2.限りなく透明に近い海

文字数 1,138文字

東京近辺から車で4時間程で行けるのに、秘境とさえ言われる、完全に透き通った海があります。それは、静岡県南伊豆町中木の港から船でしか行けない、ヒリゾ浜のことです。今や、夏となれば、ヒリゾ浜も中木も大変な混雑となります。ところが、そんな状態は私が生まれ育った頃には想像も出来ない事でした。その頃の中木は漁師たちとその家族が住む、単なる小さな集落でした。

中木での私の一番の思い出は夏休みです。その頃は、夏休みの宿題などというものはなく、誰からも、何も言われずに、好き勝手な事が出来た訳です。その反面、結局は、たいそう退屈な時でもありました。毎日毎日、自分ですることを探さなければならないからです。

集落は町の中心部から10キロ程も離れた所で、同年代の子供もいませんでした。それで、昼間は、いつも、存分にある自然を相手に一人遊びするのが決まりでした。当然、目の前には海があるので、当たり前のように海に入って、泳いだり、潜ったり、魚を見たりして時間を過ごしました。今時のように船でヒリゾ浜まで行かなくても、入江の奥にある中木の港の中でさえ、真っ青に澄んだ海で、沢山の魚や、その他の生き物が見れるのです。そして、港のすぐ外側の、トガイ浜まで泳いでいけば、更に変化に富んだ岩場があります。

ある日、トガイ浜で潜っている時、突然の恐怖感を覚えました。目の前にサメが現れたからです。悠々としたサメの泳ぎ方には何とも言えない雰囲気が漂います。ただ、そのサメは元々小さい種類か、あるいは、まだ稚魚のようで、私が襲われるような大きさではありませんでした。ホッとすると、今度は、好奇心にかられ、しっかり見ておこうと思いました。ところが、次の瞬間、どこからともなく巨大な灰色の魚が現れ、そのサメを頭から半分かぶりつき、次の瞬間に全身を呑み込んでしまったのです。恐怖と驚異が入り混じり、口から無意識にブクブクと息を吐き出していました。そして、その場を逃げだしたくなると同時に、腰の周りに生暖かさを感じました。「あ~ぁ、また漏らしてしまった」と思いました。

その巨大魚は、悠々と泳ぎながら真っ暗な深海の方へ消え去りました。それはハタ科の一種だったと思います。当時の私と同じくらい大きかったのではと感じました。兎に角、落ち着こうと思って、一度浜に上がりました。

小さければ、サメでさえ他の魚の餌食になってしまう。自然界の厳しさを見せつけられたのです。それからは、色々な魚や他の動物の間に繰り広げられるドラマに興味を持つようになりました。確かに、他の動物に食べられてしまうのは悲しいことではあります。それでも、他の動物を食べなければ生きていけない動物もいる訳です。私達だって、魚や他の動物を食べて生き延びている訳ですし。
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