25.新しい英語教師

文字数 1,525文字

お買い物の気持ちが少しずつ分かってきた頃の事です。気にしないようにしていたのですが、どうしても気になってしまう事が起こりました。その年、緑念符吹と言う、新しい英語の教師が赴任してきたのです。イギリスに留学したことがあり、伝統的な英国風の発音が出来ると言われ、女生徒に人気でした。私は、彼を一目見た時から憧れていましたが、とても、私のような田舎者に気を留めてくれる人ではないと思っていました。

ある時、放課後に遠足の準備の会議があり、緑念先生も私も、若手なので、その準備の担当にされました。会議の後、他の教師は車で帰宅したので、彼と二人で、駅まで歩き、一緒に電車に乗りました。私は、緊張のあまり、ろくに話も出来ずに、彼の話を聞き、私の事を聞かれた時だけ、ぼそぼそと答えていました。そして、調布で、私はその電車で明大前まで行き、彼は府中方面の電車に乗り換えました。私は、残念に思うと同時に、極度の緊張から解放され、ほっとしてもいました。

その後も、何回か同じ会議があり、私は彼と調布まで帰路を共にしました。遠足が終わった後は、その会議は無くなったのですが、それからは、帰りに、駅で彼に会う事が多くなりました。私は、段々と、彼に会えるような時間を選んで学校を出るようになりました。そして、ひょっとしたら、彼も、同じ様に時間を選んでいるのではないかと考え始めました。それと、その頃から、私は自分の外見にこだわり始めました。新しい服を買い、髪型に気を付け、慣れない化粧を始めました。

ある日、金識さんと二人で校内菜園の作業をしていた時の事です。金識さんは、私の顔をまじまじと見てから言いました。
「先生、恋をしているのは分かるけど、そのお化粧、かなりダサいなぁ。サーカスの道化師って感じじゃない」
「あらっ、そんなにひどい?」
「先生......、ごめんなさい。少し言い過ぎたみたい。でも、もう少し、こうして......、ああして......」
そんな調子で、ファウンデーションの色が薄すぎるとか、色々とアドバイスをしてくれたのです。彼女には、優秀なお姉さんがいるので、その手の事は、良く知っているようでした。私は、他に教えてくれる人も居なかったので、言われた事をノートに書いて持って帰りました。ただ、家で実際にやってみようとすると、なかなかうまくいかないのです。「どうして、絵を描くようにうまくできないのかしら? やっぱり、土台が悪いからかなぁ~」と悲観してしまうのでした。

それでも、緑念先生は私のお化粧のことなんか、気にしていないかの様でした。そして、ある時、調布で彼と別れようという時に言われたのです。
「青澄さん、もし、良かったら、ここで降りて、もう少し話をしませんか?」
私はもう気が気ではありませんでした。うまく言葉が出なくて、兎に角、頷きました。心の中で、「私、生まれて初めて、男の人に誘われた。デートと思っていいのだろうか?」と自問していました。彼の後をついて、駅の近くの喫茶店に入って、向き合って座り、彼の視線を感じていたのですが、私は俯き加減でした。

それからは、頻繁に調布でデートを重ねました。この頃までには、彼も私の事を気に入っているに違いないと思うようになっていました。それで、少しずつ、打ち解けていきました。私も、自分の言動に、「好き」という気持ちを表していることが分かりました。どうして、こんな素敵な人が私を気に入ってくれているのか、理解に苦しんだ事もありました。そんな疑問に答えるように、彼の言ったことは、
「青澄さん、都会ずれしていなくて、凄く自然だよね」
と言う事でした。兎に角、こんな、田舎娘を気に入ってくれて、嬉しくてしかたがありませんでした。
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