33.新しい家族

文字数 1,563文字

代智と私の場合、積極的に子供を作ろうという訳ではありませんでしたが、肉欲の支配する生活を続けていると、妊娠は避けられませんでした。私も、母親になる時期が来たのです。近くの病院で元気な男の子を出産し、代智が平也と名付けてくれました。当初、代智の母親がアパートに泊ってくれ、その後も毎日のように手伝いに来てくれました。出産後はしばらく産休をもらい、ずっと平也と一緒に過ごしました。

生まれて暫くの間、平也は良く寝てくれたので、大変に助かりました。それに、なぜか、私はオムツを変える事は全く苦ではなく、必要な時はすぐに取り換えてあげました。それで、子育てについて、それからもあまり苦労をせずに済むのではないかと、あまい期待をしていました。兎に角、母乳だけでどんどん成長する様子を見ていると、正に自然の冥利を目の辺りにしている気がしました。それに、私にとって、授乳をするのは快感でさえあったのです。

それでも、仕事を再開するため、平也を近所の保育園に預ける事にしました。内心、こんな小さな子供を他人に預けてしまって良いのだろうかと言う疑問と、少しばかりの罪悪感もありました。それを見抜いたかの様に、保母さんが言いました。
「お母さん、一歳くらいまでは人見知りをしないので、大丈夫ですよ」
確かに、平也は少しきょとんとした様子でしたが、預ける時に泣きわめくというような事もなかったのです。どちらかと言えば、私の方が感傷的になってしまい、一人で今日一日過ごせるだろうかと思ったくらいです。預けた最初の日に平也を迎えに行った時は、ほっとして、涙が出そうでした。ただ、平也の方はと言えば、それほど嬉しそうにしてくれなかったので、逆にがっかりしました。

子供が生まれてからと言うもの、仕事に対する感覚はガラッと変わってしまいました。子供が居ない時は、熱心に出来たことが、今や、明らかに中途半端になってしまったのです。それでも、使命と思っていた理科教育なので、少し、無理があったかもしれませんが、私なりに頑張りました。

そうしているうちに、新しい生活にも慣れてはきました。ただ、仕事の後は、家で育児と家事と、今までとは見違えるように忙しく、どうしても、寝不足が続きました。そして、体力的にも多少の無理があったのでしょう、明らかに夫婦の夜の生活にも影響してきました。代智も少しは、私の事を心配して、時には掃除とか洗濯とかを手伝ってくれることもありました。ただ、どうしても、食事の用意と後片付けはしてくれず、私は、「もう、食事、作りたくない!」と思う事もしばしばでした。子供の頃、遊んでばかりで、婆ちゃんの食事の用意をあまり手伝わなかった付けが回ってきたのかもしれません。

平也は、一歳の誕生日を過ぎた頃から少しずつ、人見知りをするようになってきました。それで、初めは、保育園での状況を心配したのですが、保育園にはもう何か月か行っているためか、問題はありませんでした。反対に、私に100%なついてはいないのではないかと言う疑問が起こりました。保育園に迎えに行っても、それほど嬉しそうではないのです。気にはなっていましたが、どうすることも出来ずに、そのままにしてしまいました。

そして、この頃、平也の事で一番困ったのは、食べ物の好き嫌いが激しく与えたものを食べてくれないのです。確かに、まだ離乳食が始まってからそれほど経ってはいないので、仕方がないのかもしれません。それでも、忙しい中せっかく用意した物を食べてくれないと、物凄く悲しくなってしまうのです。そして、時には、それを通り越して、怒りを感じる事もありました。私には母親が居なかったので、ほんとの母親の姿というものを見て育った訳ではありません。それで、自分が母親としてうまく平也に対応できないのかとも思いました。
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