」
「それが~」
「それだったら、俺、近くのスーパーで何か買ってきてあげるよ」
「黒迷君、ほんとにありがとう」
私は、黒迷君にお金を渡しました。

暫くして、黒迷君が息を切らして帰ってきました。私は、準備室で買ってきてもらった物を着ようとしたのですが、下着は小さすぎてどうしても入りませんでした。「私のおしり、いつの間にこんなに大きくなってしまったんだろう」と嘆きました。それで、諦めて、子供じみた小さなワンピースだけ着て、サンダルを履いて出てきました。
「わ~、先生、子供みたいで、可愛いね」
これには、苦笑しました。
「黒迷君、どうもありがとう。これで、私、家に帰れるわ」
「よかった。じゃ、また、来週の木曜に来ていい?」
「えぇ、また、来週ね」

実際には、ノーパンでは流石に駅の階段の昇り降りは出来ないと思い、その、近くのスーパーに行って、別の下着を買おうと思いました。ところが、黒迷君の買ってくれた小さな下着以外は品切れで、仕方なく男性用の白いブリーフを買い、トイレで履きました。それで、やっとのことで家路に着くことが出来ました。

その夜、夢の中に黒迷君が出てきました。その時も、やはり、「先生のオッパイ触りたい!」と言いました。私は喜んで胸をさらけ出し、その後、黒迷君の思うとおりにさせよう、と言う所で目が覚めました。あの時は、黒迷君の言葉に驚き、逃げ出さなくてはと思ったのに! でも、内心、こんなにいい子になった黒迷君が触りたいと言うなら、触らせてあげたいという気持ちがあるんだ、と言う事を認めざるを得ませんでした。そして、私、「まさか、黒迷君に惚れている?」と自問しました。それと同時に、私の内心に歯止めをかけている事柄にも気が付きました。私は、もう異性を経験したことがあるのだから、少しは大人になったに違いありません。高校の理科の先生の言葉も思い出しました。もし、黒迷君に胸を触らせたり、関係したりしたら、私は間違いなくクビになってしまいます。それは、誰にとっても良いことではないはずです。それに、黒迷君の発言は、幼くして失った母親への郷愁によるもので、恋愛感情とは関係ないかもしれません。

いずれにしても、あの時、黒迷君の態度に変化が生じていたことは確かです。母親のオッパイにすがりたいような子供から、一瞬のうちに、妹を助けるようなしっかり者に変わっていたのです。私は、あの時の二人の対応も、複雑系の様相を表しているかなぁと思いました。
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