31.新婚生活中の驚き

文字数 1,987文字

その後、私たちはすぐに結婚の計画に入りました。なんと、結婚すると決まって、密かに気が付いたの事は、二人とも欲求不満だったという事でした。熱烈な愛情がある訳ではないのに、結婚してしまえば、他人の目を気にせずに一緒に夜を過ごせる。それが、二人とも言わずと分かってしまったのです。それで、結婚式とかはそっちのけで、すぐに入籍し、正式の夫婦になりました。代智の家族と灰床夫妻にその事を伝えた時は、みな若干驚いていたようでしたが、祝福してくれました。入籍の日から、私が代智の家に泊ったり、代智を私の部屋に連れ込んだりして、行ったり来たりの夫婦生活を始めたのです。尚、私は、茶霞入絵になったわけですが、学校では、混乱を避けるため、学年末までは、旧姓の青澄のままで通すことにしました。正直言って、青澄の方がよっぽど良かったのですが。

私たちは通常の結婚式と言うものはせず、少し贅沢な中華料理店の一室を借り切って、極小さな披露宴をしました。灰床夫妻に仲人役になってもらい、代智の家族、私の父親と、ごく少数の同僚が集まりました。その後、新婚旅行は二泊三日で香港へ行ってきました。私には初めての海外旅行でしたが、アジア圏でもあったので、それほどのカルチャーショックもなく、予想以上に楽しむ事が出来ました。香港島の反対側のビーチに行った時は、中木の澄み切った海を思い出して懐かしく思いました。

その後、代智と街を歩いている時に、偶然、新聞配達所の長男の優飛君と彼女に出会いました。情けない話ですが、自分が結婚してから、やっと優飛君の事を心から祝福することが出来るようになりました。それで、四人でお店に入って食事をしました。私はホッとしました。

それから、噂を聞いたようで、黒迷君からお祝いのカードが来ました。
「先生、結婚おめでとう!」
とだけ書いてありました。そして、カードの片隅に、黒迷君と思われるような男の子の絵が描いてありました。ただ、どう見ても、その絵の男の子は涙を流しているように見えました。私は、代智のプロポーズが最初で最後と思っていましたが、そう言えば、卒業式の時の黒迷君の言葉も、プロポーズと言えるのかも知れません。

そんな生活を続けていた中、驚く事がありました。珍しく、私宛に国際郵便が届いたのです。それも、タイからでした。慌てて封を切って、中を見ると、符吹からの手紙と外国語で書かれた付箋が入っていました。すぐに、符吹の手紙を読み始めました。

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入絵さん、

あんな別れ方をしておいてから、急にこんな手紙を書いたことをお許しください。僕は、あれから、日本を離れ、ここ、タイの森林の中にある寺院にこもっています。僕が入絵さんに与えた苦痛を、僕が想像することは出来ないと思いますが、僕も苦しんだのです。僕が入絵さんの事を心から好きだったことは間違いありません。それは分かってくれていたと思います。そして、僕の独占欲が人一倍強く、自分でそれを抑えることが出来なくなってしまったことも、よく分かっていると思います。僕の頭の中は、好きと独占を混乱してしまっていたのです。僕は、そんなに好きな人が居ながら、そして、その人に何の罪もないのに、こんな事になってしまって、後悔のしようがないのです。病的という度を越えて、完全に心の病なのです。それで、何とか更生出来ないかと思い、この寺院で瞑想に励んでいるのです。少しは効果が上がったと思いますが、どうやら、僕の短い人生の間にこの問題を解決することは出来そうもないと察してきました。それで、今まで、言えなかったお詫びをしようとして、この手紙を書いたのです。

今も、毎日、入絵さんの事を思い出しています。着こなしも、お化粧も、お世辞にも上手とは言えませんでしたが、それでも、僕のために、一生懸命だった。それが、いじらしくて仕方がありませんでした。でも、一番は、入絵さんの、南伊豆の自然の中で育った、純粋培養の様な、ごく自然な姿と振る舞いが忘れられないのです。僕にとって、入絵さんは、コバルトブルーの、天然記念物のシジミ蝶のようなものでした。僕は、自分の欠点が原因でこんな事になってしまって、残念で残念で仕方がないのです。同時に、もし、あのまま結婚をしていたら、結局、入絵さんに、より辛い思いをさせてしまっただろうとも思います。許してください。

ところで、ここの暑さのせいか、実は、最近顔色が悪くなり、体調が良くないのです。ひょっとすると、伝染病にでもかかっているのかも知れないと思います。もし、もうすぐこの世を去るとしたら、入絵さんにはお詫びをしなくては気が済まない。そして、もう一度、「好きだ」と言いたかったのです。入絵さんには、納得のいく人生を送ってもらいたいと思います。お幸せに。

符吹
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