3.四方を自然に囲まれて

文字数 1,853文字

夏休みの間、他にこれと言って変化のない日々が続くと、天気の変化さえ、楽しみの一つとなりました。いつ雨が降るか、上がるか、そして、いつどす黒い雲に包まれた嵐がやって来るかと言った単純なことに、いつも注意を払っていました。天気と言えば、漁師の父親には重要な事柄で、命にも関わるので、色々と教えてくれました。

雨が何日も続くような時は、家の中で色々な絵を沢山描いて過ごしたものです。それでも、退屈してきます。それで、まだ土砂降りの雨が降っているのに、長靴を履き黄色いカッパを着て外に遊びに出かけたことがあります。港に流れ出る中木川は茶褐色の濁流となり、中木の港でさえ濁っていました。そして、集落の周りはと言えば、ちょっとした洪水状態になっていました。

急に気が着くと、川のようになった道路を流れる水の上に何か黒い物体が見えました。それは、無数のアリが一塊になって流されているのです。多分、巣が水浸しになってしまったのでしょう。それにしても、アリたちが自分たちの体を使ってボートを作ってどこかに辿り着こうとしているなんて! こんな小さな昆虫が、どうやって意気投合して自分たちなりに危機を脱出しようとしているのか、驚きという他はありませんでした。そして、ボートの真ん中に陣取っている大きなアリは女王なのだろうと思いました。

アリたちはそんな過酷な自然環境に立ち向かわなければならない訳ですが、それでも、「アリの世界はいいなぁ」という気もしました。それは、アリの集団の全員に、女王アリという母親がいるからです。私には母が居なかったので、そんなことを思いついたのです。そして、不思議なことには、誰も、私に母のことを教えてはくれませんでした。その代わり、家には婆ちゃんが居ました。優しくて、働き者でしたが、年のせいで、家の周りの力仕事や細かい作業は十分には出来ませんでした。それで、「入絵や、これ手伝ってくれんか?」と言って、よく私に頼むのでした。

さて、それからは、そこら中にいるアリの事を注意深く見守る様になりました。ある時は、空き地にあったアリの巣から少し離れたところ数か所にピンク色の砂糖菓子を置いてみました。初めは気が付かなかったアリたちが、一匹、二匹と味をしめ始めました。満足したと思われるアリが巣に帰る途中、他のアリと触覚で「話」をしている様子も見受けられました。そして、一時間もしないうちに、巣と砂糖菓子を結ぶ、何本もの往来ルートが出来上がっていました。それは、東京を中心に広がる関東平野の都市を結ぶルートのようにも見受けられました。その内に、満腹になったと思われるアリたちは、大きすぎる砂糖菓子を小さく砕いて少しずつ巣に持って帰る行動に出ていました。アリ、一匹ずつには大した脳みそも知能もないだろうに、立派に集団の知恵を発揮しているのが分かりました。

集落の周りには、海だけではなく、すぐ裏には、緑色に生い茂った山々があるので、色々な小動物、昆虫、そして草木を見ることが出来ます。キツネ、タヌキ、イタチ等、色々といるのです。珍しい鳥も生息していて、ヤマガラ、カケス、トラツグミ等も見たことがあります。そして、よく思ったものです。どうしてこんなにたくさんの種類の動物がいるのだろう? 私たちの小学校の理科の授業では、この質問に答えられるような事は教えてくれませんでした。それに、中学になるまで、いわゆる「進化論」のような事は習わなかったので、私の頭の中は極めて混とんとした状態が続いていました。

また、ひところは、カブト虫、クワガタ虫、カミキリ虫等を捕まえて飼っていたこともありました。残念ながら、どうしても飼育中の虫は死んでしまいます。最後に一匹だけ、紋白蝶が残っていたのですが、死んでしまう前にと思って外に放ちました。それからは、虫を捕まえることは一切辞め、自然の環境の中にいる昆虫を、そのまま観察するようにしました。

私の夏休みと言えば、そんな、単調な毎日でした。それで、ある事ない事、一人で想像することも多かったのです。時には、海辺で一人遊びをする私がアンデルセンの『人魚姫』のようなつもりになっていました。その内に、難破船が港に辿り着き、私がその船に乗っていた王子様を助けると、彼が私を素敵なお城に連れて行ってくれる。そういう幼稚な空想さえしていたのです。ところで、私の持っていた本は、子供向けのマンガ版だったので、後に公開されたディズニーのアニメ、『リトル・マーメイド』と同様に、ハッピーエンドのものでした。
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