48.未咲の話(後)

文字数 2,020文字

(未咲の話の続きです。)

特に当てがあるのではなかったが、井の頭線に乗って渋谷に出た。数日の間、昼間はぶらぶらし、夜は24時間喫茶で過ごしていた。お金が無くなり、路上で物ごいをしていた時に、外国人がお金をくれた。そして、なまりのある日本語で「来なさい」と言った。あたしは、もうどうなっても良かったので、言われた通りに付いて行った。外国人は自分のアパートと思われる所にあたしを入れると、「ここに住みなさい」と言った。

それがどういう意味か、あたしには予想がついた。この外国人はエジプト人で、オマールと言った。何だか分からないが、エジプトと日本の間を行ったり来たりの仕事をしているらしかった。オマールはあたしが妊娠していることを知ると産婦人科で中絶をさせた。そして、それからは、あたしにピルを飲ませた。

ここでも、あたしはどれいに違いはなかったが、オマールはどうやらあたしの事を気に入っているようだった。気を使ってくれたし、優しかった。今までの生活に比べれば、天国とも思えた。それで、あたしはそのままオマールと暮らしていたいと思った。

オマールは時折、エジプトに仕事に出かけた。その間はあたし一人でアパートに残り、ひっそりと暮らしていた。オマールは一応あたしの事を信用しているようで、あたしが一人でアパートに居る事を気にしてはいないようだった。

ところが、最後にオマールがエジプトに出かけた後、予定より何日過ぎても、何週間経っても戻って来なかった。あたしは心配になった。あたしの生活はすべてオマールに頼っていたから、お金の事、アパートの事など、どうしていいのか分からない事だらけだった。この時までには、オマールがあたしのすべてと思っていたので、深く考えずに、彼の後を追ってエジプトに行こうと思った。

それで、渋谷近辺の怪しげな男たちに紹介してもらって、にせのパスポートを作ってもらい、航空券も買ってもらって、成田から出発しようとしていた。一切の世話をしてくれていた男が、成田までの車を用意したと言った。あたしはその車に乗って成田へ向かうつもりだったが、何時間走っても成田に着かない。そして、トンネルを通り、富士山が近くに見えた時には、さすがのあたしでも、方向が違うと分かった。あたしの質問に同乗の男は何も答えてくれなかった。

途中、サービスエリアに止まった時に、男はあたしの手に手じょうをかけた。食事の後トイレに行きたいと言うと、駐車場の端に止めてあった大型トラックの陰でするように言われた。その後、その場で男にぼうこうされた。音を聞きつけて、トラックの運転手が出てきて、男に「いくらだ?」と聞いた。男は、指を一本出した。その運転手は男に言われた通り支払った。あたしは手じょうを掛けられたまま、その運転手にもぼうこうされた。

その後、何時間か走って、事務所のような所に連れて行かれた。なまりからして、関西だと思った。そこに居る男たちの様子から暴力団だと分かった。それからは、その事務所の小さな部屋に閉じ込められたままで、毎日、代わる代わるに団員の相手をさせられた。

それがどのくらい続いたかよく分からい。ある時、事務所がばく発するかのような音が聞こえた後、軍隊のような人々が踏み込んできた。けいさつ官だったらしい。その時に、あたしは保護された。その後、東京に戻され、けいさつ署と福祉事務所で色々と聞かれて、最終的には施設に入れられた。あたしは暴力団の事を知っているので、身元保護のために名前を変えられた。

施設では、誰とも親しくはなれなかった。ハーモニカを吹いてうるさい女は、殴ってやった。それに、男には、おそわれそうになった。いけ好かない奴なので、ナイフを出して脅かしてやった。それに、施設に来る大人はと言えば、ああしろこうしろと、うるさいばかりだった。一度、相談員をけっとばしてやったら、罰として、物置に一日かんきんされた。押入れに押し込められた時を思い出した。
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未咲の話が終わった時、私は唖然として何も言えませんでした。不幸な過去を背負っていることは知らされていましたが、そこまでとは想像もしていなかったのです。未咲には、両親とも居たのに、どう考えても、その両親のせいで、こんなに大変なことになってしまったとしか思えませんでした。未咲の亡くなった両親は、子供をこんな目に合せておいて、一体何を考えていたのでしょうか?!!! あの世から引きずり戻して、ぶん殴ってやりたい! とは言っても......、私は、殴り方も知らない訳だし~。

そして、未咲は今まで誰にも詳しい事を話したことがないとは! 未咲は、私に話すことによって何かを見出そうとしたのです。私も、この話を聞いて、その重荷を感じてきました。ただ、私は未咲の話を他の人にする訳にはいかないので、この文章の中に書いて自分なりにその重荷を軽減する必要があると思ったのです。
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