27.気になり始めた事

文字数 1,610文字

符吹と付き合うようになっても、黒迷君との毎週木曜日の会合は続いていました。ただ、符吹と駅で会う時間を考え、黒迷君との会合は、手短に終えるようになってきました。黒迷君は別にその事を気にしているようではありませんでした。そして、ある時、こう言いました。
「先生、恋人出来てよかったね」
「えっ?」
黒迷君にこんな事を言われるとは予想していなかったので、私は少し驚きました。黒迷君は当たり前のように言いました。
「みんな知ってるよ」
やはり。もっと、気を付けないといけないのかもしれない。校長や、教頭から、私たちの素行が、「教育上良くない」とか言われたら、どうしようと、また、不安になりました。

一夜を一緒に過ごしてからは、符吹はさらに積極的になりました。ただ、符吹の両親が旅行などという機会はもうなく、夜泊まるという事は出来ませんでした。それで、私たちは、夜の公園とかで、お互いの体を確かめあったりするのが関の山でした。符吹は、それでは飽き足らなかったようで、ある日新宿のホテルを予約し、私を連れて行きました。誰にも気兼ねをせずに済むところ。それは、私たちにとって、最高の隠れ家でした。

その夜、激しい行為の後、疲れて寝入ってしまった時のことです。夢の中では、東京の王子様が私を嫁に迎えてくれる所でした。目が覚めると、符吹が何やら険しい顔をしていたので、私はびっくりしました。
「入絵、今、寝言で、『ジョージ』って言ったぞ。誰の事だ?」
私は不意打ちを食らいました。当然、私にとって、東京の王子様は、符吹です。それなのに、恐らく、夢の中では、東京の王子様として長らく私の心の中に居たジョージの名前が出てきてしまったのでしょう。私は、一瞬、どう答えていいのか迷いました。でも、何も気にすることはない。ジョージと言うのは実在の男の子だけど、当時小学生で、中木で一回しか会ったことがないし、二日間、一緒に遊んだだけで、それ以後、全く何の関係もない。その名前だけが、私の空想の中で生きてきただけです。それで、私は、正直にその通りの事を言いました。符吹は納得したようでした。そして、また、激しく私の事を抱いてくれました。

その後、暫くして、符吹がまた真剣な顔をしました。
「ちょっと気になったんだけど、今までに、男と寝たことはあるのか?」
私はとっさに考え始めました。符吹は、私のうわ言で勘ぐり始めたんだ。私が男の名前を出したことで、私が実は男たらしなのではないか、と疑っているのかもしれない。間違いない。符吹は独占欲の強い人なんだ。私は、もう符吹の事だけ考えているし、心から惚れている。他の人の事なんて考えもしていない。なのに、もし、ここで、高校時代の理科の先生との一晩の経験を持ち出したら、彼の嫉妬心を刺激して、私の事を嫌いになってしまうかもしれない。私は、この時初めて、理科の先生とのいきずりの経験を後悔しました。どちらにしても、私は今、符吹を失いたくない。その気持ちだけで、
「いいえ。符吹だけ」
と言ってしまったのです。符吹は取り敢えず納得しているようでした。ただ、私としては、符吹に嘘をついてしまったという後ろめたさが心に残ることになりました。

ある木曜日、私は黒迷君との話を手短に終えてから、駅で符吹と落ち合いました。
「入絵、あの、黒迷という生徒と会ってきたのか?」
「えぇ。何か?」
「毎週会ってんだろう? どういう関係なんだ?」
私は、「来たか!」と思いました。
「どういうって、黒迷君って、家庭の事情があって、それで、問題児だったんだけど、私が身辺上の事をいろいろと聞いてあげてから、良くなったの」
「でも、毎週、二人だけで会っているっていうのは、度を越していないか?」
「そんな......、ほんとに、教師と生徒としてだけなのに。符吹、私は、あなたの事ばかり考えているのに! 私はあなただけのものよ。私は他の誰のものでもないのよ!!」
「うん、分かったよ」
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